富士24Hへの予備知識 第2回 水素エンジン車に乗ったドライバーたちの声

2021.05.18

水素エンジンの24時間レース挑戦に向けた連載。第2回では、その性能と五感に訴える魅力をドライバーたちが語る。

水素エンジン車が走る24時間レースが間近に迫ってきた。レース参戦に向け、すでに3回のサーキットテストが行われている。

前回の記事では、エンジンやクルマのことについて紹介したが、今回は、「水素エンジン車に乗ったドライバーたちの声」を紹介していきたい。

佐々⽊雅弘「ガソリン車を抜けるクルマに」

最初のドライバーは佐々木雅弘選手。ROOKIE Racingでモリゾウ選手(豊田章男社長)とともに86やGRヤリスで走ってきた選手である。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

まずは、ガソリンエンジンとの違いについて聞いてみた。

佐々木選手

シェイクダウンのときから乗らせてもらっているんですが、ガソリンエンジンとの大きな違いは感じられないぐらい、かなりスムーズに仕上がっています。

今は、まだスタート位置。これからもっと良くなってくるので、水素の特徴を生かして、もっとガソリンエンジンに近づけて、最終的には(ガソリン車を)抜けるクルマになっていけばと思っています。

着火速度が約6~8倍早いと言われていますが、そのスピードや点火時期を、プログラミングで理想に近い状態にもっていけると、もっとレスポンスが良くなったり、エンジンの力自体が良くなってくるんじゃないでしょうか。

「水素エンジンでガソリンエンジンを抜きたい」というコメントがとても印象的である。これは単に佐々木選手が “負け嫌い”で言っているのではなく、技術的にその可能性がまだまだあるということでの発言だった。

佐々木選手

このプロジェクトはスタートしたばかりで、やっと立ち上がるかどうかの生まれて間もないエンジンです。しっかりと立ち上がらせて、走れるような、ダッシュできるような、そして、高く飛べるような状態にもっていければと思っています。

(エンジンの)フィーリングは、ほとんど差がない感じですが、トルクの低さが多少出ているところがあります。そこはターボチャージャーやスーパーチャージャーとの兼ね合いを、うまくやっていくことで、今足りないトルク感が近い未来にもっと出てくると思っています。

実際に僕らのフィーリングが正しかったのか、データを見ながらしっかりと長い間走って、耐久性も見ながら足りないところをどんどん進化させていくのが大切。(技術の)進化のスピードがレースの現場でやると早い。未来に残るいいクルマになっていくと思うし、そういうクルマに仕上げていきたいと思っています。

迫力ある音はしています。もっとパワーが出てくると、“もっと迫力ある音”になってくると思うので、そこも皆さんに楽しんでもらいたいな…。

レースは、世の中に理解してもらうのが難しい“スポーツ”だと思います。全くクルマやレースに興味がない方は、「なぜこんなことをしているの?」と感じられると思うんです。

しかし、「今走っているクルマも進化しているよ」「CO2を出さずに、きれいな空気、水蒸気を出しながら走っているんだよ」ということを知ってもらって、世の中のクルマをどんどんカーボンニュートラルにつなげていける活動になればと思っています。

この日、佐々木選手のベストラップは2分4秒であったが、予選を担当するドライバーとして「2分を切りたい」と言い続けていた。しかし、1周で4秒詰めるのは容易なことではない。

レーサーの性分としての“負け嫌い”もあるが、2分切りにこだわった理由は他にも大きなものがあった。

佐々木選手

2分を切ることができれば、他のモータースポーツ関係者も、このクルマの参戦が単なる実験とは思わなくなる。水素エンジンも“本気でレースができるんだ! 夢じゃないんだ!というのを見せたい。

今回の予選は、その最初の舞台だから、2分かかっちゃダメ。やっぱり1分台なんです!

その可能性について、佐々木選手は「伸びしろしかない」と答えている。

佐々木選手

この間のシェイクダウンより、風向きで10キロぐらいスピードが変わりました。つまり、仕切る力がちょっと足りない(ということ)。今は立ち上がったばかりの状態なので伸びしろしかないです。

シェイクダウンしたときに、力を抜いて走ったとしても(2分)7秒で走っていて、ちょっと力を入れるとすぐ5秒台までいったので、思ったより速いと思いました。下のクラスより遅いんじゃないかと最初は思っていたんですが、だいぶ速かったですね。

井口卓人「レースをやっている感覚」

次に感想を聞かせてもらったのは井口卓人選手である。

井口選手も昨年からROOKIE RacingGRヤリスに乗っている。その他のレース参戦ではSUBARUのチームで乗ることが多い。ドイツのニュルブルクリンクで行われる24時間レースには、以前はTOYOTA GAZOO Racing、最近ではSUBARUで乗っていた。

SUBARUの得意技といえば4WDである。井口選手はニュルブルクリンクで4WDに乗っていた。GRヤリスに続き、今回のカローラも4WDであり、井口選手はその名手としてチームで期待されている。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

――水素エンジンはどうだった?

