「敵は炭素」 我々はどう戦うべきか トヨタ チーフ・サイエンティストの見解

2021.09.28

グローバルにトヨタグループの研究活動を指揮するTRIのギル・プラットCEO。科学者の視点で見た脱炭素へとるべきアプローチとは?

「敵は炭素」。トヨタイムズの読者なら聞き覚えのある言葉かもしれない。

7月末、水素エンジンを搭載したカローラスポーツでスーパー耐久レースに参戦した豊田章男社長が訴えた言葉だ。

カーボンニュートラルを目指すうえでの問題は、化石燃料を燃やして排出されるCO2であり、内燃機関(エンジン)ではない。

いまだ、その実現にむけた“正解”が見えていない中、選択肢を狭めてしまう意思決定がなされないよう、強い危機感を持って発したメッセージである。

実はトヨタにはもう一人、米国で同じ視点に立ち、外に向けて発信を続けている人物がいる。それが、トヨタの先端AI研究機関、TRIToyota Research Institute)のギル・プラットCEOだ。

TRIで経営者の肩書を持ってはいるが、前職では米国DARPA(国防高等研究計画局)で数々のロボット研究プログラムを指揮し、5年間にわたり防衛科学・戦術技術局のプログラムマネージャーを務めるなど、AIの世界的権威として知られる研究者だ。

現在、トヨタでは「チーフ・サイエンティスト 兼 エグゼクティブフェロー」、豊田中央研究所では「エグゼクティブアドバイザー」を務めるなど、グローバルにグループの研究活動を指揮する役割を担い、科学的見地からトヨタのカーボンニュートラルに向けた取り組みへの助言や外部への理解活動を行っている。

そんなプラットCEOが7月に始めたブログ第1弾のタイトルが「敵は炭素:私たちはどう戦うべきか」というもの。翌8月には、その投稿に寄せられたコメントに回答する形で、第2弾も発信された。

今回トヨタイムズでは、最初のブログを日本語訳して掲載する。カーボンニュートラルの実現に、自動車メーカーとしてどう向き合っていくべきか、問題を地球規模でとらえ、科学者の視点から説明された記事だ。

なぜ、トヨタが「フルラインナップ」の電動化戦略をとってきたのか――。プラットCEOの解説には、そこに通ずる新たな視点があった。

電動車を愛する私の考え

私は電動車(Electrified Vehicles)をこよなく愛しています。電動車が好きな理由は、これまで何十年もその開発に携わってきたからだけでなく、ニュージャージー州環境保護局の大気汚染対策部門に勤務していた父に学び、温室効果ガスや気候変動について常に深い関心を抱いてきたからです。

現在私は家族とともにカリフォルニア州で生活していますが、昨年、近隣の方々と同じく、大規模な山火事による煙で空がオレンジ色に染まるのを見ました。また、今地球の反対側のヨーロッパでは未曾有の大洪水が起きています。

今日の異常気象が気候変動にどの程度起因しているかは別にして、気候変動が今後引き起こすであろう一層深刻な自然災害を防ぐためには、カーボンニュートラルを早急に実現しなければならないと強く感じています。

こうした考えのもと、私は1980年代後半から、MIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院生として、また研究者・教員として、パワーエレクトロニクスの設計を担当し、MITのソーラーカーチームの世界各地でのレース優勝に貢献しました。

その後、チームのキャプテンであったジェームズ・ワーデン(James Worden)が、電気自動車(BEV)の部品や初期のBEV、太陽光発電用インバーターを製造するSolectria社を設立する際の支援も行いました。

1989年に開催されたソーラーカーのラリー大会「ツール・ド・ソル」で、私はスイスとアルプス山脈を横断する車両のパワーエレクトロニクスの設計・製作を担当しました。

現在、私はトヨタのシエナ ハイブリッドHEV)とRAV4 PrimePHEV)に加え、テスラ モデルXBEV)も所有しています。私はこれら3台のクルマに大変満足しています。

こうした経験を話すと、皆さんは私が内燃機関を捨てて、早急にBEVに移行することを熱心に支持していると思われるかもしれません。

私の考えは違います。

科学に従う

一科学者として私は、多くの自然の摂理や人類が構築してきたシステムと同様に、気候変動を防ぐためには、BEV一辺倒よりも多様な電動ドライブトレーンを提供する方が効果的だと考えます。その理由は2つあります。

第一に、バッテリーの製造には多くのコストがかかり、希少な天然資源を使用する上に、製造過程で大量のCO2を発生させています

私はテスラ モデルXを愛用しています。しかし、このクルマで米国の平均的な通勤距離である30マイル(約48km)を運転し、毎晩充電することは、本来多くのCO2削減の可能性を有する300マイル(約480km)を超える航続距離を持つバッテリーの、そのほとんどを無駄にしていることになります。

