いよいよ本格的に動き始めたWoven Cityプロジェクト。キーパーソンとなる2人に森田記者がインタビュー。
東富士の工場跡地と、日本橋のWoven Planet Group。2つの取材を通じてトヨタの過去と未来を見てきた森田記者。その目には、トヨタが歩んできた道とこれから進む道が、一本につながって見えた。2021年は、Woven Planet Groupという新体制が整い、Woven Cityの建設工事もスタート。いよいよプロジェクトが大きく前進する年になりそうだ。Woven Cityは、そしてトヨタはこれからどうなっていくのか。そのキーパーソンとなるWoven Planet HoldingsのカフナーCEOと豊田大輔Senior Vice Presidentに、森田記者がインタビューした。
10年前の震災からはじまった実証都市の構想
構想発表から1年で着工にこぎつけ、日本橋では物流の現場やデジタルツイン、ロボットなどの開発が着々と進んでいる。このスピード感に驚いた森田記者は、「開発者側としても早いと感じていますか」と聞いた。これに対し、「私の見方では、Woven Cityプロジェクトの歴史は長い」とカフナー氏。豊田社長の構想は、2011年の東日本大震災からはじまったのだという。
10年前の震災で、東北地方は大きな被害を受けた。この未曽有の災害を前に、トヨタには何ができるのか。そう考えた豊田社長は、東北地方を中部、九州に次ぐ第3の国内生産拠点にすることを決断した。震災からわずか4カ月後の2011年7月に、トヨタの自動車生産を担ってきた関東自動車、セントラル自動車、トヨタ自動車東北の3社を統合し、トヨタ自動車東日本(TMEJ)の設立を発表。東北の復興に向け、本格的に動き出した。
だが東北に力を入れれば入れるほど、必然的に東富士工場の役割が少なくなっていく。では、この地でできることは何か。東富士でなければできないこととは、何なのか。考え抜いた豊田社長が導き出したのが、トヨタの未来を担う実証都市をつくるというアイデアだった。この構想をはじめて従業員に明かしたのは、2018年7月のこと。閉鎖が決まった東富士工場での従業員たちとの対話の中だった。このとき豊田社長は「まだ構想段階ではありますが、意志さえあれば必ずできると思います」と決意を語っている。
2011年の震災後からじっくり温めてきた構想が、2020年1月、ついに「Woven City」という具体的なコンセプトとして発表されると、そこからの動きは早かった。
カフナー
構想期間に長い期間を費やしましたが、プロジェクトが始動したのは2020年1月に行われたCESで発表されてからです。コロナ禍の中でも1年でチームを立ち上げ、人材を集め、こうして地鎮祭まで予定通りに進められて非常に感謝しています。また、Woven Cityプロジェクトに私たちが関わることができて大変うれしく思います。
(中略)
チームみんなの頑張りによってプロジェクトを速やかに進めることができており、このペースでこれからも進んで行きたいと思います。
豊田優秀な方々に、本当に全力疾走で、毎日毎日プロジェクトに携わっていただいています。情報共有やコミュニケーションも円滑に進めていただいているので、コロナの状況で当初危ないかなと思ったものの、ちゃんとオンスケジュールでできたのは、メンバーのがんばりがすごい、その一言に尽きると思います。
Woven City開発のカギを握る“デジタルツイン”
日本橋のWoven Planetオフィスは、一見すると明るくスタイリッシュなシリコンバレー風の空間だ。だがそこで森田記者が見たのは、“現場”をつくり、地道にコツコツと試行錯誤を積み重ねていく開発者たちの姿だった。ここにもトヨタのDNAたる「カイゼン」がしっかりと受け継がれていた。それだけではない。ここでは、“デジタルツイン“という新しいテクノロジーを利用して、そのカイゼンをさらに発展させていた。
カフナー
