寺師副社長インタビュー(2) トヨタ2029 電動化を最適化する

2019.03.24

【5回連載】池田直渡氏(モータージャーナリスト)×寺師茂樹(第2回)。トヨタの「電動化戦略」とは。

3月16日、17日、「THE PAGE」にてモータージャーナリストの池田直渡氏による「寺師副社長インタビュー記事」が掲載された。トヨタイムズでは、「THE PAGE」、池田氏の了解のもと、同内容を5日間に渡り連載する。

トヨタ自動車が月面探査プロジェクトに乗り出す。その挑戦は、地上でのクルマ技術を月でも実現する「リアルとバーチャルの融合」だと、豊田章男社長の言葉を借りながら語るのは、副社長の寺師茂樹氏だ。電気自動車(EV)対応が遅れていると揶揄されることの多い同社だが、世界的な潮流である電動化という次世代戦略を、トヨタの技術トップはどう考えているのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が余すところなく聞いた。全5回連載の2回目。

トヨタは10年後に燃料電池のローバを月面で走らせる。その時、この地上では一体どんな技術が活用されているのだろうか? 「EV(電気自動車)に出遅れ」と批判され続けるトヨタは電動化時代をどう切り開いていくのだろうか?

ここ数年、大手メディアでは「内燃機関終了→全面電気自動車化」という極めて実情に即さないイメージ論が花盛りだ。一方で、そういうイメージに依拠して先進イメージを高めようと目論む海外自動車メーカーもあり、数年後に数千万台のEVを販売する計画などが数社から発表されている。

言うのは勝手だが、市場で販売されたEVは、まだ累計ですら300万台に過ぎず、バックオーダーで納車が数年先などと言う現象が起きているのはテスラだけだ。国単位でみても自動車全体のシェアの1%に達している国は数えるほどで、EV全体の需要が旺盛とはお世辞にも言えない。

トヨタのハイブリッド車「プリウス」
1997年12月から発売されたトヨタのハイブリッド車「プリウス」

基本に立ち返れば、電動化とは、電気自動車化という意味ではなく、システムサイドから見れば、モーターを備えるかどうかを意味する。エンジンがモーターと協調するHV(ハイブリッド)やPHV(プラグインハイブリッド)、エンジン無しでバッテリーに貯めたエネルギーで走るEV、水素と酸素を化合させて発電した力で走行するFCV(燃料電池車)もある。

走行性能サイドから見れば、同じハイブリッドの中にも、モーターのみで走行できるプリウスに代表されるストロング・ハイブリッドがあり、モーターはエンジンのアシストとしてしか機能しないスズキ・ワゴンRなどのマイルド・ハイブリッドもある。エンジンに補機としてのモーターを加えるだけのマイルド・ハイブリッドはシステム価格が安く、莫大な台数を抱える新興国などへの普及を考えれば、環境への貢献は大きい。

つまり改善余地と台数を掛け算したものがリアルな環境貢献であり、性能が高い分、価格が高ければ台数が落ちる。改善余地が大きくなくても台数インパクトが大きければ環境に貢献できる。そこをメディアは伝えない。500万円オーバーの電気自動車を作ったところで台数インパクトが小さすぎるのだ。

こうした混沌とした電動化イメージの中で、まずはトヨタにとっての電動化とは何かについて聞いてみた。

『トヨタはEV出してないんでしょ?』と言う批判に対してどう答えるのか

電動化モデル
電動化のキーになるのはモーター/バッテリー/PCUの3つ。これを中心に全ての電動化モデルが作れる
寺師

なかなか広く理解していただくのが難しいんです。そこを諦めずに、常に分かりやすく説明しなきゃいけないというのと同時に、「とはいってもトヨタはEV出してないんでしょ?」と言う批判に対してどう答えるのかっていうのも考えていかなくてはなりません。

まず電動化、ZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)の話が今一番クローズアップされます。もともとゼロ・エミッション・ビークルっていうのはカリフォルニア州で大気汚染がひどかったころにやっぱり「光化学スモッグなどの原因となる大気汚染物質を減らしてきれいにしようよ」っていうところから始まり、後から温暖化の問題が加わってきてCO2が問題の中心になりました。だから当然CO2を下げていくのと同時に、やっぱり本来の大気汚染の問題も一緒に考えてクルマを成り立たせなきゃいけない。本当のZEVってのはそういうことです。

池田

つまり公害と温暖化という2つの問題が、実はそれぞれ別にある。この両方を同時に解決していかなきゃいけないっていうことですね。

寺師

ええ。最終的にはどちらもゼロエミッションのクルマが100%になればいいと思います。けれど、現実的にはそれがなかなか普及していかないのはなぜかっていうのをまずわれわれはしっかり認識しなきゃいけないと思うんですよね。去年、欧州委員会がオフィシャルに公表した2017年の自動車メーカー各社のCO2排出量の実績値を見ると、トヨタが一番少なくトップなんです。縦軸にCO2のグラム数、横軸に車両重量。他社は現在の規制を示す線ギリギリです。しかも今後この規制がどんどん厳しくなって行きます。

池田

なるほど。そうですね。

寺師

17年の実績でトヨタが排出削減の達成率が一番いい。それ以外のメーカーは規制値ぎりぎりと。これが何を示しているか、結構思い切って言っちゃうと、EVを持っている会社の達成率はいいわけではないってことですよね。

