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人事トップも驚いた、とある学校のスゴイ育て方

TOYOTA NEWS 2021.05.24 UPDATE

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一過性ではない東北支援を掲げるトヨタ。毎年東北を訪れている豊田社長だけでなく、震災から10年となるこの春は、各執行役員も東北各地に足を運んでいる。

今回は、人事担当のトップである桑田正規チーフ・ヒューマン・リソーセス・オフィサー(以下CHRO)が、福島県立ふたば未来学園を訪問。トヨタで“人づくり”を担当している桑田CHROは、福島の教育現場で何を感じ、どんな気づきを得たのか。森田記者が取材した。

社会課題が多い地域ならではの、人材育成を

福島県では、少子高齢化、過疎化や産業の疲弊など、地域コミュニティが直面する課題が、震災と原発事故によって先鋭化。ある意味で “課題先進地域”となっている。

人口6,000人弱の双葉郡でもその問題は根深かった。震災の影響で5校あった県立高校が元の校舎での授業を再開できず、2015年度からは生徒募集を停止。郡内に高校が存在しない状況が4年間も続いていたという。

このような中で開校したのが、福島県立ふたば未来学園。困難を乗り越え、復興を実現するカギは人材育成にある。そのような考えで設立された中高一貫校だ。

統合前の富岡高校の卒業生には、バドミントンの桃田選手も

復興の調査で、トヨタ自動車東日本の白根会長がこの学校を訪れた際、その教育方針に感銘を受けたという。それ以来、卒業生を毎年採用。トヨタとの関係が続き、今回の訪問につながったようだ。

この学校は、校歌も特徴的だ。秋元康氏がプロデュースし、谷川俊太郎氏が作詞した歌詞は、“学ぶ 覚える 身につける 腑に落ちるまで考える”という言葉で始まる。さらに建学の精神は、“変革者たれ”という力強いもの。一体どのような授業が行われているのだろうか。

まずは、柳沼校長の案内で、桑田CHROとともに学校を紹介してもらうことに。そこで語られた教育内容は、驚きの連続だった。

高校生が企業と交渉し、商品をネットで販売

まず案内されたのは、“双葉みらいラボ ”と呼ばれるフリースペース。一般の人が自由に出入りでき、生徒が地元の人と交流できる地域協働スペースだ。

中にはカフェがあり、部活動である社会起業部カフェチームが運営。地元の特産品を使ったケーキや、オリジナルブレンドのコーヒーを開発しているほか、コロナ禍の今ではネットショッピングでも販売し、SNSで情報発信まで行う。

このカフェを運営する目的は、「地域を知り、伝え、盛り上げる」こと。生徒が、自分たちの町について学び、地元の人と交流することは、この学校の教育の柱にもなっている。

カフェには畳もあり、学校とは思えない軽やかなBGMが流れていた

この学校では、“未来創造探求”という、特色のある教育を行っている。根底にあるのは、地元にある社会課題だ。

生徒たちは、原子力防災や再生可能エネルギーなど6つの探求ゼミに分かれ、自らの足で課題を見つけ、専門家や地域の方と連携しながら解決策を考える。そこで終わりではなく、イベント開催や、商品製作など実行にまで移す。さらに国内外で発信・提言まで行っているという。

たとえば、双葉郡のイメージアップのため、漁協や企業と交渉し、地元の鮭を使った商品を開発・発売。そのレシピも制作し、自分たちで広告をつくって発信まで行っている。

他にも、復興や少子高齢化等の課題を自分事として考えてもらうため、全国の高校に呼びかけて、双葉郡へのツアー、ホームステイ、同世代とのディスカッションを組み合わせた“地域交換留学”なども実施。

そして、柳沼校長も「驚かされた」と話す事例では、生徒が、耕作放棄された畑で野菜をつくり、ファーマーズマーケットを企画。そのためにクラウドファンディングで資金を集め、学校にメディアを呼んで記者発表も行ったという。

掲示板に貼り出された探求ゼミの取り組み。校外で評価されることも多い

取り組みの発信は国内に留まらない。自分たちで考えた地域課題解決へのアイデアを発展させ、持続可能な社会の実現に向けた取り組みとして、ニューヨークの国連本部に提言。8日間の滞在中に、現地の大学院生とプレゼンテーションやディスカッションも繰り返した。

課題発見から解決策の実践まで、生徒が自主的に動き、地域と向き合う経験を積む。この双葉みらいラボには、生徒たちの取り組みの数々が壁一面に貼り出されていた。これには桑田CHROも「こんな学校、他にないですよね」と驚きの表情を浮かべ、柳沼校長は「地域コミュニティを再生し、復興へと盛り上げていきたい」と話した。