“デジタルツイン“という新しいツールで、(カイゼンの)可能性は広がります。そしてチームで様々なイノベーションを起こせることにワクワクしています。今までのような”カイゼン“のアプローチではできなかったテストが可能になります。デジタルツインは、クラウドコンピューティング、そしてシミュレーションを駆使し、様々な選択肢を同時並行で試すことが可能となります。
これから開発するものをデジタル空間上にそっくり再現し、現実とデジタルの両方で開発を進めるデジタルツインは、間違いなくWoven City開発のカギを握る技術だ。従来、都市というのは技術や文化の発展に伴い、少しずつ姿を変えながら現在の形に最適化されてきた。だが、圧倒的なスピードで技術進化が続く現在、都市の変化はテクノロジーの発達に追いつけなくなっている。どんな道路をどのくらい作ればいいのか。どんな住居が暮らしやすいのか。モビリティの姿はどうあるべきか。どんなロボットがいると便利なのか。そこには、たくさんのアイデアがあり、選択肢がある。それを一つひとつ試すのは、時間もコストもまったく足りない。
デジタルツインを利用することで、リアルでつくる前に、デジタル上でさまざまなアイデアを試すことができる。都市のように現実ではひとつしかつくれないものでも、デジタルなら何十個、何百個とコピーして、並行してアイデアを試すことも可能だ。この技術により、Woven Cityはかつてないほどの速度で進化していく可能性を秘めている。そして、デジタルツインは都市開発だけでなく、働き方さえも変えると豊田氏はいう。
豊田
最終的に、これは働き方を変えていくものになります。我々は「ソフトウェアファースト」、ソフトウェアからモノづくりをしていくというアプローチをしていますが、実はこれは街づくりだけではなく、様々なプロジェクトに適用できるということが、今回のプロジェクトを通じて広まっていくと思っています。
カフナー
デジタルツインには3つの主要なゴールがあります。1つはハードウェア開発のためにCAD開発を加速させることです。”デジタルツイン“でTPS向けのソフトウェア開発を進めます。
2つ目は、Woven Cityの建設が終わる前からでもユーザーテストやバーチャル環境が体験できるようにWoven Cityへのアクセスを可能にすることです。
3つ目は、ソフトウェアとサービスを投入した後に、それらの大規模な検証を行うことです。(なぜそれが必要かというと)コネクティッドカー、コネクティッドモビリティが出てくる前は、ソフトウェアとハードウェアは一つのシステムとして検証・製品化されていましたが、今は、両者をつなげてソフトウェアを継続的にアップデートすることが求められているからです。
コネクティッドカーをはじめとする今後のコネクティッドモビリティは、ソフトウェアとハードウェアのつながりが重要となる。スマートフォンのように、ソフトウェアのアップデートにより機能が改善されたり、新機能が追加されることもあるだろう。だが、その新機能はどうやって検証すればいいのだろうか。もちろん実際に稼働中の製品でテストするわけにはいかない。そこでデジタルツインが役に立つ、とカフナー氏は説明する。
カフナー
デジタルツインのシミュレーションとクラウドコンピューティングの両方を駆使し、ソフトウェアとサービスの品質を保証し、Woven Cityで検証できるのです。
「ヒト中心」が生む多様性が、イノベーションを引き起こす
Woven Cityが持つ価値観として、「ヒト中心」が掲げられている。人によってそれぞれ好みが違う中で、どのように開発を進めているのだろうか。豊田氏は、これを味に例えて説明する。トヨタではクルマを評価する際に、「先味」「中味」「後味」という3つの味を考える。クルマに乗る前に持つ「このクルマに乗ってみたい」という思いが先味。乗っている最中に「ずっと乗り続けたい」と感じるのが中味。そしてクルマを降りた後に「また乗りたい」と感じるのが後味。この3つは街にもそのまま当てはまる。
