トヨタイムズスポーツ
2023.03.15

進化を続けるレジェンド、パラアルペン森井大輝の速さを村岡桃佳に訊いた

2023.03.15

シーズンのクライマックスを迎えているウィンタースポーツ。そこでパラアルペンスキーの森井大輝選手を特集。ベテランながら進化を続ける理由を徹底取材。スタジオゲストには村岡桃佳選手が登場!

3月10日に配信されたトヨタイムズスポーツは、パラアルペンスキーを特集した。冬季パラリンピックに6大会連続出場中の森井大輝選手は、今年の世界選手権でも金銀銅と3つのメダルを獲得している。42歳のレジェンドはどんな進化を続けているのか、その速さの秘密に迫った。スタジオゲストは、北京2022冬季パラリンピックで金メダル3個、銀メダル1個と大活躍し、今季は陸上に専念している村岡桃佳選手。よく知る先輩への激アツな解説だけでなく、パラ競技のトップアスリート同士ならではの視点にも注目だ。

村岡桃佳のメダルの保管場所は?

今回の放送は、パラアルペンスキー男子のレジェンドを、女子の世界トップが解説する豪華版。2022年5月25日の放送では、村岡選手が出場したパラ陸上大会の特集に、森井選手がゲストで出演している。今回は逆のパターンで、「大輝さんのことで呼ばれたら何としても」と村岡選手がスタジオに初登場した。

村岡選手と言えば、冬季パラリンピックでの獲得メダルは、通算で金4個、銀3個、銅2個。森田京之介キャスターが「家はどうなっているんですか?」と質問すると、「(大会の)キャラクターのぬいぐるみと一緒に飾ってあります」と村岡選手。メダルが並ぶ豪華な写真は、本人のインスタグラムで見ることができる。

村岡選手が競技の世界に足を踏み入れたのは、森井選手の影響が大きい。出会ったのは、村岡選手が小学校低学年の頃。普通にチェアスキーを楽しんでいたら、代表選手たちの練習に遭遇し、滑ってみないかと森井選手らに誘われたのがきっかけだったという。

その後、村岡選手は高校生でソチ2014パラリンピックに初出場。その翌年の世界選手権で森井選手とそろってメダルを獲った際の写真も披露された。

年齢が半分の選手たちを破り、森井大輝が世界王者に

森田キャスターは、日本代表チームの合宿に参加している森井選手を取材するため、長野県の菅平高原パインビークスキー場を訪れた。

森井選手のチェアスキーを観察して、森田キャスターは「僕のパソコンについているのと同じ『資産』のシールが貼ってありますよ」と指摘した。トヨタイムズ以外ではスルーするであろう目の付けどころで、視聴者からは「棚卸し対象なんだ」というコメントも。

話題は、1月にスペインで行われた世界選手権。スーパー大回転は0.01秒差で金メダル、滑降で銀メダル、回転でも銅メダルに輝いた。森井選手は「久しぶりに表彰台の真ん中に登れたんですけど、やっぱり気持ちいいですね。できればもう1年早く(北京で)獲れていたらなという思いもあったんですけど(笑)。自分の年齢の半分の選手たちと戦って(勝てた)。そういった意味でもすごく良かった」と語った。

金メダルの瞬間は、パラ陸上の大会のためにオーストラリアにいた村岡選手も見ていたそうだ。「超激アツで、叫びました。めっちゃうれしかった」と振り返る。

速さの秘密の3つのポイント、最初は「ターン」

番組では森井選手の速さの秘密について、3つのポイントに分けて探った。最初のポイントは「ターン」だが、取材当日は強風の影響で、ゲレンデの練習が中止に。実際の滑りを撮影することができなかった。

そこで、取材の1週間後に行われたジャパンパラのVTRを見ながら、森井選手の滑りを村岡選手に解説してもらった。競技は回転種目で、狭い間隔で置かれたポールと次々とクリアしていく。「滑っている側としては、てんやわんやです。やばいやばいと思いながら滑っています」と村岡選手。ポールの間隔も均等ではなく、リズムの作り方が難しいそうだ。

その中で森井選手のすごさは「ターンの正確さ」。コースの雪質や用具のセッティングなどを総合し、自分の狙った角度や動きでターンを作り上げていくのが精密で、「全ての扱いが本当に上手いと言うか、繊細だなって感じますね」と村岡選手は評する。

紙を一枚一枚積み重ねるようなトレーニング

森井選手の速さの秘密の第2のポイントが「フィジカル」。肉体を鍛える室内でのトレーニングの現場に密着した。まずは、丹念なストレッチを始めた森井選手。股関節の柔らかさに森田キャスターが驚いていると、パラアスリートならではの興味深い話が聞けた。

「拘縮と言って、だんだん体が硬くなってくるんですよ。膝とかも本当は伸びないんです。それを何とか、ストレッチとかで抗ってはいるんですけど。でもやりすぎると、痛みがないので、逆に肉離れだったり、腱を壊してしまったりするので、気を付けながらですね」

足がむくんでいると思ったら、骨折していたと後で判明したこともあるそうだ。「痛みを感じないのは、やはり怖いですね。痛みがあること自体が僕にとってはすごくいいことなんだなというのは、この脊髄損傷という障がいがあって、麻痺を負ってから気づいたことですね」と語る。

「一番重要なのは体幹まわり。スキーのハンドルとなる部分なので。障がいを負ったときには、腹斜筋の辺りの筋肉が動かなかったんですね。ずっと意識を持って、最初はピクッという反応からスタートして、今は力がある程度入るようになった。本当に積み重ね、紙を一枚一枚重ねていくような、そんな作業になるのかなって」

