トヨタのコラム
2022.07.28

富士スピードウェイにレジャー施設をつくる理由とは?

2022.07.28

60年の歴史がある富士スピードウェイ。世界耐久選手権(WEC)やSUPER GTなどが開催される、日本を代表するサーキットのひとつだ。そんな富士スピードウェイをトヨタは、「富士モータースポーツフォレスト」というレジャーエリアとして開発しようとしている。

「なぜ今、トヨタがレジャー施設なのか、それを取材してみたいと思います!」と香川編集長はゲートに向かった。

歴史あるサーキットをレジャーエリアに

建設中の富士モータースポーツフォレストを案内してくれるのは、トヨタ自動車GAZOO Racing Company Presidentの佐藤恒治氏。この富士スピードウェイ一帯には、なんと東京ドーム50個分もの巨大な敷地があるという。「50個!?」と驚く編集長。

その広大な敷地内に、さまざまな施設の建設を進めている。サーキットは、世界自動車連盟(FIA)によって「グレード」が定められており、富士スピードウェイは、F1をはじめとする最高峰のレースを開催できる「グレード1」を取得している数少ないサーキットのひとつ。そんな本格的な国際サーキットを中心に、これからモータースポーツと出会う子どもたちが、カートやバギーといったモビリティを体験できるコーナーをつくっていくという。敷地内にはミュージアムを併設した滞在型のホテルも建設。モータースポーツの歴史を体感できる。

さらにレーシングチームのガレージエリアも設置。今後、多くの仲間(レーシングチーム)たちが集まってくる予定だ。

モータースポーツを満喫できる滞在型ホテル

はじめに佐藤プレジデントが案内してくれたのは、建設中の「富士スピードウェイホテル(アンバウンド コレクション by Hyatt)」。中にはカフェ、レストラン、そしてミュージアムが併設され、じっくり滞在しながら楽しめる。

入り口では総支配人の吉川源太氏が出迎えてくれた。玄関を入ると、左側に大きな空間が。ここは富士モータースポーツミュージアムとなる場所。ホテルのロビーは3階にあり、ロビーに行く前にミュージアムを通る流れとなっている。

香川
どういったクルマが並ぶんですか?

佐藤
富士スピードウェイホテルなので、モータースポーツを感じていただけるように、自動車会社各社にご協力をいただいて。

香川
各社!? トヨタだけではなく。

佐藤
トヨタだけじゃなくて。

香川
はあ。

佐藤
モータースポーツにまつわる歴史をお見せしたいということで、過去から現在、未来にいたるまで、モータースポーツの車両とそのときの時代感が分かるものを展示していく予定です。

香川
何かこの、写真のようなものがパネルでかけられるのでしょうか。

佐藤
本物のクルマです。

香川
クルマですか!

佐藤
サーキットですから。

1階と2階がミュージアムになっており、なんと40台もの貴重なクルマが展示される予定だという。「言える範囲でいいので、どんなクルマが置かれるのか教えてほしい」と香川編集長が聞くと、佐藤プレジデントは快く教えてくれた。

入り口には、1960年代に活躍したトヨタを代表するレーシングカー「トヨタ7」が置かれるという。さらに、各社の創業者とゆかりの深いクルマも並ぶ。ミュージアムは回廊式になっており、歴史的なクルマを感じながらフロントまで上がれるようになっている。

香川
もうここだけで30分くらいかかっちゃいますね。

佐藤
1時間以上かかるかも。チェックインが大変ですよ。

香川
チェックインは1時間お早めに、ということですね。

吉川支配人によると、ホテルの正式名称は「富士スピードウェイホテル」だが、実は日本初のホテルブランド「アンバウンドコレクション by Hyatt」として誕生する。アンバウンドコレクションは、ひとつひとつが独創的なホテルの集合体。例えばルーブル美術館の前や、万里の長城の麓など、由緒ある場所に併設されているものが多い。富士スピードウェイホテルはサーキットに隣接し、ミュージアムを併設していることから、今回このブランドに加わる形となった。

3階のロビーまで上がる長いエスカレーターに乗ると、ミュージアムの1階、2階に展示されたクルマを眺めることができる。ロビーのあるフロアに出ると、目の前には富士スピードウェイが。「ちょうど走ってるじゃないですか!ほらほら」と興奮気味の香川編集長。この場所はカフェになる予定で、最終コーナーから名物のホームストレートへと続く最高の場所からサーキットを眺めながら、コーヒータイムを楽しめる。

バルコニーに出ると、迫力あるエンジン音が体中を包み込む。「やっぱり音ですねー!」とうれしそうな香川編集長。

続いて吉川支配人が案内してくれたのは、その名も「グランプリスイート」。もちろん部屋からはサーキットが見渡せる。

香川
うわ、ここに泊まれるんですか!?

