葉っぱだらけの空間で「気持ちよさ」を研究?

2022.08.24

本業と関係のない取り組みを紹介する「なぜ、それ、トヨタ」。
今回は「自然の力」の研究。一体なにを調べているの?

今回訪れたのは、自然環境の「植物」や「空気」の秘められた謎を解き明かそうとする研究室。ドアを開けると、衝撃の光景が…。なんとジャングルのような空間が広がっていたのだ。

植物のリラックス効果は多くの人に知られているが、研究員たちはその理由を科学的に突き止めないと気が済まなかったそうだ。そこで大量の土を研究室に持ち込み、木々を密生させ、気がつけば室内に本物の森のような空間を再現。

上司も「苦笑いした」という空間で研究は進み、その内容は学会でも一定の評価を得たという。人を心地よくする「自然の力」を、日々の暮らしに取り入れWell-beingにつなげようとする空間研究の最前線を取材。そこで聞かされた内容は驚きの連続・・。というか、なぜトヨタがこんな研究をしているのだろうか。

大音 徳 技範

オフィスやリビングに、大自然と同じような効果があればそこに滞在するだけで心が明るくなる。活き活き元気に、心身ともに良好な状態になれる可能性のある空間なので「Genki空間 ® 」プロジェクトと名付けました。このプロジェクトは、トヨタグループの研究機関である㈱豊田中央研究所と共同で進めています。

2つの写真、どちらに癒しを感じるか

上の写真と下の写真、あなたが癒しを感じるのは果たしてどちらだろう?

研究で分かった傾向として、癒しを感じるのは上の写真。

小さく丸い葉は「癒される」と感じ、大きく広い葉は「活力がアップする」と感じる傾向があるという。ちなみに下記写真はどう感じるだろう?

このような細く長い葉は「集中力がアップする」と感じる傾向があるそうだ。

50種類もの植物の葉っぱや植物全体の形を解析。丸み、直線性、大きさなど、葉っぱがどんな形だと、癒し、集中、活力を感じられるかを指標化したという。また、何気なくみている植物全体の印象は、実は、葉の形に強く影響を受けているとのこと。

特許出願中の「葉の形状マップ」

癒されてしまうオフィス、集中してしまうデスク?

長時間での効果も検証するために、オフィスタイプの実験空間もつくられていた。

活力アップが期待される会議スペース
癒しが期待される空間
集中力アップが期待されるデスク

これまで「緑は心地いい」と感性レベルで語られてきたものを、科学的なエビデンスで証明しようという前例のないチャレンジ。その根底にあるのは、人が本能的に求める自然の作用。つまりはWell-beingであり、幸せの量産にむけたアプローチだ。

空気採集へ、全国466ヵ所を行脚

葉っぱの形という視覚的アプローチだけでなく、森のなかの空気の“微生物や化学物質”を解明する「空気質」の研究も進めている。

人は呼吸により、1日に約10000リットル以上の空気を体内に取り込んでいるという。世の中ではPM2.5など健康に害を及ぼす空気質研究は多いが、このチームはその逆。人に良い効果を示す空気質を解明しようと挑んでいる

空気の実態を探るために、なんと日本全国の都市や農村、森林などの466ヵ所の空気をサンプリング。ところで、“掴みどころのない”空気を一体どのように集めたのだろうか?

伊藤 正和 主幹(㈱豊田中央研究所へ出向中)

掃除機のような機材で空気を吸い上げて、フィルターに付着した微生物のDNAを抽出しました。空間の自然度を測るスコアのもっとも人工的な数値が−1の場合、東京のオフィス街は−1.05、都市の公園は0.26。長野の山奥は1.93といった結果になりました。

2021年3月時点解析結果

空気の心地よさを明確な数値で示せれば、住環境などのブランディングに活かすこともできる。単なるイメージ戦略ではなく、エビデンスに基づいてPRできるからだ。

片平 悟史 グループマネージャー(㈱豊田中央研究所より出向中)

自然との共生街づくりプロジェクト「MIYOSHI MIRAITO」でトヨタホーム㈱と共同研究をしています。自然豊かな環境なのですが、空気質を計測すると、日本の原風景を残す世界遺産に認定された白川郷と同等の数値が出ました。そのエビデンスがあれば、住宅街であっても本格的な自然にふれられる快適な住環境としてPRすることもできます。

学会騒然。「無菌がいいとは限らない?」

研究チームは、さらに踏み込んで、空気質の人への効果も解明しようとしている。

池内 暁紀 プロジェクトマネージャー(㈱豊田中央研究所より出向中)

人は、腸内には100兆個、皮膚には1兆個など多くの微生物と共生しています。この共生関係は人と微生物が長い時間をかけて構築したもので、共に進化した1つの生命体であると言えるかもしれません

近年、急激な都市化により自然との接触が減ったことで、この共生関係が崩れ、アレルギー性疾患などの様々な病気の原因になっている可能性が示唆されています。

(無菌ではなく)自然の多様な微生物がいる空気を身体に取り込むことが、人と微生物の共生関係に重要な働きをしているのではないかと推測しています。

そこで、人間の皮膚に共生している微生物について調べることに。

粘着シールを皮膚に貼り付け、付着した微生物を解析。その結果、皮膚の微生物の種類や量は人によって大きな個人差があることが分かったという。

さらに、皮膚を調べれば、あなたがオフィスで働いていたのか、都会で休日を過ごしていたのか、緑豊かな自然に遊びに行ったのかが分かってしまうかもしれないという。

なぜなら皮膚に付着した微生物が、滞在場所の空気の微生物の影響を受けていることが判明したからだ。なかでも突出して空気の影響が大きかったのが、自然豊かな白川郷に出張に行った日であったことも興味深い。

この成果について、研究チームは様々な学会で発表。「(近ごろ流行りの)無菌より、多様な菌と共生するほうが健康にいいかもしれない」という驚きの可能性を示すこととなった。

常識を疑い、誰かの幸せにつながるかも知れないと、気になったことをトコトン調べ上げたからこそ見つかった研究成果。学会の“空気を読まない”衝撃の発表となった。

トヨタ社員すらほぼ知らない豊田市内のオフィス一室。本当に葉っぱだらけである

池内プロジェクトマネージャーは、「ただ滞在するだけで、いつの間にか風邪をひきにくくなるような空間ができたら面白いですね」と笑う。

この研究チームは、全員、心から研究を楽しんでいるように思えた。

“エビデンスに基づいて心身ともに健康でいられる空間”の設計が実現できれば、多くの人の幸せにつながる。そう信じて、今も研究は続いている。

次回は、「15分で脳の疲れを取るイス」についてお届けする予定だ。なぜ、そんなことしているの?と我々も驚かされた内容とは。乞うご期待!

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