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水素エンジン、市販見据えるトヨタの現在地 第2戦富士

2022.06.16

水素エンジン車でのレース参戦からちょうど1年。トヨタが市販に向けた研究開発を始めた。注目を集める技術が手に届くまでの道のりを解説する。

6月5日、富士スピードウェイ(静岡県小山町)で行われたスーパー耐久(S耐)24時間レースでROOKIE Racingの2台の車両、水素エンジンを積んだGRカローラとカーボンニュートラル燃料で走るGR86が完走を果たした。

チェッカーを受けるROOKIE RacingのGRカローラとGR86 (撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

水素エンジンカローラにとっては、初のS耐挑戦からちょうど1年となるレース。今年も昨年と同水準となる約4時間のピットストップがあったものの、車両の性能や燃費の向上、給水素時間の短縮などによって478周を走破。昨年より120周多く走ることができた。

この1年で水素エンジンカローラは劇的な進化を遂げており、ネットやSNSでは販売を期待する声も多い。

そんな声を受けたかのように、今回、レースにあわせて行われた会見では、トヨタから市販に向けた道のりが示された。

トヨタイムズでは、水素エンジン車両の発売に向けた開発の現在地と今後の展望について解説する。

市販へ4合目

予選が行われた3日の記者会見。GAZOO Racingカンパニーの佐藤恒治プレジデントは次の模式図を使い、現状の水素エンジンの開発フェーズをこう表現した。

佐藤プレジデント

今日は富士スピードウェイということで、水素エンジンを市販化するまでにどれくらいの道のりなのか、富士登山に例えて絵にしてみました。

いろいろ書いていますが、今は4合目くらいではないかと思います。これから商用・乗用の用途それぞれに挑戦を続けていきたいと思っております。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

昨年の富士24時間レースからわずか1年で、水素エンジンの出力は約20%、トルクは約30%向上し、ガソリンエンジン車以上の性能を実現。航続距離は約20%伸び、水素充填時間も5分から1分半へと約70%縮まった。

しかし、市販には、まだまだやるべきことが山積している。

図の下半分は、エンジンを中心とするパワートレーン開発のステップが並ぶ。“4合目”はその途中段階だ。

上半分では、パワートレーンの進化をさらにつきつめつつ、車両パッケージ(駆動系、操作系、居住空間、荷室などのクルマのレイアウト)のつくり込みが必要となる。

乗用車の車両パッケージの追求

乗用車での市販を考えたときに、車両パッケージで重要性を増してくるのが後席の居住空間である。

現在、レースに出ている水素エンジンカローラは、後席の位置に4本の燃料タンクを載せているが、そこに人を乗せるためには、タンクを小型化し、車室の外に移すなどの対応が必要になる。

そんな車両パッケージを実現した実証試験車が、レース期間中、富士スピードウェイのイベント広場に展示された。

ベース車両のカローラクロスに水素エンジンカローラと同じ3気筒ターボエンジンを載せ、床下に水素タンクを2本搭載。市販に向けた研究開発の進捗を披露した。

乗用車への水素エンジン搭載を見据えた「カローラクロスH2コンセプト」

液体水素への挑戦

なお、後席確保にもつながる有力なアプローチの一つが、液体水素の利用である。

液体水素システムのメカニズム

現在、燃料として使用しているのは気体の水素。液化すると、体積当たりのエネルギー密度が上がり、航続距離が延びるというメリットがある。

また、気体水素は高い圧力をかけて充填しているので、タンクの形状は円筒型になるが、水素が液体になれば、形状は自由度が増し、軽量化も可能になる。

そうすれば、より多くの燃料を積んだタンクを後部座席の下に搭載できる可能性もある。

今回、給水素エリアの隣には液体水素を燃料とするGRカローラのコンセプトモデルも展示。液化することで、従来の約2倍の水素が搭載できるという。

液体水素を使うGRカローラの試作モデル。タンクには真空層を設けたほか、 スーパーインシュレーションと言われる断熱技術などを使って-253℃の低温を維持する

なお、液体水素は車両だけでなく、給水素エリアのパッケージも変えてしまうポテンシャルがある。

会場に持ち込まれた液体水素のタンクローリー1台には、6チームが24時間戦える量の水素が積めるという。

さらに、気体水素を使うときに必要だった圧縮機や水素を冷却するプレクーラーなどの設備が不要になるので、面積は従来の4分の1までコンパクトにできる。

そうなれば、ガソリン車と同じようにピットエリアで燃料充填できる ようになるなど、レースでの戦闘力アップも期待できる。

*現状、水素充填はピットエリアから離れた場所にある移動式ステーションで行っている
中央右の白い柵の内側が気体の給水素設備。外側が液体の給水素設備。 液体水素にすることで、水素ステーションの面積は4分の1にできる

GR車両開発部の伊東直昭主査は、液体水素に取り組む意義をこう語る。

伊東主査

水素を使うクルマを増やそうと、燃料電池に対して、水素エンジンを提案しました。まず、パワートレーンとして選択肢が増えたことになります。

次は水素の積み方の選択肢を増やす。液化の技術が成功しても、すべてが液体に置き換わることはないと思っています。

気体と液体でそれぞれいいところがあるので、たくさんの選択肢を提供できればと考えています。

もちろん、実用化には多くの課題がある。水素の充填や貯蔵の際に、-253℃より低い温度をどうキープするか、タンクから自然に気化していく水素にどう対応するかなど、気体水素のときとは別の難しさもある。

レースでの実戦投入について、GR車両開発部の高橋智也部長は「まだまだ道のりは長い」としつつも、「メンバーたちは『今始めないと未来は変わっていかない』という意気込みで頑張っています」と開発状況を説明した。

市販に向けた道のり

市販に向けて、エンジンだけでなく、車両パッケージの開発が必要であること、気体水素と液体水素という選択肢があることを紹介してきたが、ここから先はサーキットの外での開発も進めていかなければならない。

例えば、サーキットではアクセルオフから全開までの領域を使ってクルマを走らせるが、街中ではそのような使い方はほとんどしないので、日常で使うデータをとっていく必要がある。

また、4合目以下のステップも、まだ“解決済み”とは言えない。

富士山の図では、1合目に「燃焼開発、要素技術開発」を置いているが、今回のレースでも、プレイグニッションという異常燃焼の問題に苦しんでおり、1、2合目もしっかり踏み固めなくてはならない。

まだまだ先は長い市販への道。それでも、トヨタの現在地を公表した意義を佐藤プレジデントはこう説明する。

佐藤プレジデント

量産化を決めたわけではなく、量産化を目指すからこそ分かる課題があります。

レースだけをやっていたら、今のパッケージでも成り立ちますが、量産化を考えるからこそ、さらなる探求が進みます。

ただ、本当の山登りでも、5合目までは簡単に行けて、そこから頂上を目指すのが大変です。頂上にいく間に落石があったり、天候が悪くなったり、空気が薄くなったりしてどんどん苦しくなる。

水素エンジンの開発も、これまでと同じように比例で伸びていくわけではなく、山登りをしていく覚悟がいると思っています。

やっとの思いで参戦にこぎつけ、満身創痍で完走した昨年の水素エンジンの挑戦。佐藤プレジデントも「昨年は山の形も何合目にいるのかもわからなかった」と振り返る。

山頂への道のりはまだ遠い。それでも、今年見えている景色は昨年とまったく違うと言えそうだ。

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