池田

トヨタは「EV出遅れ」って言われている会社ですからね。

寺師

そうです。僕たちはEVを1台も売ってないんです。それなのに一番達成率が良い。結局、最終的にクルマをチョイスするのはお客さまですから、「お客さまにとって今買いたいクルマは何か?」の結果がこのデータだと思うんですよ。もちろんEVを提供する企業責任はあるので、トヨタもこれから出していきますけれども、やっぱりマジョリティー、多くのお客さまが今買いたいと思うクルマは、HVのような、特別なインフラが要らずに通常どおり使えるクルマで、そういうクルマの評価が現実に高いことを示しているのではないかと。

例えば、トヨタの今のこのポジション、HVをEVに換算すると20%弱ぐらいEVを売っているのと同じ実力なんですよ。もちろん、将来規制値がもっともっとこの下まで、最終的にはもう2050年には80%、90%下げようとするとなると当然ゼロエミッションのクルマは必要なんで、どんどんやっていかなきゃいけないんですけど、当面お客さまに選ばれる一番現実的な答えはまずはHVではないかっていうふうに思っていまして。

池田

つまりどんなに高性能な環境車をつくっても、それがカタログに載っているだけで売れなければ現実の環境には貢献できないと。だから売れて実際に道路を走っているクルマがいかに環境にいいかが重要ということなんですね。それがトヨタが言って来た「普及してこそがエコ」だと。

寺師

ええ。決してEVやFCVを否定しているわけではなく、それらのクルマはお客さまに買いたいって言っていただくところまで行くのにもう少し時間が掛かるので、それは企業の責任として魅力を上げる様に努力はしていきますけれども、その間、やはり幾つかのステップがあるんではないかと。

池田

仮にすごく魅力的なEVをつくっても、お客さんがこの値段なら買ってもいいっていうラインが原価より低いとものすごい値引きをして売らなきゃならないですものね。

寺師

そう。もう1つは、EVに乗りたい、買いたいと思う人を増やすためはどういうことをやると増えるんだろうか。当然価格の話もあるし、充電とかの頻度もあるので、まだまだちょっとそういう人をマジョリティーにするのには時間が掛かるんだろうなっていう感じはしますよね。

池田

確か今年EVが世界累計で300万台になるかっていうようなデータが出てたと思うんですけど、トヨタはHVをもう累計で1200万台近く売ってますよね?

寺師

いや、もう1300万台を超えました。

池田

それだけ普及しているということがやっぱりすごいということなんですね。だからこそCO2排出量削減の成績が1位だと。

寺師

別にこれを取ってどうだと言うつもりはないんですけど、やっぱりお客さまが選ぶときの判断基準に照らすと、今のEVではまだちょっと多くの人に選んでいただくものになってない。選んでいただける様になるまでに時間が掛かりそうだと。もちろん一生懸命電池性能向上とか、コストダウンとかはやっていかなきゃいけない。それはEVだけじゃなくFCVも同じですけど、乗り越えるまで無策というわけにはいきません。当面はHVでやっていくことで貢献できるのではないかって思うんですよね。

全部をFCVとかEVとかではなく、それぞれのエネルギーの事情に一番適したものを使っていただくのがいい

寺師副社長
「全部をFCVとかEVとかではなく、それぞれのエネルギーの事情に一番適したものを使っていただくのがいい」と語る寺師副社長(撮影:志和浩司)
池田

それとたぶん考えなきゃいけないのは、世界の各地でインフラの状況ってすごく違うじゃないですか。例えば今トヨタは、ロサンゼルス港で巨大なトラックの実証実験をやっていますよね? EVでやってみたけど稼働率が低すぎてどうにもならないから、FCVでつくってくれと言われて。あれなんかは、水素が常時用意できる場所があるからできるわけじゃないですか。あそこではあれがたぶん今ベストなわけですが、どこでもできるかと言えばそうじゃない。一方で、探せば似た条件の場所もある。日本なんかでも、もし工業地帯とかであれば、寺師さんご存じのとおり副生水素、いろんな工業製品をつくる過程で自然にできてしまう水素があって、その副生水素を使えば水素をわざわざつくらなくても余ったもので走れてしまう。

寺師

僕たちは別に全部をFCVにしようとか全部をEVにしようとかそういうことを考えているわけではなく、それぞれのエネルギーの事情によって一番適したものを使っていただくのがいいんではないかって思うんですね。

池田

各地各地の事情によって。

寺師

おっしゃるとおり、コンビナートなど、いろんな工業地帯のところで水素ができますと。じゃあそれを使ってこの町は水素のインフラできませんかとか、例えばノルウェーのように水力発電がものすごく盛んで、もうそこでたくさんつくれる電気があるのでまずそれでEVやりませんかと。余ったものは水素にして貯めて、じゃあFCVもっていう、それぞれの地域だとか特徴によってエネルギーの活用法が変わるんだろうなって思うんですよね。

池田

そうすると、要するに何か一色になるという考え方ではなくて、エリアごとに最適なパワートレインがあるということですね。

寺師

たぶん僕は、地域地域によって電気が安くつくれるところとか水素がたくさんできるところ、どちらもないので別のやり方を考えましょうってところ、それぞれの地域事情が混ざり合いながら、最終的に2050年ぐらいまでにトータルで現実的な答えができるだろうっていう。

池田

時間軸でインフラが整理されていって、違う状況に移り変わっていくところも当然起こりうるわけですよね。

寺師

当然、そういうことです。

とことん現実主義なトヨタはこの先10年のモビリティをこう見ているということがお分かりいただけたと思う。しかしそのまた10年先のために、トヨタは開発した技術を広く解放するという奇妙なことを言い出す。なぜトヨタは激烈な競争を繰り広げるEVやFCVの技術を解放するのか。続編ではそれを聞いてみた。

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