新型プリウスで始まったトヨタのクルマづくりの変革とは?

2023.03.14

新しいサブスクKINTO Unlimited。「最新のクルマは高い」という常識を覆した背景に、トヨタのクルマづくりの変化があった。

前例のない「改造」からのスタート

「クルマづくりそのものを変えるチャレンジだったと思っています。今まで僕たちは、新車を企画して、設計して、工場でつくって、出荷して終わり。販売した後のお客様のクルマを進化・アップグレードすることはできませんでした」

こう話すのはプロジェクトのリーダーを務める天野成章(あまの・なりあき)主査。新規事業の立上げや新サービスの企画に携わってきた。

プロジェクトメンバー10人が最初に取り組んだのは、中古車のアルファードにサンルーフを後付けすることだった。

しかし、その難しさは想像以上だった。装備を後付けするには、設計段階で計画していなかった穴を車体にあけたり、新しい部品を取り付けたりと「改造」が発生する。

トヨタグループの販売店では、組立や部品の交換はやっても、膨大な作業が新規で発生する「改造」はほとんど例のないことだった。

長年クルマのボディ設計に関わってきた飯潔倫(いい・ゆきのり)主査は「僕らも新車しか開発したことがなかったので、その難しさが分かっていませんでした。やってみて初めて、『こんなに労力がかかるんだ…』と愕然としました」と振り返る。

また、前例のない商品やサービスを10人でつくるには、一人ひとりが専門を越えて連携する必要があった。

チームで心掛けたのは、出身部署の垣根にとらわれず、メンバー全員が現場で議論し、自らの手でやってみること。それは、モノづくりだけにとどまらない。

エンジニアとしてキャリアを積んできた飯主査は、販売店で商品・サービスを売る経験をして、ハッとした。

「これまでは、エンジニアとして、自分の領域のベストを追求することにとらわれがちでした。ですが、売り場に立つことで、『これさえ仕込んでおけば、今よりもっとより売りやすくできるのでは?』というアイデアが湧いてきました」

試行錯誤しながら、現地現物を重ねていくプロジェクトチーム。モノづくりや販売の現場での実体験を通じ、必要な部品や設計を事前に織り込むことで、アップグレードは楽になるという気づきを積み上げていった。

こういった学びが、KINTO Unlimitedのアップグレードレディ設計に結実していく。

アップグレードレディ設計を実装した車両へのハードウェア後付けを実演する田川誠一主幹。プロジェクトに加わるまで車載ソフトウェアの開発業務に携わってきた

失敗に次ぐ失敗

新しいプロジェクトは、文字通り「失敗の連続」だった。

KINTO Unlimitedに先駆けて、20221月に始めたKINTO FACTORYは、既に販売したクルマにソフトウェア・ハードウェアのアイテムをタイムリーに反映できる先進的なサービスとして注目を集めた一方、当初は、必要な部品の在庫が足りないという“凡ミス”さえも起きた。

長年にわたって仕事のやり方が確立され、緻密に計画を立てて進めるトヨタのやり方からするとあってはならないミス。

しかし、メンバー一人ひとりがやったこともない仕事を請け負い、少人数で、全く新しいサービスを立ち上げる挑戦に失敗はつきもの。失敗に次ぐ失敗で、もはや、誰かの責任を追及している余裕はなかった。

むしろ、サービスを売るという経験を共有したメンバーたちは、自然と「お客様に迷惑をかけないようにしよう」という想いで一致団結。

その場で連絡を取り合って、その日の内に部品を携えて新幹線に飛び乗り、現地で対応にあたった。

2年で新サービスを立ち上げるスピード感の中、働き方の変化は凄まじく、目が回るようだった。しかし、メンバーは口をそろえて言う。「毎日ワクワクしながら、働けました」。

KINTOだからできたスピード感

メンバーが異口同音に言うことがある。それは、「KINTOとのコラボだからスピード感をもってやれた」ということだ。

KINTOは「クルマのサブスク」として始まったが、その後、KINTO FACTORYや、クルマを好みの色に着せ替えられる「剥がせるボディカラー」などを相次ぎ発表。

サブスクにとどまらないトヨタの新たなサービスを世に送り出す重要な役割を担ってきた。

プロジェクトチームは、KINTO Unlimitedについても、いち早く世の中に出し、ユーザーの声を聞いて改善しようと、アジャイルなサービス開発に取り組んだ。

その一例が、アップグレードによるクルマの「進化」やコネクティッドによる「見守り」を行う専用アプリの開発だ。導入を決断してから、ITエンジニア部隊を持つKINTOとともに半年で完成させた。

同じことをトヨタで実現しようとすると、システム投資に関わる書類づくりや関係部署との調整など、膨大な時間がかかってしまう。しかし、KINTOと一体で進めることで、高速のPDCAが可能になった。

プロジェクトチームのオーナーをKINTOの小寺社長が務めていたこともアジャイルな開発に拍車をかけた。

互いのレポートラインが小寺社長に一本化されていたため、予期せぬ問題が発生しても、毎週のそれぞれの定例ミーティングで相談。

悩みを抱え込むことなく、迅速に意思決定し、課題解決にあたった。プロジェクトはスピーディに前進していった。

トヨタ社内に変化の兆し

プリウスで第一弾が始まったばかりのKINTO Unlimited。しかし、既に別のクルマや、海外の工場からも引きがあるという。

クルマを売った後の価値を開発段階から考える。そんな変化の兆しがトヨタ社内に表れ始めている。

「アップグレードの可能性をどこまで広げられるか、お客様からどのような反響があるか、『現場』から学びを得て、それをトヨタの次の取り組みへしっかりと生かしていきたい」と天野主査はさらなる展望を見据えている。

実は、2年前のプロジェクトのキックオフで、豊田社長からメンバーに伝えられた期待がもう一つある。それが「トヨタの働き方を変えるきっかけをつくってほしい」というものだった。

「この2年を振り返ると、こんな働き方はしたことありませんでした。技術部も営業部も関係ない。出身部署の背番号もない。ベンチャー企業だったトヨタの原点に迫ってほしいという期待が込められているのだと思っています」と天野主査。

クルマの20年のライフに向き合い、トヨタのクルマに乗るお客様に末永く向き合う第一歩となるKINTO Unlimitedの挑戦。

画期的なサービスを起点に、トヨタのクルマづくりに一石を投じたプロジェクトは、トヨタの“限界”も超えるうねりを起こせるか。メンバーの視線は10年後、20年後を見据えている。

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