3つの味の好みは、人それぞれ違うもの。提供側がひとつの味を作って「はい、どうぞ」では「ヒト中心」にはなり得ないし、味に多様性がなければイノベーションも起こりえない。だからこそ、Woven Cityは味をつくるのではなく、誰もが味を乗せられるベースをつくることを目指している。そのベースとなるのは、「Woven Cityらしさ」という共通の価値観で、今まさにそこをつくっているところだと豊田氏。
Woven Cityはまた、いつまでも新たな味を受け入れ、イノベーションを生み続ける場となる。
カフナー
Woven Cityは、常に改善を続け、常に成長し続け、常に住民や顧客の声に耳を傾け続け、新しいテクノロジーを取り入れるという面からも、未完成な実証実験の街だと考えています。
どうやってイノベーションを持続するか?柔軟性を持続するか?という大きな挑戦と責任があります。Woven Cityはまさにイノベーションやインスピレーションを創造する場となり、世界をより良くしていきたいと思っています。
豊田
色々なことが何も決まっていない中で始まったプロジェクトですので、変化するものだという前提でプロジェクトを進めています。ですので、想いの共有が一番大事だと思っています。どういう想いでこのプロジェクトがはじまったのか。どういう想いで開発に携わるのかを共有しています。
イノベーションに不可欠な「ポジティブな姿勢」
最後に、森田記者は2人に素朴な質問をした。「こんなに大変で先が見えないプロジェクトなのに、なぜ2人ともこんなにポジティブで、楽しそうなのか」と。すべてが手探りの中、1年で組織体制を整え、人材を集め、都市1つを丸ごと開発していく。しかも既存の都市ではない、誰も見たことのない未知の都市だ。世界が注視するトヨタの未来を背負うプロジェクトに、不安やプレッシャーが無いはずがない。
カフナーCEOと豊田Senior Vice Presidentだけではない。今日取材した誰もが、楽しそうに、そして情熱的に自分の担当分野を紹介してくれた。この日本橋のポジティブな雰囲気は、一体どこからきているのだろうか。
豊田
個人的な想いでもありますが、楽しそうにやっていない人がどうやって人を笑顔にするの?と考えています。Woven Cityは、幸せがあふれる街です。つくっている人が幸せを感じなければ、どうやって幸せな街ができるのか分かりませんよね。ですから、大変ではありますが、ポジティブに楽しみながらやっているから、そう見えたのかなと思います。
カフナー
新しいテクノロジーに挑戦するとき、例えば、アポロ11号をつくった科学者たちは、決して不幸ではなく、前向きに物事を捉えていたはずです。彼らは前向きに、また一生懸命にビジョンを掲げて頑張った。ですから、私は、イノベーションで成功するには前向きな姿勢が重要だと思います。汗水流して働き、難しい課題に直面しても、ポジティブな姿勢と働く環境を持ち続けることで、人は幸せに、そして未来に対して前向きになれると思います。
そしてカフナーCEOの情熱的な話は、未来を担う若者たちにも及んだ。
カフナー
私は、このコロナ禍で経済的、政治的な困難に直面し、特に若い世代が地球の未来に悲観的になっていないか、とても心配しています。しかし、そこに挑戦し、笑顔を絶やさず仕事に励み、ポジティブなものをつくることで、そのエネルギーを次世代に示せば、彼らも社会をより良くするために動き出すでしょう。
だから、教育とテクノロジーへの投資が必要です。リーダーが前向きな行動を起こし、諦めない姿を見せるのは非常に重要です。私たちは課題を乗り越えるために努力し、もちろん難しい場面に遭遇するでしょうが、笑顔を絶やさず、前向きな期待とともに解決策を見つけます。そして、次世代の若者たちの良い見本となることを願います。
カフナーCEO、そして豊田氏の言葉からは、これまでトヨタが培ってきた大切な財産を、何としても未来へとつなげていこう、というリーダーとしての強い意志を感じる。いよいよ本格始動したトヨタの未来、Woven Cityが今後どんな未知を切り拓いていくのか。トヨタイムズとしてしっかり見届けていこうと決意を新たにした森田記者だった。