寺師副社長インタビュー(4)EVかFCVかじゃない、2050年のトヨタ

2019.03.26

【5回連載】池田直渡氏(モータージャーナリスト)×寺師茂樹(第4回)。環境車の未来を考える。

3月16日、17日、「THE PAGE」にてモータージャーナリストの池田直渡氏による「寺師副社長インタビュー記事」が掲載された。トヨタイムズでは、「THE PAGE」、池田氏の了解のもと、同内容を5日間に渡り連載する。

トヨタ自動車が月面探査プロジェクトに乗り出す。その挑戦は、地上でのクルマ技術を月でも実現する「リアルとバーチャルの融合」だと、豊田章男社長の言葉を借りながら語るのは、副社長の寺師茂樹氏だ。電気自動車(EV)対応が遅れていると揶揄されることの多い同社だが、世界的な潮流である電動化という次世代戦略を、トヨタの技術トップはどう考えているのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が余すところなく聞いた。全5回連載の4回目。

FCVトラック
ロサンゼルス市港湾当局からの依頼で実証実験のために作られたFCVトラック。従来EVで運用されていたが充電時の稼働率が問題だった

30年先の未来。エネルギーのインフラは徐々に変わって行くだろう。パリ協定で日本が80%の温室効果ガス削減を目指す2050年、トヨタはどうやって戦って行くのだろうか?

現在の社会が排出するCO2を5分の1に減らさなければならないとすれば、当然、内燃機関は存続できない。というより、社会全体で経済活動を相当縮小せざるを得ないだろう。それはともかく、こと自動車だけに限っていうならば、水素社会の実現は極めて重要なパーツになるはずだ。

現在、トヨタが持っているFC(燃料電池)スタックはMIRAIに搭載される1種類だが、このスタックを使って排気ガスを出さない屋内作業に適したフォークリフトや、スタックを2台搭載した大型バスのSORAなど、FCVの適用範囲は広がっている。そのFCVはどのように発展していくのだろうか?

トヨタは、今世界のシェアのうち11~12%くらいしか持っていません

FCスタックと高圧水素タンク
車両の中心にある銀色の金属塊がFCスタック。2つの黄色い筒は高圧水素タンク
池田

ここまで、現在はHV(ハイブリッド)が現実的だけれど、その先でPHV(プラグインハイブリッド)でないと規制値がクリアできないだろうという話を伺いました。ただその、たぶん次辺りに、EV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)が乗用車の主流に加わっていくだろうっていう話があるじゃないですか? 商用車の話はあとでお伺いしますけれども、そこにいくために今必要なこと、それからいわゆるFCVならではのメリットっていうところを、もうちょっとお話を。

寺師

ここまで、EVとFCVは別物じゃないっていうお話をしましたよね。けれどFCVの技術革新で、もっともっとコンパクトなスタック(発電心臓部)にして、安価な値段でつくるっていうのには、やっぱりものすごい時間が掛かると思うんですよね。だから、EVが先行してどんどん普及してくれて、あとからFCVが追っ掛ける構造になると思うんです。FCVのスタックとタンクをコンパクトにできれば、EVの電池搭載量を減らしてそこに載るはずです。すると、EVをFCVに変えることができるんですよ。

池田

それ、コンバージョン(後改造)ということではなくて、車種のバリエーションとしてFCVをつくれるということですね?

寺師

そうです。僕たちは今、来年ぐらいに出す第2世代のFCVをやっていますけど、第3世代ももう同時に開発していましてね。第3世代のFCVのタンクとかスタックは、他社のEVのパッケージをよく見てサイズを決めろって言っているんですよ。

池田

それはさっき言ったシステムサプライヤーとしてっていうことですね。

寺師

ええ、例えばEVの技術を持つ会社さんが「やっぱりこの地域はエネルギーの特性からいってFCVにして売りたいよね」ってなったら電池の量を減らして安くして、そこにFCのスタックとタンクを載せて、モーターはそのままでEVからFCVに変えてもらうというようなこともできるんじゃないかと。ただ、そのためにはいろんな会社のクルマのサイズに載るようなスタックでありタンクでないといけないんです。

池田

今、寺師さんが目標とされているサイズっていうのは、現状スタックのどのぐらい、何%ぐらいですか。

寺師

たぶん6割ぐらいになれば。ちっちゃいクルマ、大きなクルマ、真ん中ぐらいのクルマに搭載するには、電池の数を調整しているEVと同じように、スタック内部のセルの数で調整すれば良いんです。

