預言者でもないのに未来予測?カーデザイナーがしていた意外なこと

2022.09.22

デザイナーは日々何をしているのか。そして「これからのクルマの発想法」も公開!

「いいクルマ」とは何か。その重要な要素のひとつがデザインであることは確かだ。ではトヨタにとってデザインとは何か。そしてユーザーにとってのデザインとは何か。そんな疑問に常に向き合い続けるのがカーデザイナーだ。

シリーズ2回目の今回は、2015年からヤリスのチーフデザイナーを務め、現在ビジョンデザイン部の中嶋孝之部長にカーデザイナーという仕事について伺った。

出迎えてくれたのは、え?ハンバーガー?

カーデザインの取材で訪れた場所に、黒いハンバーガーが置かれていた。なぜ・・?

実はこれ、展示会用にカラーデザイナーが3Dプリンターでつくったもので、ハンバーガーのレタスまで精巧にスキャンしたと中嶋部長は教えてくれた。

カーデザイナーの裏側を解き明かそうとする今回、冒頭からさっそく見たことのないものを公開してくれた中嶋部長。子どもの頃から絵を描くことが好きで、愛知工業高校でデザインを学んだという。トヨタを志望した理由は、高校のOBですでにトヨタに入社していた先輩の影響だった。

ヨーロッパ駐在や、ヤリスのチーフデザイナーなどのキャリアを経て現職に

中嶋部長

トヨタで働いていた先輩が学校に来て、カーデザインというのはこういう仕事だよと講演してくれたんです。そのときにクルマのレンダリングを見せてもらい“すげ~!”って感動して、同じような仕事がしたいと思いトヨタを志望しました。


「高校生なので免許は持っていなかったですが」と笑う中嶋部長は在籍31年の叩き上げ。20219月からビジョンデザイン部の部長を務めている。

ビジョンデザイン部は、トヨタの将来のビジョンを考え実行する部署。海外拠点と連携してコンセプトを考え、先行モデルとして形にする集団だ。

そもそもトヨタのデザインには、どれくらいの人が関わっているのだろうか。そして、どのように未来のニーズを読み解いているのだろう。

なんと1200人。日本だけでなく世界各地にあるデザイン拠点

中嶋部長

モデラーを含めると、世界全体で1200人がデザイン部門に関わっています。車両開発の各カンパニーが製品化をしていく役割を担い、ビジョンデザイン部はその前段階での企画や、先行モデルをつくっています。

前回、サイモン・ハンフリーズ デザイン統括部長は、トヨタのクルマづくりは数年先の未来を読み解いてユーザーの満足を目指すものだと語ってくれた。では、中嶋部長はどう考えているのか。

「我々は、預言者でも占い師でもないので正解は分かりませんが」と微笑みながらこう続けた。

中嶋部長

数年後になってみないと正解は分かりませんが、不思議と世界中のカーデザイナーが同じ思考、テイストになっていることがあります。

ベーシックな情報は同じなので、普通にリサーチしていると、自分で考えたプランは他の誰かも同じように考えていて、同じようなアイデアになってしまうからです。

トヨタがブランドの特徴を出すためには、新しい機能に対し「それがどういう風にスタイリングされれば期待以上になるか」と想像することが大事。日本車らしさや、トヨタ車らしさとは?という問いを繰り返し、自分たちの「夢」を乗せて表現するようにしています。
開発中のBEVもビジョンデザイン部の仕事の一部。中嶋部長は「この一台一台に必ずお客様がいて、そこに生活があり、それをイメージして形にすることが大切」と語る

豊田社長からの強烈な問い

未来のライフスタイルや、生活動向の分析、それらから得られる回答はどうしても似通ってしまう。そこで違いを生み出すためには何が必要か。豊田社長が発した問いに大きなヒントが隠されていた。

中嶋部長

“もっといいクルマをつくろうよ”という問いかけは強烈でしたね。何かを突きつけられたような気持ちになりました。それって、どういうクルマのことなのかと。

その問いに、中嶋部長が出した答えは「夢」だった。

中嶋部長

未来のクルマがこうなったらいいな!という自分たちの夢がベースにあり、それは自己満足ではなくお客様に喜んでもらえることが大前提。

その上で、家族や身近な人たちの夢を叶えるクルマとはどういうものかと追及すると、目指すべき方向が具体的になってくるんです。

部長が明かす、これからのモビリティの企画方法

そんな夢のあるクルマづくり。現場ではどのように動き出すのか。

企画内容はビジョンデザイン部で考えることが多いが、各カンパニーや海外拠点からも提案が届くという。そして、あまり知られていないが、企画プロセスは数年前から大きく変わったそうだ。