柳沼校長(写真左) 桑田CHRO(写真右)

生徒が自主的に動く秘訣とは

「生徒のみなさんの、自分で動く、動いてみるという姿勢に驚いた。なぜ、この学校の生徒は素早く自主的に動けるのか」という桑田CHROの疑問に、柳沼校長はこう答える。

「目的を見つけるのは生徒自身で、我々教員はそれを支えているだけ。与えられたものと違い、自分で見つけたものだから主体的に早く動ける。(震災で)いろんな苦労を経験したからか、目的意識を持って学ぶ生徒が多い」と話す。

そして、社会課題への取り組みを進める上で大切なことがあるという。それは、「教員だけではなく、地元の方々の協力が必要」というのだ。

入学時は、勉強に興味がない生徒も多いという。しかし、探求ゼミで地域の実態を知り、自分たちが暮らす町の課題を目の当たりにすることで目的意識が強まる。この循環が“未来創造探求”の重要なポイントなのだと感じた。

多くの生徒が、社会貢献への意識が高まったと回答

コロナ禍の今、修学旅行にも変化があったという。遠くへ出かけられないので、あえて地元である福島県内、特に震災被害の大きかった地域に出かけているという。鉄格子のバリケードを見て「まだ元のままなんだ」と驚く生徒たち。震災時は小学校低学年だったため、当時の記憶が消えかけている生徒も多いのだ。

このような体験をするのは生徒だけではない。この学校に転勤してきた先生たちも、まずは被災地を見る研修に出るという。昨年転勤してきた太田先生は「この地区に住んでいた同僚も多く(改めて現場を見て)涙が出た」と話してくれた。

生徒や先生たちが「地域の役に立ちたい」という想いを強め、町の人と協力し合い、課題に向き合う。これらの話を聞き、桑田CHROも「自ら改善意識をもてる人材はたくましい」と語る。トヨタにも“現地現物”という考えがあるが、この学校では、高校生のときからそれらを実践しているのだ。

デジタルを使いこなせる今の高校生が、教室の中だけではなく、町に足を運んでいる理由について柳沼校長はこう続けた。

「インターネットの画面越しでは、産業の大変さや(人間の)熱量に気づけない。リアルに感じ取ることで、産業ってかっこいいと思えるようになる」。この話の後、柳沼校長は「自分が学生の頃に、こんな学校があったら通いたかった」と話し、桑田CHROも「そうですよね」と何度もうなずいていた。

また、普段の授業でも、生徒が自主的に考える工夫をしているという。

それは、答えがない問題について全員で議論すること。そうすることで、プレゼンで自分の意見を発表することに抵抗がなくなっていくそうだ。多くの場面で、生徒が課題を他人事ではなく自分事としてとらえるための工夫がされているように感じた。

復興とは、元通りになることではない

そんな柳沼校長は、ある女子生徒の言葉が忘れられないという。それは、「復興とは元通りなることではなく、町を知ってもらうこと」という言葉。

震災は大きな被害をもたらした。だが、決してすべてをゼロにした訳ではない。福島の魅力を生かし、発信することで多くの人に応援される。それこそが本当の意味での復興、そして新たな成長へとつながっていくのだ。

この高校の入学式や卒業式の式典でも、震災で休校になった5つの高校の校旗を掲げるという。それぞれの歴史を引き継ぎ、新たな未来が生まれていくように思えた。自分たちの住む町について知ることから始まるこの学校の教育は、“震災からの復興”としっかりと結びついている。

ここで、桑田CHROも授業に参加し、高校生のプレゼンを聞くことに。教室の机に座るのは「35年ぶり」と少し照れくさそうに、生徒の発表に耳を傾ける。

いつもと違い、桑田CHROや、柳沼校長、取材陣が見守る状況で、少し緊張気味に、しかし丁寧にプレゼンを進める生徒たち。後で「緊張したー」と振り返ったのは、授業を担当していた先生のほうだった。

若い人の力を生かせないと、トヨタはダメになる

この訪問の最後に、3名の生徒と桑田CHROとの懇談が開かれた。

生徒たちは、それぞれこの学校に入学して変化したことを口にする。木田晏奈さんは「入学前から、南部鉄器づくりに携わりたいと考えていた。しかし、この学校は体験できることが多くて、視野が広がり、逆に何がしたいか揺らいでいる」と笑顔で話した。

志賀港君は「小1で震災に遭ったので、震災前の町がどんな場所だったかあまり覚えていない。だから親やおばあちゃんに何度も聞いた。するとこの町に住み続けたいと思うようになり、復興関係の仕事に就こうと決意。双葉郡で探究活動をすることでその想いは一層強くなった」と語る。