残っている機能を最大限出すため、上半身を鍛えると同時に、麻痺が始まっている部分も動かすようにしてきた。フィジカルが強くなることで成績も上がっていき、努力の積み重ねは自分に対してのエビデンスとして自信につながったという。

パワーだけでなく身体の左右バランスも重要

ウエイトトレーニングでは、森井選手の筋肉が本領を発揮。ベンチプレスはシーズン中のトレーニングであれば80kgで十分なところを、120kgまで上げる。シーズンオフは145kgに挑むそうで、「今このぐらい上がるんだなというのが、僕の自信につながるというか」と話す。

身体に負荷を与えるだけでなく、ターンの姿勢に近い状態を意識してトレーニングを重ねている。大切なのが、左右ともに身体が使えるようにすること。不得意なサイドにうまく力が入らなければ、滑っている時にワンテンポ遅れるような感覚があり、「左右差がタイムに表れてくる」という。

森井選手から見て、村岡選手が優れていると思うのが、座った状態で重心の位置を探すセンサー。バランスを取るのが難しいチェアスキーでは大事な感覚で、村岡選手は左右の誤差がないそうだ。

スタジオの村岡選手は「左右に体重移動をする種目なんで、それ(重心の感覚)だけではなく、左右均一なターンができるとか、繊細に板を扱えるとかがすごく大事」と解説。森井選手のターンは、左右の苦手の差が見た目ではわからないそうで、トレーニングなどでカバーしていることが分かる。

マインド面も進化して2026年のイタリアへ

番組では、過去6回の森井選手のパラリンピックの戦績から、昔はターンが多い技術系の種目、近年は高速系の種目で結果を残していると分析した。

ただ、本人は高速系にシフトした身体づくりをしているつもりはなく、速くなっている理由は不明だという。村岡選手は「高速系の種目は、時速100 kmを超えるスピードを身体ひとつで受けるので。Gの受け方とか、チェアスキーを操作するだけの身体ができているのもそうですし。パラスポーツの場合、心・技・体に“用具”も加わると言われているので。その4つが本当にそろってきたのが、大輝さんの進化している部分だと思います」と話していた。

森井選手が世界選手権で感じた手ごたえが、マインド面の変化。新しい外国人コーチのアドバイスを受け、「リスクを負った滑りをしろという言葉を僕自身信じて、本当にリスクを恐れず滑った結果」と語る。

ミラノ・コルティナ2026パラリンピックに向けて、「年齢が増していく中で、体力的な衰えというのがたぶん出てくると思う。そこに対して抗いたいというところでフィジカルの強化は絶対に必要」と話す森井選手。年々難易度が高くなるコースや、進化する道具への対応も求められ、「僕自身も見合うだけのポテンシャルを持っていなくては」と述べた。

雪山に欠かせない相棒ランドクルーザー

森井選手の速さを支える最後のポイントが「ランクル」。国内の遠征先や合宿地など、雪山への移動には、相棒であるランドクルーザーが欠かせない。

練習を終えた森井選手には、愛車に乗るところを取材させてもらった。後部の荷室に大切なチェアスキーを積み込み、運転席に座ると、乗ってきた車いすを片手で折りたたんで、そのまま持ち上げて車の中に。一連の動作もスムーズだった。

運転は、ハンドルの左側にあるレバーを使う。アクセルとブレーキのペダルに直結しており、操作も簡単だ。ただ、長時間のドライブでも片手ハンドルなため、森井選手は「いつかは両手でハンドルを握りながらアクセル、ブレーキがコントロールできるようなものがあったら」と憧れを語っていた。

※周囲の音が聞こえるヘルメットを着用しています。

森井・村岡選手の今後の予定

森井選手の今後の予定は、ワールドカップを終えると、4月4日から長野県・野沢温泉スキー場で開催されるジャパンカップに出場予定。世界王者の滑りを日本で見られるチャンスだ。

練習中にケガをしたという情報もあったが、転倒した時の動画が本人から村岡選手に送られて、骨折などはしていないそうだ。来シーズン以降も、ケガなく万全な体調で滑り続けることを望みたい。

村岡選手は、パラ陸上でパリ2024パラリンピックを目指す。今年の世界選手権に向けて、100mの派遣標準記録を突破し「やっと一歩を踏み出せた」と語る。

「東京2020パラリンピックにも出場していた選手たちの成長率がすごすぎて、正直やばいと思ったのが一番の感想でした。そこで焦るのではなくて、自分のペースで一歩一歩、信じてやっていくしかない。悔しい思いもしつつ、いっそう気を引き締めて頑張っていかないと」

パラアルペンスキーとの“二刀流”の村岡選手にとって、一方がシーズンオフの間に差をつけられるのは宿命だといえる。パリまでの準備期間に、どれだけ加速できるのかが楽しみだ。そして、2026年にはイタリアの地で、森井選手と村岡選手が再び活躍することを期待しよう!

毎週金曜日11:50からYouTubeで生配信しているトヨタイムズスポーツ。次回(2023年3月17日)は、久しぶりに競泳を特集。東京2020オリンピックで悔しい思いをしたバタフライの川本武史選手、出場できない悔しさを味わった平泳ぎの渡辺一平選手、それぞれのパリへの想いを取材する。スタジオには渡辺選手本人が出演の予定。ぜひ、お見逃しなく!

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