中日スポーツ・東京中日スポーツWeb「トーチュウF1 EXPRESS」とのコラボ企画第8弾。女性限定シリーズ「KYOJO CUP」を戦った翁長実希を取り上げる。
中日スポーツ・東京中日スポーツWeb「F1 EXPRESS」とのコラボレーション企画第8弾は、女性限定シリーズ「KYOJO CUP」を戦った翁長実希(おなが みき)を取り上げる。同シリーズのフォーミュラ初年度だった今季、チャンピオン候補のナンバーワンに挙げられたが、トラブルやアクシデントに苦しみ通算6回目となるランキング2位に甘んじた。
鋭いブレーキングが自慢の翁長だが、フォーミュラカーに進化した新生KYOJO初年度も頂点には届かなかった。誰よりも数多くオーバーテイクを繰り返したが、思わぬ車両トラブルやペナルティーなどのアクシデントに泣き続けた。
「本当に試練が多かった1年でした。(優勝した選手と)タイム差が大きかった開幕戦でしたが、試行錯誤しながらチームのサポートで第2戦のファイナルで優勝することができました。その勢いのままいきたかったのですが、第3戦の予選でトラブルが起きて…。スプリントでグリッド最後方から追い上げましたが、今度はペナルティーを受けてしまって」
絵に描いたようなアップダウンが激しい1年を、悔しそうに振り返る。試練に見舞われても諦めず挽回したものの、再び試練が襲いかかるまさかの悪循環。精神的にも追い込まれる場面もあったようで、自身もリズムを失うときもあった。「かみ合わないというのは、こういうことなんだ―と実感。何か見えない力に阻止されているような気分にもなりました。勝てる体制だったし、勝てる準備もしていたので、それを発揮できなかったのはつらかった」。
そんな悪夢のような1年を過ごしたが、翁長はそれさえも糧にする。「不可抗力の事態に遭ったときに、そこからうまく立て直せなかったのが反省点ですね。(フォーミュラの)初年度だったので、私以外にもトラブルに見舞われた人もいたと思います。そんなときにどう対処すればいいのか。いい勉強になりました」。メンタル面のコントロールなどを今後に生かしていくという。
レースを始めたのは、父親の達也さんがカート場を経営していたことが切っ掛け。「実家が沖縄で小さなカート場をやっていたので、そこが遊び場でした。4歳からカートを始め、乗るのが本当に楽しかった。コース上のライバルだった子たちや、スタッフの人たちにもよくしてもらって」。将来F1を目指す―などの大きな夢はなく、カートを速く走らせることだけを楽しんでいた。
転機が訪れたのは、高校2年生のとき。全日本カテゴリーの地方選手権に参戦できるチャンスが訪れ、カートにのめり込んでいく。公務員を目指して大学にも進学したが、「レースがどんどん好きなっていき、自分の実力がどこまで通用するのか試してみたい気持ちも強くなりました。ただ、すごく不安定な生活になるので迷いもありました」。レース活動に専念するため大学の中退を両親に相談したが、「始めたことはやり切りなさい」と説得された。「何とか卒業までこぎ着けましたが、『やり切った』という意味では自信につながりました」と振り返る。
卒業と同時に、富士スピードウェイに近い静岡県御殿場市に引っ越した。「サーキットから一番遠い沖縄にいたので、一番近い御殿場に住もうと思って」。遠隔地からの参戦という言い訳ができない環境に身を置いたが、仕事のあてもなかったという。「(KYOJO CUPプロデューサーの)関谷(正徳)さんを始め、御殿場の方々にはよくしてもらって。本当に感謝しています」。レース関係者の温かいサポートを受け、働きながらレース活動を続けることができたという。人に恵まれ、着実にレース活動の幅が広がっていった。
「ここまでこれたのは奇跡に近いと思っています。大きなサーキットが一つもない沖縄から出てきて、本物のレースも見たことないところからのスタート。そこから自分が歩んでいく過程で、周りの環境や、自分が走っているレースのレベルもどんどん高いところを与えてもらい、本当に感謝しかありません。多くの方々にサポートをいただき、人と人とのつながりでここまで来られたと思っています」
2022年に女王になったKYOJO CUPは19年から参戦し続け、来季も継続する。その間にFCR-VITAやスーパー耐久シリーズ、JAF-F4、GR86/BRZレース、FIA-F4にも挑戦。24年には北米のGRシリーズにスポット参戦するチャンスもつかんだ。
「この先もフォーミュラを続けていきたい。ダウンフォース(気流で押さえ込む力)が強いクルマにどんどん乗って、しっかり勉強していきたいです。はっきりとした目標は、GT300クラスのレギュラードライバーになること。戦力として認められたいというのが一つです。いずれにしても一生モータースポーツにかかわっていきたい」
最終的には実家に戻ることになっても、子どもたちにカートを教えながら、自分の経験を生かしてステップアップをサポートしていきたい思いもある。まずは第一の目標に向かって、突っ走る。