坂本侑汰君は「実家がサッシ屋をしていて、クルマの整備にも興味があり、工業系の仕事に就きたい」と話した後、先生に促されて「トヨタに就職志望しています」とアピール。これには先生だけでなく、桑田CHROからも笑顔がこぼれた。

そして、トヨタと東北の関係についての話になった。

桑田CHRO

豊田社長の想いは、モノづくりで雇用を生み出し、一過性ではなく継続的な支援で東北のお役に立つこと。(東北でクルマづくりを行う)トヨタ自動車東日本だけでなく、部品をつくってくださる会社も含め、東北を第3の製造拠点と位置づけている。

人材育成にも力を入れ、(この学校の生徒のように)自ら改善を重ねる若い人の力を、より一層生かせる会社にしていきたい。

その後、改めて探究活動について懇談。生徒自らが役場や企業と交渉し、イベント開催や技術開発を進めていると聞き、桑田CHROはこう続けた。

桑田CHRO

この学校の“変革者たれ”という建学の精神には、我々(トヨタ)もすごく共感がある。

今よりもどうすれば良くなるか。トヨタも常に改善を重ねてきたし、これからもやっていかないといけない。人事担当の私としても、トヨタに入ることがゴールではなく、トヨタに入ってこういうことをしたいと思う人に入って欲しいし、そういう方にバトンタッチしていきたい。

こういう教育を受けた方に頑張っていただくことは、大げさかもしれないが日本の将来にとっていいことだと思う。若いころから地域のことを考え、成長していくことはすごい力になる。

こう話し終えると、「会社のアピールみたいになっちゃった」と笑う桑田CHRO。そして最後に私も質問をしてみた。

森田

“変革者たれ”という建学の精神、そしてさまざまな取り組みを見て、トヨタとの共通点や、トヨタで生かせるところはあるか。

桑田CHRO

大きな組織でも、一人ひとりが改善していかないと会社はダメになる。言われたことだけでなく、自分で考えて変えていく。これは体の細胞のようなもの、そこが活性化していくことが大事。

今、トヨタでは、社員が他の会社に修行に行く取り組みを進めている。トヨタの中だけでなく、外でも経験を積むことで視野が広まる。こういった成長できるチャンスを増やしていきたい。

人が成長しないと、企業は成長しない。トヨタでも若い社員の力を本当に引き出せているのか、これは私自身が改善すべき点。若い力を応援し、生かしていくため、今日感じたことを持ち帰り、もっと若手が活躍できるようにしていきたい。

桑田CHROはこの訪問を通じて、今社内で進めている修行派遣が「本当に成長につながるんだ」という手応えを感じたという。そして「探求の場を、トヨタの中でも増やしていく」とも話した。人事担当のトップとして、福島の教育現場から多くのヒントを得たように見えた。

冒頭で触れたように、ふたば未来学園は、震災の影響で双葉郡内の高校がなくなってしまった状況を受けて設立された学校だ。そのような困難な状況からすれば、教室があり、普通の授業が受けられる環境を整えるだけでも大きな一歩だと思う。

しかしそれに留まらず、未来志向で、生徒の自主性を重んじた魅力的な教育環境が生まれている。柳沼校長にその理由を聞くと、「大人だけでは考えられなかった。子どもたちが “こんな学校があるといいな”と意見を出してくれたことが大きい」と明かしてくれた。

未来の担い手である子どもたちの教育の場が、社会課題解決への実践の場として機能し、子どもたち自身が、自分事として復興に向き合う。これこそが、復興の大きな原動力になるのだと感じた。

取材後記

今回の訪問をもって、豊田社長からスタートした各執行役員による東北訪問は一段落した。それぞれの訪問で、あらゆる復興支援のかたち、未来への取り組みを目の当たりにした。

豊田社長は震災直後から「一過性ではない復興支援」を掲げてきた。震災から10年の節目に際した“トヨタの”東北訪問に密着し、現場の声に触れる中で、「人に、地域に寄り添う真の復興支援」、そして、「地域の人たちと一緒に東北の未来をつくる」という10年前に掲げた言葉の意味を肌で実感。

東北の人々が、この10年で着実に積み重ねてきた復興の道のりと、未来への種まき。過去から未来へと踏み出す東北とトヨタとの関係は、一方通行のものではない。復興支援といいながら、トヨタが東北に支えられている面も大きいと感じた。

今回の訪問を通じてトヨタが東北から持ち帰ったものは、地域の困りごとから未来につながる最新技術まで幅広い。復興から未来づくりへとフェーズが変わっていく中で、東北とともにトヨタも成長し、発展していく。そんな未来を想像させてくれる取材となった。

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