吉川
もちろんでございます。

香川
すごい!(タイヤのスキール音が)キュンキュンいってる!

「いやー、21世紀のフォレストですね。森ってこういうことなんだ」と香川編集長は納得する。さらに佐藤プレジデントが隣で富士モータースポーツフォレストの説明をするが、「佐藤プレジデントの説明がね、クルマの爆音で聞こえないですよ(笑)。最高だね!」と笑顔だ。

24時間レースのときは、もちろんこの場所から夜通し観戦できる。寝ようと思っても爆音で眠れないかもしれない。「世界初!寝かせないホテル!」「24時間俺が耐久」と大はしゃぎの編集長。サーキットを見渡せるバスタブに入ってご満悦だ。

さらに温泉もあるから「ご家族の方もご満足いただけるはず」と吉川支配人は胸を張る。そんな富士スピードウェイホテルは、2022年10月に開業予定だ。

吉川
開業しましたらぜひお越しいただきたいと思います。

香川
よろしいですか。

吉川
お待ち申しあげております。

香川
いくぞ!

憧れを持ってもらうためにガレージを開放

次にやってきたのはガレージエリアにあるルーキーレーシングのガレージだ。出迎えてくれたのはルーキーレーシング工場長の武田敏明氏と統括メカニックの関谷利之氏だ。

ルーキーレーシングは、「クルマ好きが集まるプライベートレーシングチームです」と武田工場長。チームオーナーは豊田章男で、2年前に結成された。チームオーナーである豊田社長の「チームが働く場所をいい環境にしたい」という思いで、このガレージ&ファクトリーが建設された。働く人たちはもちろん、一般の人々が見て憧れる場所にしたいというのがチームオーナーの思いだという。このため、ここには一般の人も入ることができる。

香川
ここも(一般の方が)ワイワイ見ていいんですか?小学生とかも?

関谷
もちろんです。

香川
はあー。これはあまりないことでしょ?

佐藤
たぶん、ほとんどないんじゃないかと。

香川
世界的にあまりないですよね、ガレージを開放するってことは。

佐藤
プロのレーシングチームにはいろいろな形で関わっている人がいますが、そういう人たちが楽しく働ける、明るい未来をつくっていける現場なんです。そんな現場を、これからモータースポーツに出会う子どもたちに実際に見てもらい、楽しくやっている大人の姿、あるいは真剣に打ち込んでいる大人の姿を「いいな」と感じる、そんな原体験を生むような場にもしていきたいと思っています。

武田工場長が、ファクトリーの中を案内してくれた。レーシングカーなどを載せる巨大なトレーラー、そして整備場と見学する。どこも真っ白で明るく、清潔だ。ガレージはどうしても汚れる場所。だからガレージの床は汚れてもいいようにしておくのがレース業界の常識だ。ところが、ルーキーレーシングのガレージの床は白い。こんなところにも、モータースポーツで働く人たちの地位を向上したいという思いが透けて見える。

ルーキーレーシングは、「勝つ」という目的だけでなく「クルマを鍛える」という役割もある、と佐藤プレジデント。チームメンバーの誰もが、レースで得られた技術やノウハウを「量販車につなげていきたい」という思いを持っており、絆のようなもので結ばれているという。

佐藤
働き方が変わっていかないと、モータースポーツってサステナブルにならないんですよね。

香川
なるほど。一番対極のイメージですからね。ガソリンをどんどん出して。

佐藤
すごい環境で、寝ずにがんばれ、という。そうではなく、この環境をサステナブルにしようと思ったら、本当に楽しく生き生き働ける職場をつくっていかないと。

武田
(職場環境は)ガラリと変わりました。「勝てば正義」みたいなところがあり、勝つために自分たちもいろいろなことを我慢してきましたし、いろいろな技術を持っていても継承できなかったところもあります。
(ルーキーレーシングは)もっとモータースポーツ好き、クルマ好きを増やそうという思いでオーナー(豊田章男)が作った会社です。
(中略)
そのオーナーの気持ちに応えられるよう、日々努力しながらコミュニケーションを取ってやっております。

さらに進むと、佐藤プレジデントが「香川さん、何か違和感ありませんか」と問いかけた。そこにあったクルマを見た香川編集長、「違和感バリバリですね!なんか映しちゃいけないものがありますね。大丈夫ですか?」と驚く。

そこにあったのはマツダのレーシングカーだった。これは佐藤プレジデントも驚いたという。ライバルメーカーのクルマを使うなんて「自分としてはあり得ないと思った」と佐藤プレジデント。だがチームオーナー(豊田章男)は「メーカーなんて関係ない。みんなで手をつないでモータースポーツを盛り上げなきゃいけない時代なんだ」という方針を貫いた。

香川
このクルマを引き継ぐことで、このクルマを改善し、このクルマの問題点を使うことでよりよいクルマを導こう。他社にしかない問題もあるかもしれない、と社長は考えたんですね。

佐藤
はい。

香川
これは大変なことをやるようになりましたね。こちらさま(マツダ)もまた太っ腹ですね。日本の自動車業界、すごいな!