中嶋部長

以前はたくさんのアイデアを開発し、審査で徐々に絞っていくというプロセスでした。

かつてはたくさんのコンペで勝ち抜き、モデル化を経て案が決定されていた

最近は企画段階で、コンセプトを体現した案を見える化。早期に方向性を絞ってから残り時間で深く育てるという手法に変わってきました。

この方法をとるためには、最初からアイデアのクオリティを上げることが重要となる。そこで重要なのが「コンセプトの練りこみ」と「インプット」だと中嶋部長は語る。

デザインのために、山奥に入る?

中嶋部長

アイデアの発想法として、「コト」についてや、ユーザー心理についてなど、常にいろんなことをインプットします。造形についても同様で、実験やアクシデントから生まれる偶然を自分たちでつくり、体感することで身体に蓄積されていきます。

自然界に興味を持ち、他のプロダクトに興味を持ち、偶然の力に興味を持ち、常に現地現物で“分析・探索”しています。

徹底的に角のことだけを考える。その集積が次代のモビリティデザインへとつながることも
温めたアクリル板をふたりで引っ張り、どのような形状ができるか実験
すると、CGでもなかなか表現できない造形ができる
熱した樹脂のうえに重みのある鉄球を置くと、自然に伸びてコンピューターでは描き出すのが難しい複雑な造形が生まれる
石を置くことでクッションの柔らかさや触感も探索

それらは部内で共有されたり、各デザイナーが独自で蓄積することでトヨタの独自性につながる。

中嶋部長

これらの探索は僕が入社した頃から先輩たちもやっていました。ある人は山に入り、生えている樹の根の形がかっこいいからクルマの先端にしたい!とスケッチを描いていました。そういったインプットの蓄積の大切さは、時代やツールが変わっても変わらないと思います。

御神体を手に、欧州へ向かった理由

また、デザイン初期では御神体と呼ばれる小さなモック(試作品)をつくる。これは車両のコンセプトを凝縮させ、象徴としてデフォルメされたものである。

これは試作段階でのヤリス御神体。現地現物の大切さを忘れないように常に身近に置いているという
その街の建物がどう写り込むかを現地で確認。ヨーロッパと日本では光の色が違うのだとか

中嶋部長

実際に海外の街で、この映り込みがかっこいいよね!なんてことを話しました。ヨーロッパの建物はベージュの石造りが多いので、青空とのコントラストが強いんですよね。

これも“現地現物”で体験してわかったことです。ちなみに日本はビルがグレー。当然、街に映えるボディカラーもヨーロッパと異なります。

デザイナーという仕事の魅力

中嶋部長の話からは、多岐にわたる興味と関心がデザインの源泉に聞こえてくる。

中嶋部長

デザイナーを志望する学生たちには、トヨタが求めるのはカーデザインだけではないことを常に伝えています。

テキスタイルデザイン、コンピューターによるグラフィックデザインなど、活躍の幅はとんでもなく広い。いま必要とされるのはお客様の体験価値を考え、クルマを使って何をするのかをイメージできるセンスです。

人を研究し、人を中心に新しい価値を提供するのがトヨタデザイン。五感に関わるデザインやクルマと人、街と人とのインタラクションをデザインし、それをどういうグラフィックで伝え、フィードバックし合うのか。「知識だけ」よりも「幅広い興味」が大切な時代です。

クルマをデザインするのではない。人とモノのつながりをデザインする。そしてモノと街のつながりをデザインする。トヨタのカーデザインが見据える対象は幅広く、やりがいに満ちている。



中嶋孝之 ビジョンデザイン部部長

1991年に愛知工業高校デザイン科を卒業後入社、初代ヴィッツ、初代オーリス、初代AYGOIQJAPAN TAXIショーカー、グランエースなど多くの内装デザインオリジナルを創出。2008年~2011年欧州赴任。2015年には現YARISのプロジェクトチーフデザイナー、17年よりインテリアデザイン室室長を経て2021年9月ビジョンデザイン部部長に就任。JAID(ジャイド)※の活動立ち上げにも携わる。

2015年に雑誌の企画で自動車各社のデザイナーが対談したことがきっかけでスタート。“ALL JAPANで新しい自動車の兆し”をつくり出すことを目指す団体。人材育成の場として、特に若手デザイナーにとっては、同世代のライバルメーカーのデザイナーとの交流で良い刺激を受けるインプットの場となっている。

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