トヨタイムズ

GRヤリス、マシン大破からの復活劇

TOYOTA NEWS 2020.10.19 UPDATE

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SUGOの魔物に襲われたルーキーレーシング

10月9(金)~11日(日)に開催された「スーパー耐久第2SUGO3時間レース」。宮城県にあるスポーツランドSUGOは日本のサーキットの中ではコース幅が狭く、波乱の展開になりやすいことから「魔物が棲む」とも言われるが、その魔物にルーキーレーシングが襲われた。

金曜日のフリー走行が始まって間もない38分、佐々木雅弘選手がコーナーでクラッシュしたとの情報がピットに届いた。

金曜日の朝のフリー走行が始まって間もなく掲示されたレッドフラッグ
モニターに映るGRヤリスを心配そうに見つめるチームメイトとメカニック

実はこの時、観客席で見ていたあるファンがTwitterでコースから回収されるGRヤリスの写真とともにこんな事を呟いていた。

「コースアウトしてんじゃん、GRヤリス……今日走れるのかなー、これがSUGOに来た最大の目的だったのに」

10時分、ピットに車両が戻ってきた。佐々木選手にケガはなかったが、マシンはフロント部分が大破している。第1戦の「富士24時間レース」では24時間ということもありスペアカーが用意されていたが、今回はない。

ピットに戻ったGRヤリス。マシンの損傷からかなりのアクシデントだったことがうかがえる
ヘッドライトやボディパーツの破片から伝わる衝撃の凄まじさ

普通のチームなら午後の走行は諦め、翌日の予選に間に合わせるように車両の修復を行う手配をするところだが、ルーキーレーシングは違った。GRヤリスは生まれたばかりのマシンであり、富士で優勝したとは言ってもその実力は未知数……。本戦までにテストを行う必要があるのだ。

「午後の走行までに、絶対に直す!!」

タイムリミットは時間半。ただ、現場監督であるチーフメカニックの三塚はピットに戻って来た車両を一目見て「これは間に合う」と判断した。用意されていたスペアパーツは必要最小限だが、三塚は長年の経験から時間半後の完成イメージを頭の中に思い描いていた。

絶対的な信頼でメカニックに修復の指示を出す現場監督の三塚
言葉を発しないクルマと対話をしながら骨格を修復する匠

三塚はまず知り合いの地元の板金職人に電話をかけた。匠は本来の業務を中断して15分後にピットに到着、いきなりハンマー1本で車両を叩き始めた。部品も設備も設計図もない中、言葉を発しないクルマと対話しながら骨格を修復し始めたのだ。

GRヤリスを蘇らせた匠のスライドハンマー
何度叩かれ、引っ張られても、壊れなかった強いクルマ。フレームについた一つ一つの傷が匠の愛を物語る

そんな中、落ち込んでいる佐々木選手にモリゾウが声を掛けた。モリゾウにとって佐々木選手はチームメイトであり、成瀬弘に代わるもう一人の運転の師匠でもある。

「佐々木もミスするなんて人間なんだね」

「明日応援に駆け付ける大嶋(和也)選手が新車のGRヤリスに乗ってくるから部品も用意できるし大丈夫」

「身体は痛い、骨は折れてない、でも心は折れた」。そう語る佐々木選手を優しく励ます豊田大輔選手

また、チームメイトも自分なりのやり方で励ますと、佐々木選手にいつもの笑顔が戻り始めた。

ピットでの匠と三塚の動きを見て、皆が「自分も何かをするぞ」と動き始めた。メカニックは持ち場で作業を始め、佐々木選手も自ら修復作業に加わる。それを見ていたチームメイトも手伝いを始めた。トヨタのエンジニアは本社と通信を行ないメカニックの作業をサポート、足りない部品は宮城トヨタ(岩沼店)から取り寄せた。

いてもたってもいられず、自分で修理を始める佐々木選手
佐々木選手の姿を見て、手伝い始めるチームメイトの豊田大輔選手と井口選手
本社とオンラインでつなぎ、メカニックの作業をサポートするトヨタのエンジニア

マシンは何度も叩かれ、引っ張られながら元の姿に戻り始める。1128分、ラジエターが付いた。1137分、ヘッドランプが付いた。もう、そこには大破したマシンの面影はない。そして1258分、無事にエンジンが掛かった。時間半、短いようで長い特別な時間が終わった。

一人一人が使命感を持ち、同じ方向を向いている

この間、モリゾウはずっとピットにいて、チームの動きを一番近くで見ていた。

「匠と現場監督の動きを見て、メカニック/エンジニア/ドライバー/監督/チームメイト……皆が『何か自分もするぞ!!』と。じっと黙って見ているのは、僕くらいで、本当に感動しました」と。

モリゾウはチームスタッフらの懸命な修復作業の一部始終を誰よりも間近で見守った
生まれも、育ちも、職種も違う一人一人が使命感を持ち、「絶対に直す!」という想いで同じ方向を向く。「肩書きだけで仕事をしない、プロフェッショナルな集団だね」とはモリゾウの弁

まさにリアルストーリーが生まれた一日であるとともに、素晴らしいチームになってきたことを実感した。

あるトヨタのエンジニアは「あの時、なぜ『直る』と思えたのか。プロとの差を感じた」と語った。これこそが、「現地現物」「人づくり」というトヨタの思想により培われた、コンピューターにはなし得ない技能なのである。これは会社の机に座っているだけでは絶対に見えてこない。やはり、事件は現場で起こっているのだ。

修復されたGRヤリスと佐々木選手をいつものグータッチで見送るモリゾウ

この間、シャッターを切り続けたフォトグラファーの三橋仁明はファインダー越しにこのようなことを感じた。

「また一回り力強いチームを見せてもらいました。生まれも、育ちも、職種も違う一人一人が使命感を持ち、同じ方向を向いている。それがルーキーレーシングなんだ……と」

周りから見ればレーシングアクシデントの一つかもしれないが、ルーキーレーシングにとっては、モリゾウの「心ひとつに」の本質を実感できる出来事だったのだろう。

チームスタッフ全員の想いが、午後のフリー走行出走という奇跡の復活へとつながった

13時30分、回目のフリー走行にGRヤリスは他のマシンと同様に走行を始め、いつもの時間に戻った。

そして、あのTwitterのタイムラインには「祝 GRヤリス、復活!」の呟きとともに疾走するGRヤリスの映像がアップされていた。

アクシデントから2日後の決勝、金曜日のクラッシュが嘘であったかのように快走を続けたGRヤリス
チェッカーを受け、ピットに戻ってきた佐々木選手を井口選手が全身で迎える
復活を遂げたGRヤリスは、SUGOスーパー耐久3時間レースの死闘をクラス3位で終えた

山本シンヤ=文
text by Shinya Yamamoto

自動車研究家。自動車メーカー、チューニングメーカーを経て、自動車雑誌の世界に。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の気持ちを“わかりやすく上手”に伝えることをモットーに活動している。

三橋仁明=写真
photographs by Noriaki Mitsuhashi(N-RAK PHOTO AGENCY)

写真家。1976年三重県伊勢市生まれ。ROOKIE Racing専属フォトグラファー。F1、ルマン24時間、ニュル24時間、スーパーフォーミュラ、スーパーGT、スーパー耐久などのモータースポーツを舞台に、世界中のサーキットを駆け回る。

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