トヨタが結んだ3つの約束 品質の豊田章男塾【後編】

2021.12.23

前編のテーマはコミュニケーションや失敗への向き合い方。話題は次第にトヨタの生命線である品質そのものへ移っていく。

11月16日に行われた「第56回オールトヨタTQM大会 特別企画『品質の豊田章男塾』」。

例年、トヨタの経営陣や社外の経営者が品質に関する講演を行い、ディスカッションをするのが恒例となってきたが、今年はようすが違う。

不正車検や不適切な個人情報の取り扱いなど、さまざまなほころびを全社的危機と見た豊田社長が6年ぶりに出席。

「豊田章男塾」として、自ら品質にかける想いや価値観を伝える場に置き換えた。

社長をはじめ、小林耕士番頭、河合満おやじの3人が参加者からの質問に答える形で構成された今大会。「サラリーマンは本音でモノが言えるのか」「失敗への良い向き合い方」に続く質問から後編へ。

左から小林番頭、豊田社長、河合おやじ

質問3:トヨタパーソンのNGワード

質問の上位にはコミュニケーションについてのトピックが並んだ。中には会場の笑いを誘ったこんな質問も。

――「もっといいクルマづくり」のために、社長が日頃感じているNGワードを3つ教えてください。明日から使用禁止にします!

豊田社長

①反省します、自分たちもやっています、工数やお金が足りません。これがトヨタの三大NGワードだと思います。

何か私が指摘すると「反省する」という言葉が返ってくることが多いんです。でも、12年間社長をやっていて、一部の人はずっと反省しているんですよね。だけど、全然変わっていない。

また、「自分たちもやってます」と簡単に言うんだけれど、ちょっと違うことに気付いていない。

それに、何かをやろうとすると「人が足りない・お金がない」と言ってくる。これが三大NGワードだと思います。

自分たちで捻出する感覚がないんです。家庭で何か欲しいものがあったときに、「お父さん、年収倍にして」と言わないでしょ? 切り詰めて買うでしょ? なぜ会社ではできないのと思います。

河合おやじ

工場でも、いろんな講習をしてほしいと言います。でも、技能交流会のように部署で競い合う大会では、よそに負けたくないから(自分たちで工数やお金を)捻出してずっと練習をやっているんですよ。そういうときは何も(文句を)言わない。

工数や金がほしいと言っているのはやらされ感しかないから。人の意識を変えることによって時間はつくることができる。

反省と言っても(同じことで)2回もしていたらおかしいという意識を持つようにしないといけないと思います。

質問4:社長のコミュニケーション変革

話題は豊田社長が変えてきたコミュニケーションの仕方へ。

今年7月、豊田社長は自らが率い、意思決定を行うプロジェクトに関わるメンバーと直接つながるデジタルコミュニケーションツールを導入した。

つながるのは、肩書のある上司や管理職だけではない。実際の現場で実務を回す一般の社員も多く含まれている。

徹底的な情報共有を行うとともに、そのやりとりの履歴を蓄積することで、プロジェクトのスピードアップと人材育成を目指すなど、働き方の変革を進めている。

豊田社長は世界各地の地域CEOを含む経営陣が参加する「朝ミーティング」を入口に、デジタルを使ったコミュニケーションについて話し始めた。

豊田社長

朝ミーティングは、これまで社長室に入る人数で制限して、副社長以上の人で前の週の出来事などをシェアしていました。

ところが、書類や言葉では伝わらないものもあるので映像にしてもらいました。言葉よりも情報量が多いです。やったことだけでなく、自分の想いもシェアするようにしました。

そして、コロナで面と向かって集まることができなくなってからは、オンラインでつなぐようになり、海外事業体も参加するようになりました。

部屋に入れる人数で決まっていた定員が、大人数でもできるようになり、今ではデジタルで同時に200人がつながっています。

アナログは一対一のコミュニケーションをいかにたくさんするか。当時の一番のツールは“根回し”です。デジタルは1つの発信源から同時に多くの人に単一情報を伝えることができます。

また、アナログ時代は、上司への相談は最終工程だったかもしれませんが、今は、発注者である上司と目的や方向性を確認するコミュニケーションを初めにやるべきだと思います。

依頼を下ろしていくと、社長がどういう意図で言ったのか、上司が担当者に伝えていない場合があります。担当者は一生懸命考えているのに社長に持っていって違うと言われる。両方不幸です。これを解決しているのがデジタルだと思います。

世代間ギャップはありますが、今は便利な道具もあります。シニアがやってきた経験と新しい見方をハイブリッドさせると良い解決策になる。共同作業にチャレンジいただきたいと思います。

質問5:TPSとTQM

それまで、事前に集めた質問と会場の出席者からの問いに答えてきた3人。ここで、急遽オンラインの参加者からも聞きたいことを受け付けた。

そこで寄せられたのは、TPS(トヨタ生産方式)についての質問。豊田社長は、トヨタとして守っていくべき思想と優先順位という観点で回答した。

――商品や現場という事実をベースに語るというのは、TPSにおいても重要なことだと感じています。TQM と TPS の関係性の中で、TPSの持つ力についてアドバイスをいただきたい。