ガレージの2階に上がると、ガレージが一望できるエリアがあった。ここは一般のお客様がガレージ作業を見学できる場所。クルマ好きなら1日中見ても飽きない場所ですよね、と武田工場長。

同じ目的のために、つながるところは徹底的につながる

さらに佐藤プレジデントによると、ガレージに隣接する場所には、トヨタのクルマづくりにダイレクトにつながるような開発棟も建設予定だという。レースで得たノウハウをそのまま開発につなげようという計画だ。「他社に技術を盗まれないんですかね」と心配する香川編集長に、「今の時代は競争と協調で、つながるところは徹底的につながったほうがいい」と佐藤プレジデントは説明する。「いかに早くカーボンニュートラルな社会を実現できるか」が共通目的だから、メーカー同士で争っている場合ではないのだ。

しかしレースで「勝とうとする」ことは大事で、そこからいろいろな挑戦が生まれ、新しい技術が生まれてくるという。「ライバルがいて競って、でもつながるところはつながる。最近のスーパー耐久レースもそんな風になっていますよね」と佐藤プレジデント。

2階の見学エリアは全面ガラスの柵を採用。小さい子どもでも見やすいように配慮されている。チームメンバーも、「見られることにより仕事の質が上がる。さらに、夢を与えられるという喜びもある」と統括メカニックの関谷氏はいう。

男性ロッカー室を見てみると、まるでメジャーリーグチームのロッカールームのよう。ドライバーだけでなく、メカニックやエンジニア用のスペースも用意されている。モータースポーツは「スポーツ」であり、メカニックやエンジニアもドライバーと同じアスリートなのだ。

ガレージにはトレーニングルームも用意されていた。中ではメカニックがトレーニングしている。やはり筋肉があるとタイヤ交換の際にタイヤがブレにくくなるという。

さらに香川編集長は、タイヤ交換の練習などをするための「整備訓練場」を訪れた。ここもまた壁がガラス張りで、練習風景を一般のお客様が楽しめる設計となっている。

レース業界出身でメカニック8年目の蓑島氏と、はじめて1年半という黒宮氏が出迎えてくれた。黒宮氏はトヨタ自動車のラグビー部に所属していたが、タイヤ交換はラグビーとはまったく別物だという。ラグビーは一人がミスしても、ほかの14人がサポートしてくれる。ところがSUPER GTのタイヤ交換は、ルール上、ひとりで完結する必要がある。何が起きても最後までひとりでやりきらなければならないという意味で、「責任感とプレッシャーがハンパない」のだ。

蓑島氏のお手本に続いて、香川編集長もタイヤ交換にチャレンジ。「いちおうオレおじさんだからね!」とぼやきながらも、重たいタイヤの交換を成功させた。

香川
ここからすべての人はスタートするんだよね。

蓑島
僕も8年前は1輪あたり約10秒くらいかかっていました。4秒台になったのは、5年目くらいです。

香川
いやー、レースってこれに支えられているんだね。やってみなきゃ分からないね。

レースとカーボンニュートラルに共通すること

富士モータースポーツフォレストをたっぷり取材した香川編集長。ガソリンをまき散らし、大きな音を出すモータースポーツは、ある意味サステナブルから最も遠い存在ともいえる。本来ならそこは切り捨ててカーボンニュートラルに向かう、という発想になってもおかしくない。ところがトヨタは、モータースポーツの原点である富士スピードウェイを「もっといいクルマづくりの原点」「カーボンニュートラルへの原点」にしようとしている。「そこがトヨタのすごさだ」と香川編集長は考える。

トヨタが富士スピードウェイにホテルやミュージアム、ガレージをつくってまで人を集める。その意義は何なのだろうか。

佐藤
1966年富士スピードウェイ開業の年に開催された第3回日本グランプリがあります。本当に多くの方の目の前で、自動車メーカー同士のしのぎを削る戦いが繰り広げられました。それが豊田社長のモータースポーツの原体験になっているんですよね。