池田

可変にするわけですよね。

車両につけられる、スタックとタンク
車両サイズと比べると台車に乗せられたスタックとタンクが相当に大きいことが分かる
寺師

トラックやバスにするなら、これを2つ載せてもらうようにして、いろんなサイズに対応できるようなFCのシステムをつくっておけば、さまざまなケースに対応できます。例えば、地域によってはこの町は水素がたくさんあるので、ゆくゆくは水素のインフラで町をつくろうというプランがあったとして、FCシステムのコンパクト化や低価格化がまだちょっと十分ではないという過渡期はEVのトラックやバスで繋いでもらえばいいんです。機が熟した時、そこにFCスタックとタンクを載っけて制御をやれば、モーターは流用してすぐにFCがつくれます。トラックやバスは後改造がしやすいですから。ですから“電動化の全包囲網”をやりますっていうのは、別に色んなシステムを個別に開発するっていうんじゃなくて、ベースの電動化部分の基本は一緒なんです。

池田

つまりいろんなエリアがあっていろんなニーズがあるんだから、どんなニーズにも適合できるように、基本をしっかりつくっておくっていうことなんですね。

寺師

ええ、そうですね。だから、例えばハイブリッドのエンジンのところにスタックを置けば、あとはタンクをどっかに載っけてやれば、これはまさにハイブリッドの構成とまったく同じFCVができるわけですよね。だから、システムをコンパクトにしていく技術と、あとはやっぱり原価低減。いかに安いシステムをつくれるかっていうことかなと。

池田

現状、タンクも相当高そうじゃないですか。スタックと価格の比率ってどのぐらいなんですか。

寺師

スタックのほうがやっぱり高いですよ。白金使ってますからね。だから、もうこういう触媒だとか貴金属をもっともっと減らす技術をやらなきゃいけない。

池田

普及するためにはコストダウンも大事だし、希少材料を使うと数がつくれない。そこを解決していくっていうっていうことですね。手間の掛かるタンクはどうなんですか。

寺師

タンクは、今は高圧力にしてたくさん入れたいっていうのがあるんですけど。

池田

今はカーボンですよね? カーボンを一生懸命手作業で巻いて。

寺師

カーボンです。樹脂カプセルの上にカーボンを巻いて作ってるんですけど。

液体水素っていうのも近い将来は考えなきゃいけない

寺師副社長
「EVの電池搭載量を減らしてFCスタックを載せればEVをFCVに変えることができる」と語る寺師副社長(撮影:志和浩司)
池田

だから手づくりですごい手間が掛かってコストも下がらない。それにサイズが大きいし、高圧に耐えるために形が筒型限定っていうことが問題になってるんですが。

寺師

そうですね。だから液体水素っていうのも近い将来は考えなきゃいけない。だから、そういう水素そのものの載せ方とか、そういうことも含めてやっていかなきゃいけないかなと思ってるんですよね。

池田

千代田化工建設がトルエンに混ぜて、気体の1/500の体積を常温・常圧でやれると言ってますよね。で、トルエンということになると、ガソリンのインフラがそのまま使えますよね。トルエンとガソリンって、法律上の扱いが危険物第4類第一石油類で一緒なんですけど。それが可能だとするとそれはすごく面白い話で、今のガソリンスタンドのポンプで普通に水素が入れられるようになると。

寺師

というようなことも含めて、水素そのものの技術開発も必要なんですよね。こうなったときにトヨタ単独でそれもやりますかってなると、これはもうエネルギー政策の範疇です。エネルギーの水素をどう使ってどんな作り方でやりますかっていうのが、これはもうどこか1社がやることではなく、やっぱり官民みんなで一緒にチームを組んでやるのがいいんじゃないかと。

池田

要するに、もうジャンルが広くなり過ぎて、それを全部トヨタが抱えるのは合理的ではなくなりつつあるっていうことなんですね。

寺師

まさに月面ローバーと一緒なんですよ。宇宙に行ってクルマ1台走らせようって考えると、あらゆる技術が未知数でクエスチョンマークだと思うんです、今は。それを解くのはトヨタだけじゃないでしょうっていう。トヨタが皆さんに自社のビジョンをお伝えする役割はあるんだろうなっていうのは思いますけどね。

池田

今、環境の話をすると出てくるのは「Tank to Pipe」、要するに燃料を入れたところから排気ガスが出るところまで、ここだけで見る見方と、それから「Well to Wheel」、要するに井戸から石油を掘ってタイヤを回すまで全部っていう見方があるじゃないですか。もっと先も含む考え方もいろいろあるんですけど、ひとまず数値的な裏付けがある程度取れているのはそこまでで。で、Tank to Pipeでは確かにFCVはゼロエミッションなんですが、じゃあWell to Wheelで見たときには、水素をどうやってつくるのかによってストーリーが変わってくる。石油から作っていたんじゃ全然ゼロエミッションじゃないです。これは今、水素のつくり方としてはどんなふうな考え方なんですか。

