

自動運転の「味つけ」の鍵を握る、テストドライバーの矢吹氏。矢吹氏の本拠地はこの東富士研究所内にある。ニュルブルクリンクでコースを疾走する華麗なテストドライバーは、普段はどんな仕事をしているのか。香川編集長が職場に潜入した。
- 矢吹
-
じゃ、どうぞ。
- 香川
-
はい。入ります。
- 矢吹
-
ここは、凄腕技能養成部、我々の事務所になります。
- 香川
-
凄腕技能養成部。ほう、それはどういった?
- 矢吹
-
車両の開発をみている部署になります。
- 香川
-
車両の開発ですか。
- 矢吹
-
はい。人材育成と評価ドライバーがいる部署になります。
- 香川
-
人材育成もしていると。
- 矢吹
-
しています。車両開発もしています。
- 香川
-
も、していると。
- 矢吹
-
事務所をちょっと見ていただきたくて。
- 香川
-
お願いします。はい、行ってみたいと思います。

- 香川
-
すみません、お邪魔しまーす。こんにちは。ここでいわゆる技術的なこと、それから車両のこととかが…。
- 矢吹
-
そうですね。
- 香川
-
矢吹さんはここにいるんですか?
- 矢吹
-
はい、います。
- 香川
-
どこにお座りになられているんですか。
- 矢吹
-
今は、そこに。
- 香川
-
あ、そこに座られているんですか。凄腕技能養成部って名前がまたすごいですね。
- 矢吹
-
やっと慣れたとこですけど。正直。
- 香川
-
ハッハッハ(笑)
- 矢吹
-
これまで何々実験部とか、何々車両部とか付いてたんですけど。
- 香川
-
凄腕ってのは、豊田社長らしい感覚ですね。

- 矢吹
-
じゃあ最後に部品を見ていただけると。
- 香川
-
はい。
- 矢吹
-
えー、ここは車両のサスペンションのパーツを置いてあります。
- 香川
-
はー。
- 矢吹
-
一見みんな同じような部品に見えるんですけど。
- 香川
-
まったく違う?へー。でも全部同じに見えますよ、これ。
- 矢吹
-
そうですね。実際に見ていただけるといろんな種類があって。ここは一部の車種なんですけれども。ショックアブソーバーだとかコイルスプリング、スタビライザーだとか。

- 香川
-
うわーすごい。
- 矢吹
-
これはサスペンションのアームですね。
- 香川
-
いやー、一気に車らしくなりましたね。
- 矢吹
-
そうですね。我々テストドライバーは運転してるだけに思われるんですけど、実際に運転してるのは一瞬で。設計でだいたい計算通りのクルマができてきて、実際乗ってみるとなんか乗り心地が悪いなとか動きが悪いっていうのを、人間の感性で「サスペンションのあそこが違うんじゃないか」とか想像して、ここでいろいろパーツを変えてみて、仕上げていく、と。
- 香川
-
なるほど。
- 矢吹
-
ある程度は計算できるんですけど、最後の方は人間が、味をつけていくんです。
- 香川
-
なるほど、なるほど。そういうものが、我々の運転しているクルマに投影されたり、果ては自動運転の車にも投影されたりする。その最終的な味付け、あるいは最初の味付けといってもいいかもしれない、逆に。
- 矢吹
-
そうですそうです、その微妙なとこをやってます。はい。
最後は人間が乗って判断する

- 矢吹
-
次は実際に作業しているところを見ていただけると。
- 香川
-
お願いします。
- 矢吹
-
実はこれは今世の中に出ている普通のカローラなんですけど。次のモデルに向けていろいろ検討している最中です。
- 香川
-
なるほど、この作業こそがもう王道と。
- 矢吹
-
そうですね。車両運動性能の中で操安性、要は走る曲がる止まるを一通りやっていて。それで実際に乗って、性能が出ていなかったらパーツを変えてみて。
- 香川
-
なるほど。
- 矢吹
-
で、またその繰り返しになります。
- 香川
-
だから要は、その矢吹さんがニュルブルクであれだけの走りをされていたことも結局こういうようなことにつながっていくと。
- 矢吹
-
まったくそうですね。あれはレーシングカーですけども、これは通常の市販車です。
- 香川
-
カローラね。
- 矢吹
-
はい、カローラ、まぁ一緒ですね。
- 香川
-
カローラからレーシングカーまで全部一緒。
- 矢吹
-
はい。
- 香川
-
自分の中で問題点を認知して、「これじゃないか」っていって変えてまた走りに行くっていう。テストドライバーとはそういうものだと、評価ドライバーとはそういうことだと。
- 矢吹
-
はい。
- 香川
-
ここが、やっぱり豊田社長の期待を一番背負ってる。いってみたら心臓部じゃないですか。
- 矢吹
-
自分の先輩に成瀬さんという方がいて、すごいクルマづくりに熱心な方でした。計算でクルマがどんどんできるような社会になってきてはいるんですけど、最終的にはやっぱり人間が乗ってチューニングする。そして評価して少しでも良くするっていうのは、やっぱり人間が入っていくところなものですから。
それに成瀬さんは最後まで、「やっぱり最後は人間が乗って判断して作るんだ」「味付けを大事にするんだ」とずっと言ってますんで、たぶん社長もそういう思いは同じだと思います。「そういう味を見られる人をどんどん作れ」というのが、うちの部署なんです。 - 香川
-
なるほどね、またそれが矢吹さんが、後進を作っていかなきゃいけないわけですよね。味を見ることができる人たちを。それがトヨタのスピリットだ、と。
- 矢吹
-
はい。