豊田社長

トヨタでは、TPSとかTQMといった流派のようなものが出てきますが、トヨタに必要なのは、トヨタらしさをつくっている思想・技能・所作だと思います。

それが、例えば生産部門に行くとTPS、品質部門だとTQMといって、それぞれの部門の中での流派みたいな形になっている。

トヨタ全体としてはTPSが思想(原点)であり、その中でどう考えるかといった手法がTQMだと思います。

同時にトヨタとして大事にしなければならない優先順位があります。それは、公聴会で世間と約束をした安全・品質・量・収益

公聴会前のトヨタはその順番が逆だったんじゃないでしょうか。一に収益、二に量。量を伸ばせば収益が上がる。トヨタは、たくさん売れるクルマ、たくさん儲かるクルマからつくっていくという優先順位になっていたのではないかと思います。

そして、たくさん売れる、たくさん儲かるとは言えない世の中に必要とされているクルマ、例えば、商用車、コースター、命を運ぶランドクルーザーなどは、モデルチェンジのサイクルが長くなっていました。

よく売れるクルマだけが4年に1回モデルチェンジをする。(当時は)誰も疑問を挟まずにやっていたんじゃないでしょうか。

そのときにリーマン・ショックが起こり、トヨタはカンパニー制をとりました。例えば、TMEJ(トヨタ自動車東日本)は(小型車をつくる)TCカンパニー、他はレクサスカンパニー、トヨタ車体を中心とした商用車カンパニー、ダイハツを中心とした新興国カンパニーなどに分けました。

なぜそうしたかというと、売れる量、儲かる量で優先順位を決めるのではなく、トヨタや関係会社みんなで、フルラインナップのクルマをそれぞれ第一優先で情熱をもって考える体制にしたかったんです。

それ以降、センチュリー、コースター、ランドクルーザーもモデルチェンジをしました。
上からセンチュリー、コースター、ランドクルーザー

商品をつくっていく中で必要なのがその順番です。その中で、思想として重要なのがTPS。モノを安くつくるだけでなく、つくるには思想があり、思想があるからそこに準じた技能ができるんだと思います。

部門ごとにバラバラに行っているという豊田社長の問題意識を受けて、河合おやじも現場での事例を紹介した。

河合おやじ

現場でも、品質会議では品質第一、原価会議では原価第一、安全会議では安全第一とどれも「第一」と言っています。

「品質は工程でつくりこむ」「不良品を出さない」「効率を上げる」はTPSそのもの。

標準作業はありますが、僕は「標準作業は毎日変えていい」「今日のベストは明日のベストではない」といつも言っている。

でも、絶対に間違えてはいけないのは「効率を上げても品質と安全をおろそかにしてはいけない」ということ。口癖のように言っています。

会議で原価や品質について、それぞれ(いろんな部署の人が)言ってきますが、モノをつくっている現場は1つ。それぞれに会議をやっているけど、余分な会議がいっぱいある。

もっとクルマをつくっているみんなが一緒になって変えていくべきとき。

話題がコミュニケーションから、品質の核心に移ると、豊田社長の表情が曇り始めた。不正車検問題に触れ、トヨタの生命線に関わる問題が起きてしまったことに対する忸怩たる想いを言葉にした。

トヨタは品質で戦ってきたんですよね。そして、品質で潰されそうになった会社なんです。ところが、不正車検という問題が起きた。

それ(エンジニア不足)に対して、人も増やさなかった。販売店の中で、営業が上、サービスは下というヒエラルキーがあるのだと思います。品質をつかさどるサービス部門で起きたことは本当に心が痛い。それが、今回私が参加した理由の1つでもあります。

今は私がこう(安全・品質・量・収益と)言うからまだいい。でもトップはいつか変わります。量や収益を求める人がいつか必ずトップになります。そのときに私たちはもういません。

(今、参加している)5000名の人、若い人も聞いてるよね。そうなったときに「トヨタらしい優先順位ってそういうものだっけ?」ということを思い出してほしいと思います。

覚えようとする必要はなく、私も何十年と先輩から教育を受けてきたことが公聴会のときに自分の口から出ました。

今はピンと来ないかもしれない。でも、いざ自分が追い込まれたときに、言葉として出てくることを期待して私は言っています。

品質のイベントながら、話題の大半はコミュニケーションのやり方など、すべての人に関わるテーマだった。

それでも、豊田社長の語るエピソードの多くは2010年のリコール問題から得た教訓の話だった。

それは、リコール問題の学びが、商品やサービスに関わる部署だけでなく、トヨタのあらゆる仕事に生きてくるということを証明している。

公聴会でトヨタが世間と約束したのは「逃げない、嘘をつかない、ごまかさない」。

そして、会社が潰れてしまうかもしれない危機の中で、自ら約束を結んだ豊田社長は、あれから12年、「安全・品質・量・収益」という優先順位を訴え続け、誰よりも品質や安全を最優先に示し続けている。

さまざまなほころびが出る中、豊田社長自らが名乗りを上げて行った今回のTQM大会。トヨタが決して忘れてはいけない大切な約束を、一人ひとりが胸に刻む場となったはずだ。

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