寺師

最初のエネルギーをつくるところから、走るところまででどうですかっていう議論はあって、それはしかるべきで僕もそのとおりだと思うんですけど、最終的には近い将来、それぞれの地域だとか国が、どういうエネルギープランで行くんでしょうかっていう、本当は根本的にはそこの問題だと思うんですよね。そうなったときに、今の断面を切り取って、水素のつくり方でCO2が幾らとかっていうことも意味がなくはないんですけど、もっとCO2が少ない水素のつくり方を考えましょうっていう、先々の変化も見ていかなくてはなりません。

だからちょっと時々順番が変わっちゃうのは、Well to Wheelで、こっちのほうがCO2が大きいから、だからこれは駄目だっていうことじゃなく、最終的なエネルギープランの着地点を見据えて、それを実現するためにどんな技術開発が必要なんでしょうかっていう考え方で言うと、多様な選択肢はあるんだろうと。

EVかFCVか、対立軸で分けても仕方ない

横浜の風力発電所ハマウィング
横浜の湾岸エリアに設置されたハマウィング。風力で得た電気で水を分解して水素を生産する。無風時にはプリウスの中古バッテリーでバックアップして電気分解を継続できる。水素は電気の保存運搬の一形態と見ることができる
池田

だから電動化の技術が多様であれば、それに対応幅が広い分だけインフラエネルギーの設計の自由度が上がると。例えば、今トヨタが横浜・川崎地区で実験している「ハマウィング」がありますよね。風は都合のいいときだけ吹いてくれない。要らないときにも吹くと。そこでできた電気をプリウスの中古バッテリーにためて、で、電力を安定させながら水素をつくっておく。夜間みたいな電力需要が少ないときに風が吹いても水素にして保存しておける。あれはバッテリーに電気を貯めるのと同じように、エネルギーを水素に置換して保存しておく方法だということなんですね。

寺師

そうですね。だから、さっき言ったみたいに、EVなのかFCVなのかっていう対立軸で分けて考えるとどっちに優劣があるのみたいになるんですけど、基本はバッテリーで貯めておくのか、それを水素で貯めておくのか。だから出口のところの使い方に合わせたような貯蔵の仕方もあるのかなと思うんですよね。

池田

おっしゃるとおりですね。で、そうすると、やっぱり今一番水素に向いていると思われるのは商用車じゃないかという話があって。これは、乗用車みたいに出た先々に水素スタンドが必要なくて、特に長距離のトラックに関しては、スタートするところも止まるところも決まっていると。そこにインフラが整っていればなんの問題もないし。しかもああいう大型機材っていうのは、ドライバーは交代にして車両自体は24時間働かせたい。そうするとEVみたいに充電に何時間って掛かってしまうものはちょっと都合が悪い。5分で充填できる水素であればドライバー交代してまたすぐ出ていける。この商用車の展開っていうのは今どんなふうに進んでますか。

寺師

僕たちがもともとMIRAIをFCVでつくった理由は、アメリカのZEV規制(※文末に補足説明)にミートするためでした。まずは乗用車でつくりましょうってスタートしているんですよね。この先の展開の1つは、おっしゃったとおり商用車の話があります。で、この商用車も、大口のユーザーさんってあまりいないんですね。どちらかというと、僕たちがよくお話いただくのは、「ごみ収集車をFCVでつくってくれませんか?」みたいな、要は深夜とか早朝働くことが多いと、静粛性が魅力なんです。しかも24時間動かしたいんですよっていうニーズからすると、いわゆるFCのほうがいいですよねとか、夜間道路工事していると、この電源とかもディーゼルでがんがんやってたらもう近所迷惑だと。だからそれをFCでやってくれないかっていう、そういう小口のアイデアとか要望はものすごいたくさんあるんですよ。

MIRAIのように乗用車の1製品をつくって、それをたくさん売ろうとするとインフラ整備の話が出てきて、結構大変なので、僕たちはやっぱり乗用車と商用車のコンビネーションがいいんじゃないかと。商用車も、バスとかタクシーとか。タクシーだったら、いわゆるLPG(液化石油ガス)のスタンドの数ぐらいあれば、現実にビジネスが回っているわけですから。ある程度ルートが決まっているクルマは楽ですよね。

