レース改革に注がれる"クルマ好き"たちの情熱

2022.08.12

国内最高峰の四輪レース、スーパーフォーミュラ。「このままではなくなってしまうかもしれない」という強烈な危機感から生まれた改革の最前線を取材した。

公開で行われる未来へのテスト

「次の50年もモータースポーツを持続可能なものに――」

そんな精神のもと立ち上がったSF NEXT50では、レースを「モビリティとエンターテインメントの技術開発の実験場」と位置づけ、さまざまなプロジェクトを動かしている。

そのうち、来季投入を予定する次世代フォーミュラカーの開発として、主に次の2つに取り組んでいる。

①カーボンニュートラルの実現に向けた「素材」「タイヤ」「燃料」の実験
②ドライバーの力が最大限引き出せるエアロダイナミクス(空力)の改善

7月18日、富士スピードウェイには、隣り合わせのピットでマシンをテストするホンダ・トヨタのドライバーとエンジニアらの姿があった。

開発テストを行うトヨタのピット。この日のテストはKuo VANTELIN TEAM TOM’Sの協力のもと行われた

5度目のテストとなったこの日は、麻などの天然素材を活用したカウルの耐久テスト、バトルを生みやすくするリヤウィングの空力テスト、持続可能な素材を採用したタイヤの評価などを実施した。

19日を含めた2日間でドライバー2人が走ったのは366周。実に、9レース分を走破した。

ホンダのテストドライバーを務める塚越広大選手は、プロジェクトに関わりだして、自身の“ある変化”を実感している。

「今までは、クルマを速くし、レースに勝つための開発に携わってきた。でも、環境への対応や、レースをおもしろくするといった“速さ以外の開発”に関わるのは初めて。モータースポーツが大好きで、一生懸命走ってきたレース人生の中で、未来のために役立てる場面が増えてきたのはとてもうれしい。走る意味が変わってきた」

ホンダの開発ドライバーを務める塚越選手。「モータースポーツが環境に一役買っていることが伝われば、みんなが胸を張ってレースができる」とドライバーの想いを語る

なお、この開発テストは一般の人も見に来ることができる。トヨタのテストドライバーを務める石浦宏明選手は言う。

「従来、レーシングカーの開発はクローズドな場所で、人知れず進められてきた。でも、今はトライ&エラーを公開の場でやって発信に努めている。オープンな現場に意義があるし、表に出ることでドライバーとしてのやりがいも感じている。モータースポーツの枠にとどまらず、もっと大きな視点で見てもチャレンジングなことをしている」

トヨタの開発ドライバーを務める石浦選手。「この話をいただいたとき、カーボンニュートラル燃料が使えたら、僕の大好きな、いい音を響かせるエンジンを未来に残せるかもしれないと思った」と新燃料に対する期待感を語った

レースであり得ない開発風景

この日は、ホンダのピットでファンを魅了してやまない「排気音」についての開発も行われた。

音を追求するため、形状、長さの違う排気管をテスト。装着済みのものが今回試したもの。手前に立てかけてあるのが従来の排気管

「音にこだわっても、車両は重たくなるし、パワーも上がらない。だから最初はやらないつもりだった」

そう語るのは、ホンダレーシング(HRC)で開発責任者を務める佐伯昌浩LPLLarge Project Leader)。それが、前回のテストでトヨタが音の開発に着手したことで、エンジニア魂に火が付いた。

HRCの佐伯LPL。ホンダのテスト車両の開発責任者を務める

「トヨタに先を越されると、技術屋は我慢できなくなる。『もっといいものつくってやろうぜ』という気持ちになる」

本来は「あわよくば、多気筒エンジンに戻せないかとずっと思っている」と漏らすほど、音への強いこだわりを持つ佐伯LPL

TRDの佐々木孝博部長は、ホンダの開発陣が「(排気管を)見せてほしい」とピットにやってきたときのエピソードをこう振り返る。

「通常は我々もホンダのピットには入れないし、ホンダも我々のピットには入らない。普通のレースではありえない。でも、この現場ではそういったことができる。『しょうがないですね』と言って見せたら、佐伯さんからは『次もっといいものつくってくるから』と」

TRDの佐々木部長。トヨタのテスト車両の開発責任者を務める

業界の未来をつくる開発に、会社の垣根は一切ない。誰が音頭を取るでもなく、SF NEXT50で取り組む課題やテスト結果はすべて共有されている。

さらに、この“ライバルの共闘関係”は、開発スピードの向上という成果ももたらしている。

現在、テスト中のカーボンニュートラル燃料は、海外から取り寄せるため、量が少なく、サーキットでのテストに向けて、最低限のデータしか取れないこともある。

しかし、両者が情報を共有すると、まったく同じ結果が出るのだという。

「普通なら結果の確からしさに不安があるところも、お互いに安心してサーキットに持ち込める」と佐々木部長がホンダの開発陣に寄せる信頼は大きい。

佐伯LPLも「『データを見られたかな?』と思うくらい同じ結果になる。テストカーを走らせても、ほぼ同じタイム。普通ではあり得ない。まったく違うメーカーが組んだエンジンで、ドライバーも違うのに」と目を見張る。

日頃はライバルとして火花を散らしながらも、実力を認め合い、信頼を寄せる両者。お互いの存在が、モータースポーツを未来へとつなぐ技術開発を加速させていく。

両社のマシンのフロントウィングには、HRC とTGRのロゴが並ぶ。通常は、ホンダやトヨタのエンジンを載せている証として貼るもので、「あり得ない」状況。メーカーの垣根を越えて未来を拓く決意が表れている

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