- 香川
-
すみません、お世話になりました。ニュルで。やっぱりこっちでこうやられてるのが本業なわけですよね。
- 加藤
-
そうですね、はい。本業です。
- 香川
-
あちらでのあの華麗な走り、華がある走りは、表の一瞬であって。で、こちらでカローラのショックアブソーバーを見ているという。
- 加藤
-
はい。
- 香川
-
テストドライバーとはなんなんでしょう。
- 加藤
-
やっぱり「クルマに乗っていたい」という気持ちもありますんで。
- 香川
-
好きだもんね。
- 加藤
-
まだ矢吹さんたち先輩の人たちからいろんなことを教わりながら、自分はどんどん修行する身ですので。自分が何かを大きくできるとは思ってませんけど、その中で少しでも違いを感じながら。
- 香川
-
いや、それはそうですよ。だってこれなんてほぼ仕上がってるクルマじゃないですか、カローラは。それでもまだ追求してるわけでしょ。余地はあるんですね。すべてのクルマに余地があると。
- 矢吹
-
ありますね。
- 香川
-
なるほどねぇ。

- 矢吹
-
試験車を動かすには、やっぱり新入社員で入ってから、ずっとステップを踏んでいくんですけども、初級、中級、上級のような級があります。その上にS1、S2という級があって、我々は「S2」なんですけども。その中で訓練をします。上のクラスになってくると速く走れて、なおかついろんな改善ができてという。
- 香川
-
なるほど。
- 矢吹
-
ただ走るだけだとダメですね。
- 香川
-
技能にそれを落とせるという感性があるっていうことね。
- 矢吹
-
はい。「速く走れる」だと、レーサーを連れて来て、どうぞ走ってくださいっていえば簡単ですけども、それはまた違う世界かなと。別にスピードを出さなくても、ゆっくりお客様の使用環境の中のスピードで走っても、「あそこがおかしいな」と分かるのが、大事かな。
- 香川
-
上手くなるもんなんですか、運転って。
- 矢吹
-
運転訓練の時間があります。やっぱり適当に運転するんじゃなくて、身をもって「ここではこうしたい」だとか、考えながら運転すれば、ある程度の人はここまでいくと思いますね。あと最後はやっぱり生まれ持った感性もあると思うんですけども。でも別に速く走れなくてもそういう訓練をすれば、こういう仕事は十分できると思います。
だからテストドライバーっていうよりも、この技術部に入っている人はみんなテストもするし、こういうパーツ交換をしたりとか、あとは設計だとかもします。だから設計部門の方も実はハンドル握って評価する日はテストドライバーであり、翌日には図面を描いてる。 - 香川
-
なるほど、いっぱいやらなきゃいけないっていうことですね。
- 矢吹
-
そうですね。
「普通」が一番難しい

- 香川
-
トヨタの味っていうのは何なんですか、ひと言でいうと。
- 矢吹
-
一番は、くどいようですが安心・安全です。なかなかできないですけど、ドライバーが(ハンドルを)切ったら切ったなりに(曲がる)、だとか。
- 香川
-
感性って、ともすると人よりも飛び出ていたり、エキセントリックだったりってものを求めがちですよね。特に若い評価ドライバーたちは「むしろこっちのほうがいいんじゃないか」っていうのを、安全・安心というもので包んで、「これがトヨタだぞ」っていうのが、矢吹さんの働きでもあり使命でもあると。
- 矢吹
-
とんがったクルマって実際、運転しにくいですからね。普通って一番難しいです。
- 香川
-
そうね。普通が一番難しい。それはそう。
- 矢吹
-
普通のクルマにしようと日々、努力しています。
- 香川
-
やってますか。
- 矢吹
-
ええ。ただ普通にならないんですよね。やっぱり普通にしたら固かったりとか。で、柔らかくしたら今度はフニャフニャになっちゃう、真っすぐ走れないとかになりますので、そこのバランス取りが。
- 香川
-
でも一番偉大なクルマは、普通のクルマ。
- 矢吹
-
普通のクルマだと思います。うん。人間が「ここで止まりたい」だとか「走りたい」だとか「曲がりたい」というときに、感性とズレなく走るっていうのは一番いいこと。
- 香川
-
そのためだったらニュルで250キロも出そうと。
- 矢吹
-
そうですね。
- 香川
-
そして普通のクルマをつくりたいと。
- 矢吹
-
はい。
- 香川
-
ということみたいですよ。
自動運転時代こそテストドライバーが求められる

- 香川
-
矢吹さんにニュルの時に、「自動運転になったら矢吹さん必要ないじゃない」って僕言っちゃってましたけど、今日のいろいろな運転を見て、矢吹さんの役割を感じて、本当に謝ります。
- 矢吹
-
いえいえ。
- 香川
-
もう矢吹さんが自動運転の源だっていうことが分かったので。本当にすいませんでした。
- 矢吹
-
いやいや、ありがとうございました。
- 香川
-
よかったです。首が繋がって。自動運転になればなるほど、矢吹さんが実は必要になるという、このことに気がつきまして。
- 矢吹
-
ありがとうございます。
- 香川
-
自動運転の認識が浅はかでした。申し訳ございません。編集長として、もう一から取材し直しましたんで、今日。しっかりと、矢吹さんの運転がモデルになって、ソフトになって、自動運転とつながっていくという、その線が見えました。
- 矢吹
-
がんばっていきます。
- 香川
-
がんばってください。お金は社長が湯水のように出しますから(笑)。
- 矢吹
-
期待してます(笑)。