稼働距離が短くて夜使いませんって言うならEVでもいいでしょうけれど、さっき言ったように、24時間動かしたいってことならFCっていう、そういう選択肢になってくるはずです。だから商用車もFCなのかEVなのかっていう二択でどっちという議論ではなく、それぞれの必要な出口があっていいんではないかと。

池田

だからフルラインで、ニーズに合わせた最適なものがいつでも用意できるっていうことなんですね。

FCVの大型バス「SORA」
FCVの大型バス「SORA」(提供:トヨタ自動車)
寺師

できますよね。ちょっと話が違うんですが、僕は今一番やりたいのは、FCVも、EVもそうなんですけど、最近日本で災害がものすごく多いんですよね。この間、北海道のブラックアウトなんかもそうなんですけども、停電したときに電気がある、夜間灯りがつくっていう安心感は大切です。プリウスのPHVなんかも家庭用なら良いんですけど、大勢の電気は賄えない。たぶん避難所で避難されている方々の灯や空調を考えると、ちっちゃいクルマじゃ駄目なので、バスぐらいのサイズがいいねと。じゃあ、FCVの大型バス「SORA」っていうクルマを今やりだしましたけど、皆さんSORA買ってくれますかって言ったら、それはちょっと厳しいので。

池田

あれ、1億円ぐらいでしたっけ。

寺師

そのうちもっと安くしますけど、今はそれぐらいです。

池田

普通のバスで2000万ですからね。

寺師

だから例えば、マイクロバスの「コースター」ぐらいのサイズでそういうFC、もしくはEVでもいいと思うんですけど、つくりますと。MIRAIの補助金をいつまでもずっと続けていただくのでは、あるいはそういう中で災害対策だとしても数をどんどん増やすにはやっぱり心苦しいところがあるので、例えばFCのコースターのようなサイズで、普段はお客さんを運ぶとか従業員を運ぶとか、そういうふうに使っていただいて、災害が起きたら、FCVのコースターが必要な場所に駆け付けて電源車になる。例えばコンビニの横に付くとコンビニの営業ができる。そういう困ったときへの備えには、コースターのサイズのFCだったら良いですよね。

池田

そうすると全国を見渡して、電源車をうまくグリッドして置いていくっていう設計はたぶん必要で。かなり自治体であるとか国と一体になって綿密に設計を立てていかないといけないですね。

寺師

そうですよね。だから自治体の方々とお話ししていると、SORAはちょっと買えないけど、コースターぐらいだったら欲しいですよねと。企業の方でもそうおっしゃってくださったり、トヨタの販売店の皆さんも1台ぐらいならみんな持っていて、困ったらみんなそれを使えばいいよねっていうようにも言ってくださっているし。

池田

そういう前向きな流れの中で、じゃあ環境の問題を考えつつ、社会貢献をしていくために、地域や使い方に合わせた最適なものをソリューションとして渡せる状態をつくるというのがトヨタの電動化プログラムの目標なんですね。

さていよいよ次はロングインタビューの最後。トヨタはFCVが空気清浄機の様に汚染された大気を吸って浄化すると言う。トヨタの言うマイナスエミッションについて聞いてみる。

【キーワード】…ゼロエミッションビークル(ZEV)規制
アメリカ・カリフォルニア州に端を発する自動車排気ガスの規制。一定の生産数を超えるメーカーは、州の指定するZEV規定に該当する車両を一定比率以上販売しなくてはならないという規制だ。クリアできない場合多額の罰金を支払うか、もしくは、規制を達成したメーカーの余剰枠(クレジット)を買い取るかしかない。

2018年からこのZEV規制のルールがさらに厳格化されるとともに採用する州が増え、北米を主戦場とするメーカーにとって喫緊の問題となっている。

以下の一覧は2025年までの規制のロードマップで、パーセンテージが示すのはメーカーの全販売台数における環境対策車のトータル比率、カッコ内は左がZEV(電気自動車と燃料電池車)、右が準ZEV(プラグインハイブリッド)となる。例えば2020年には、9.5%の低燃費車を売らなくてはならない。全てZEVであればより望ましいが、3.5%まではPHVをカウントできる。ただし、3.5%を超えた分はカウントされない。

 2018年 4.5%(2.0%・2.5%)
 2019年 7.0%(4.0%・3.0%)
 2020年 9.5%(6.0%・3.5%)
 2021年 12.0%(8.0%・4.0%)
 2022年 14.5%(10.0%・4.5%)
 2023年 17.0%(12.0%・5.0%)
 2024年 19.5%(14.0%・5.5%)
 2025年 22.0%(16.0%・6.0%)

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