たまにテスラ車で遠出をすることもあります。しかし、ほとんどの場合、(編集部注:セルの集合体でできている)バッテリーの90%は役割を果たしておらず、HEVPHEVなどの他の電動車両で活躍した方がはるかに多くのCO2を削減できるのです。

生産したバッテリーを最大限有効活用するには、それらを賢く配分することが重要になります。つまり、私のモデルXのように、長距離走行が可能なBEVにすべてのバッテリーを集約するのではなく、HEVPHEVなどの「適切なサイズ」の電動車に多く分散させることを意味します。

カーボンニュートラルを実現するためには、Reduce(削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)という3Rのすべてに配慮する必要があります。

一例として、実は私はRAV4 Prime PHEVにガソリンを給油したことがほとんどありません。RAV4 Primeには、モデルX6分の1の容量のバッテリーしか搭載されていません。

私たちが1台のモデルXに投資するのと同様のバッテリーへの投資で、RAV4 Primeなら私以外のさらに5人の方が CO2削減に貢献することができます。この点について下の図で説明しています。

電池の生産には環境的にも経済的にも負荷がかかるため、電池パックを「スマートサイジング」することで、より多くの電動車両に電池を搭載することができ、より多くのCO2を削減することができます(図中の赤色は未使用の電池を表しています)。

第二の理由に、平均的なお客様にとっての最善策は、すべてのお客様にとっての最善策ではないという点があります。

人によってニーズも置かれた環境も異なります。再生可能な電力とBEVの急速充電器を利用できる地域もあれば、世界のその他多くの地域では、急速充電器のインフラが十分でなかったり、CO2を多く排出する発電が行われていたりするため、その場合BEVは、PHEV、状況によってはHEVよりもライフサイクルを通じて多くのCO2を排出することもありえます。

つまり、もしいつか平均的な方にとって最良の選択肢がBEVになったとしても、それはすべての人にとっての CO2削減に貢献できる最良の方法ではなく、また最も多くCO2を減らすことができる方法でもないということです。

では、素早くバッテリーの生産量を増やし、発電所からのCO2排出量を減らし、急速充電ステーションをできるだけ早く拡充すべきだと思われますよね。もちろん、私もそう思います。

しかし、アメリカを含む多くの国では、すでに燃料を石炭や石油から天然ガスに変えることで、発電所のCO2排出量を簡単に減らす取り組みが行われています(これによりCO2排出量は約半分になります)。

さらなる改善策として、グリーン水素やブルー水素への転換や、火力発電所を新たに原子力発電所や太陽光発電所、風力発電所、地熱発電所に置き換えるなどの取り組みは、新車の寿命と同等以上の時間を要し、難易度も高く、より多くのコストもかかってくるでしょう。

早急な炭素排出量の削減に向けて

では、私たちはどうすれば良いのでしょうか?

大気中の炭素は長い時間をかけて蓄積されますから、私たちが今排出している炭素は、今後100年以上も残ることになります。私たちの果たすべき責任は明快です。一刻も早く炭素排出を抑えることです。

科学者として、アインシュタインの言葉を借りるならば、一刻も早く炭素を取り去るための解決策は「できるかぎりシンプルにすべきだが、シンプルすぎてもいけない」と考えています。

私の考えはトヨタの考え方と同様で、世界中の政府が「すべての自動車をBEVにする」という狭い解決策を提示することは間違いだというものです。そうではなく、多様なドライブトレーンの提供に向け自動車メーカー技術革新を奨励し、お客様がそれぞれの状況に合わせた低炭素選択できるようにすることが、より優れた解決策だと考えます。

敵は炭素であり、内燃機関ではありません今後しばらくの間、世界の多くの地域では、PHEVHEVは、ライフサイクル全体でBEVと同等かそれ以下のCO2排出量になると考えられています。この事実を示すシミュレーションツールを、私たちはオープンソースで提供しています。

改めて申し上げますが、私は今でもBEVが大好きですし、トヨタは2030年までにBEVFCEVが米国でのトヨタの販売台数の15%を占めると予想しています。

トヨタは2025年までに「TOYOTA bZ」シリーズの7車種を含む15車種のBEV導入を計画しています。TOYOTA bZ4X(写真はコンセプトモデル)は、bZシリーズの最初のモデルとなります。

また、全固体電池を含む新たなバッテリーや、電池性能を予測して最適化するためのAIツーなどの研究開発にも多額の投資を行っています。

これだけではありません。HEVPHEVBEVFCEV全方位でのラインナップを充実させることで、2030年には北米で販売されるトヨタ車の70%が電動化される予定です。

多様な状況に対し多様なソリューションを提供するというアプローチは、私にとって「Think globally, act locally」という言葉の意味するところと同じです。

そして、大気中に排出される炭素を一刻も早く削減するには、これが最善の方法だと確信しています。

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