そこで見たクルマは本当にカッコよかったし、レーシングドライバーは輝いていたし、働いているメカニックやエンジニア、皆がキラキラして見えたそうです。

その世界こそが、「クルマが大好きなんだ」という今の豊田社長をつくり上げているのだ、と佐藤プレジデントはいう。何かに挑戦するとき「大好きなんだ」「楽しいんだ」という思いは大きな原動力になる。サーキットを、もう一度そういう思いがあふれる場所にしたい。そんな願いが豊田社長の考えの根底にはあるのではないか、と佐藤プレジデントは考えている。

あえてこの富士スピードウェイをもう一回盛り上げて、ガソリンくさいクルマが走る音を聞こうじゃないか、という施設をつくること。水素エンジンなど、カーボンニュートラルに向かうクルマをつくること。この2つが実はひとつなんだという考えが佐藤プレジデントにはある。

今目の前にある課題を解決し、未来に向けて挑戦していく。それはモータースポーツでもカーボンニュートラルでも同じこと。モータースポーツは特殊な領域だと見られがちだが、実は技術が生まれ、人が育つ場として脈々と続いてきた。そのエネルギーは、「カーボンニュートラルな社会をつくろう」「人の幸せって何だろう」といった、皆が共通に考えるような大きな目標の実現にも役立てることができる。

佐藤
根っこにあるのは「クルマが好きだ」「モビリティの未来を絶対守っていきたい」「モビリティにはもっと可能性がある」と信じるエネルギーだと思うんですよ。選択肢は決してひとつじゃない。でも今は目の前に見えていないかもしれません。

だったらつくればいいじゃないか。ここにはそれをやれる現場があり、人がいるよ。その人と技術が集まれば、未来は変えられるよ。そういう思いなんだと思います。そこがブレない限り、トヨタが目指すカーボンニュートラルな社会に向けた取り組みはもっと広がりを持つでしょうし、トヨタ以外にも多くの仲間が生まれて共感で動く。そんな活動になっていくと思います。

さらに香川編集長は、地域の方々との関係性についても質問する。

香川
ここが未来の街への第一歩になるでしょうし、富士が日本の中で非常に大きな意義を持った街になる気がしました。ただWoven Cityはもちろん、裾野の方々の協力無くしては進められません。地域の人たちには、どのように受け止められているのでしょうか。

佐藤
もともと富士スピードウェイがここで活動してきた背景には、地域の方々のご理解、ご協力いただいてきた長い歴史があります。地域の皆さんが考えられているのは、やっぱり街の発展であり、人々の幸せ、笑顔なんです。やっぱりそこは我々と一緒なんですね。

ここで我々がいろいろな活動をする上でも、例えばホテルの料理に地産地消でこの土地ならではのものを届けるとか、この土地の方にも使っていただけるような施設を併設することで、閉じた世界ではなく、オープンな街にしていきたいと思っています。

街というのはいろいろな人がいて、ダイバーシティがあるから活気づいていくものです。ここがプラットフォームになり、同じ目的を持ちながらも多様な価値観を持った人が集まることで生まれるエネルギーが、地域の方々も含めてひとつになっていて、だからこそこういうことができると思っています。

いよいよ、すべてがつながってきた

「これは佐藤プレジデントにあえて申しあげますが」と前置きして香川編集長は言葉を継いだ。3年前にトヨタイムズを編集長としてはじめたとき、「トヨタという会社は自動車会社からモビリティカンパニーになる」と社長が豪語した。以来、香川編集長は「モビリティカンパニーって何なの?」という疑問をずっと持ち続けてきたという。

それが今日富士モータースポーツフォレストを取材し、モータースポーツを原点とするレース技術をカーボンニュートラルに展開し、それをWoven Cityで実証し、市販車につないでいくという未来のクルマづくりを考えたとき、「ついにモビリティカンパニーが姿を現したな」と感じたという。

香川
それを今日、富士スピードウェイの施設を見て感じたのはすごい収穫でした。でも社長はそれが見えてなかったでしょ?

佐藤
本当に遠い目標をずっと持ち続け、ちょっとずつ山を登って皆がいろいろな景色を見せてくれる中で、全部がつながっているように…。

香川
つながったんですよね。ある種偶然もあったし、何かに導かれたところも合ったと思うんですよ。でも社長はそれを感覚でおっしゃっているので、左脳で認知していたわけではないというのははっきり分かるんですよね。間違っていたらごめんなさいね、社長(笑)。

佐藤
水素エンジンの試作車に乗って、「これでレースに出よう」と10秒以内にいえる人ですからね。

香川
でも皆は「は?」でしょ。

佐藤
僕はたまげましたね(笑)。

香川
やっぱり「すべてをつなげよう」という意図が裏動線であって、それがつながりつつある。Woven Cityすらも違う動線に見えていたのが、やっぱりこの2年でどうも引き寄せている感じがするんですよね。それがこの会社の強さなのかなと思います。

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