井口選手

言われなければ、普通のエンジンのフィーリングで全然違和感なく、すぐに乗れた印象です。

アクセルを踏んだ瞬間の立ち上がりや つきがいい感じもあるので、どんどん詰めていければ、将来がある楽しいものになっていくんじゃないかと思います。

エンジンの音や走っている感覚は何も変わらないので、レースをやっている感覚がすごくある。水素のクルマを走らせている感覚はなかったです。

まだまだセッティングも詰められると思うのですが、この段階でしっかり周回はこなせています。あとは充填の時間とか、いろんな問題が出てくると思うので、チームみんなで乗り越えていければと思います。

石浦宏明「何も気にせず普通に走れる」

次は石浦宏明選手。石浦選手もトップドライバーの一人である。スーパーフォーミュラという日本で一番速いレースで年間チャンピオンに輝いたこともある。スーパーGTという日本で一番人気のあるレースにも出場している。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

――乗ってみてどうだった?

石浦選手

一番びっくりしたのが、何も気にせず普通に走れるところ。水素エンジンだから特に操作が違ったり、全く違う乗り物に乗っている感覚が全然なくて、走り始めたら普通のガソリンエンジンのレーシングカーに乗っているのと何も変わりませんでした。特に走っているときは忘れているというか、普通にレースに集中して走っている…そういう感覚でした。

アクセルをちょっと踏んだときにレスポンス良く感じられるので、細かいコントロールのしやすさが、ガソリンエンジンよりいいと感じました。

とはいえ、まだフルパワーを出していないので、その後の伸びは、ガソリンエンジンが全開のときに比べたら多少物足りなさはあるんです。しかし、これがスタート地点なので、ここからどんどん盛り上がっていくと考えると、すごく楽しみな第一歩だったと思います。

――音は?

石浦選手

ガソリンエンジン車よりもいい音がするかもしれないです。特に上が甲高く回るとかではなく、下のトルクの音がするので、乗っていてすごく迫力を感じました。

僕は小さい頃から富士スピードウェイにレースファンとして、ずっと通ってきました。やっぱり音が一番魅力で、子供の頃からそこに一番惹かれてレースが好きになりました。

乗っていてすごく気持ちのいい音がして、見ている方にも迫力が伝わる。この大事な音が、水素エンジンはしっかり出ているので、モータースポーツにぴったりだなと思いました。

――クルマは重たい?

石浦選手

車重を聞いていたので、もっとはるかに重たい感じがするのかと思ったら、全然そんなことなかったです。

ブレーキングをコーナー手前ギリギリまで我慢したときに、ちょっと重たい感じはするんですがスーパーGTで、サクセスウエイトハンデを積んでいるときぐらいしか違わなかったです。

今、コーナーで他のクルマと勝負できていて、アウト側から100R(富士スピードウェイの高速コーナー)で抜いたりできたんですが、重さによるネガはそんなになかったです。

――課題は?

石浦選手

距離をもっと走れるようにすること。給水素の回数を減らすことができれば、いろんなカテゴリー(のレース)で活躍できるんじゃないかと思います。

石浦選手が今まで乗り続けてきたレーシングカーは2WDばかり。4WDの運転は慣れていない。

この日、石浦選手が出したタイムは、4WDに乗り慣れたモリゾウ選手とわずかな差しかなかった。そのことを他の選手からも、だいぶいじられていた。

モリゾウ選手が速いのか、石浦選手が慣れていなかっただけなのか? おそらく両方かもしれないが、この2人の予選タイムがどうなるかも、隠れた見どころかもしれない。

モリゾウ「“水素らしい音”にこだわりたい」

最後にモリゾウ選手の走行後の感想を紹介したい。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

モリゾウ選手

(水素エンジンは)多少甲高い音が出せると聞いたから、まだまだ “水素らしい音”を出せるんじゃないかな? 我々が「水素の音」を最初に出せる。だから「この音は水素エンジンだな」というのを、このチームでつくり上げられるといいなと思います。

FUN TO DRIVE は五感で感じるもの。せっかくエンジンを新しくして、グリーン水素を使って環境によくして、カーボンニュートラルを目指しているので、クルマ本来の“走る・曲がる・止まる”の音にはちょっとこだわりたい…。特にモータースポーツのクルマはね…。

この感想は、数周のドライブを終えて水素充填をしているときに、ドライバーズシートに座りながらヘルメットのままで話してくれたものである。音に対する強いこだわりは、“自工会(日本自動車工業会)豊田会長”や“トヨタ自動車豊田社長”とは違う“カーガイのモリゾウ”の言葉だなと感じた。

今回のレース参戦は、カーボンニュートラルというゴールに向けたスピードアップのためであり、地球環境のためであることは間違いない。しかし、“五感で楽しむクルマの魅力”を失わずに、それを実現したいという挑戦でもあるということだ。

その第一歩となる24時間を、コメントを紹介した4人のドライバーに松井孝允選手、小林可夢偉選手の2人を加えた6人のカーガイたちが乗り継いでいく。

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