レース改革に注がれる"クルマ好き"たちの情熱

2022.08.12

国内最高峰の四輪レース、スーパーフォーミュラ。「このままではなくなってしまうかもしれない」という強烈な危機感から生まれた改革の最前線を取材した。

組織の一員になって強くした危機感

冒頭で紹介したように、このプロジェクトは業界関係者の強烈な危機感がきっかけでスタートした。

JRP、ホンダ、トヨタの3社で議論を重ね、改革を進めていったが、実行部隊はJRP。しかし、この大仕事をとり回すだけのリソーセスはなかった。そこで、ホンダ、トヨタから1名ずつ、出向者を受け入れることに。

白羽の矢が立ったのが、両社の実務担当だった柳澤俊介氏(トヨタ)と横野翔太氏(ホンダ)だ。

柳澤氏(右)と横野氏(左)。出向前、柳澤氏はGRカンパニーでGRブランドの商品やモータースポーツのマーケティング企画に従事。現在はJRPのマーケティング部長を務める。 横野氏はブランド・コミュニケーション本部モータースポーツ部でSUPER GTやNSX GT3などを担当。出向後は、柳澤氏のもとでデジタル施策を担当する

F1に魅せられてホンダに入社した筋金入りのモータースポーツファンの横野氏は、「一ファンとして、グランドスタンドを見ても、やっていることのレベル感とスタンドの盛り上がり、お客様の数が全然見合っていない。計算をしなくても、なりたっていないのが明白だった」という。

チーム、サーキット、プロモーターの誰も、観客収入で運営をまかないきれず、スポンサーの力で踏ん張り、チームオーナーの「夢とロマン」でレースを継続。とても、「サステナブル」とは言えない状態だった。

トヨタでモータースポーツのマーケティング業務に携わってきた柳澤氏は言う。「中に入ると会社の状況がわかるし、チームの状況もわかる。本当に待ったなし。このままだとスーパーフォーミュラがなくなってしまう」。

もちろん、JRPも手をこまねいていたわけではない。自動車メーカーをはじめ、さまざまなステークホルダーが関係する業界で、現実的にプロモーターの意志でやれることばかりではなかった。

「みんな、変えたくても変えられなかった。本来やりたかったことが、どこかで潰えている」(柳澤氏)。それが、ホンダとトヨタのトップ同士でつながり、変革の機運が芽生えた。

柳澤氏は「メーカーの垣根を越える“ゼロイチ”(01にするきっかけ)をつくってくれたので、それをさらに積み上げていかないといけない」と決意を語る。

上野社長を中心に、改めて会社の存在理由やドライバーズファーストといったビジョンを再定義し、社内の体制を議論。同時にメーカーやサーキット、参加チームに協力を求めなければならないことを整理していった。

レースの新しい楽しみ方

JRPの上野社長は1988年に鈴鹿サーキットランド(現ホンダモビリティランド)に入社。長年、サーキットの現場で働いてきたが、モータースポーツは魅力を伝えるのが難しいスポーツだという。

「ドライバーはヘルメットをかぶっているし、途中経過も、どっちが勝っているかわからない。相当深いところまで理解しないと、なかなかおもしろさに到達できない」

確かに、スーパーフォーミュラは21台ものクルマでしのぎを削っているが、野球やサッカーのように、試合を俯瞰して見ることができず、トップ争いにしかスポットが当たらない。

“推し”の選手が後続組になってしまえば、その頑張りはほとんど伝わらない。

「一人ひとりの頑張りをしっかりと伝えることが必要。見せ方を根本から変えないとダメ」

そんな問題意識が具体的な成果として現れたのが、横野氏が手掛けるスーパーフォーミュラの新デジタルプラットフォーム「SFgo」だ。お気に入りのドライバーを選ぶと、その車両のオンボード映像を見ることができ、速度はもちろん、タイヤ温度、ブレーキ圧、スロットル開度まで、レースの分析が楽しめる情報と“推しの選手の頑張り”が見て取れるようになる。

また、これまで、「テレビで見る」という一方通行の情報発信が中心だったが、SFgoはユーザーが自分の好きなドライバーとシーンを選んで切り取り、シェアできる新しいレースの楽しみ方も提案している。

来年のサービス本格開始に向け、上野社長は「デジタルの力を使って、ドライバーの魅力をどんどん伝えていきたい」とさらなる意欲を見せた。

未来へ続く“クルマ好き”たちの挑戦

SF NEXT50で取り組むのは、何もスーパーフォーミュラに限った課題ではない。

カーボンニュートラルも、レースのテコ入れも、すべてのモータースポーツカテゴリーに共通するもの。しかし、上野社長は改革が始められたのは、スーパーフォーミュラだったからだという。

「ほかのカテゴリーはたくさんのメーカー、サプライヤーがいる。関係者が多く、難しい面もある。でも、我々はトヨタとホンダが垣根を越えて手を握ってくれたので、“とんがったこと”がしやすい。まずは、我々がとんがってやりましょう。結果が出たら業界全体で、うまく活用してもらいたい」

参戦メーカーの少ないスーパーフォーミュラ。しかし、それを欠点で終わらせず、機動力という武器に変え、モータースポーツ業界に確かなうねりを起こそうとしている。

「歓声とエンジン音がシンクロする瞬間って、絶対に他のスポーツじゃできない」。モータースポーツの可能性を語る上野社長の言葉には、熱がこもっていた。

ドライバー、メーカー、そして、プロモーター。次の50年も、人の五感を刺激し、魅了してやまないモータースポーツを残していくため、“クルマ好き”たちの挑戦は続く。

富士スピードウェイのホームストレートを駆け抜ける白寅(ホンダ開発車両)と赤寅(トヨタ開発車両)。ライバルの2社は時に競い、手を取り合いながら、モータースポーツを未来へとつないでいく

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