【解説】池田直渡が読み解く トヨタの決算 10年改革の成果

2021.05.13

期首に「営業利益8割減」と言われながら、増益で締めたトヨタの決算。自動車経済評論家の池田直渡氏が読み解く。

5月12日に発表されたトヨタ自動車の2021年3月期決算。さまざまな危機が襲った2020年度、トヨタは減収となりながらも、税引前利益で増益となった。

期首に「販売台数800万台、営業利益5,000億円」と見通していた決算が、終わってみれば「販売台数908.7万台、営業利益2兆1,977億円」。

この数字をどう受け止めたらいいのか、トヨタはどのようにこの1年を戦ってきたのか――。自動車経済評論家の池田直渡が読み解く。


5月12日、トヨタ自動車が2021年3月期決算を発表した。過去の四半期ごと推移は逐次頭に入っているので「どうせいいんでしょ?」発表前からそうは思ってはいたが、それでも資料を見て声を出して笑ってしまった。

奇跡の決算

最初に目に飛び込んで来たのは営業収益だ。2020年3月期の298,665億円から、272,145億円に減り、2兆6,519億円の減収。もう少し大きな下落幅を予想していたが、それでもマイナスはマイナス、そこまではまだ良い。普通に考えてこの期は減収になるだろう。

しかし、税引前利益は、同じく2兆7,929億円から2兆9,323億円と何と1,394億円も増えている。つまりはトヨタの決算はなんと、減収増益である。重ねて言うが「売上は落ちているのに儲けは増えている」のだ。

挙げ句の果てに利益率まで8.0から0.1ポイント積み増して8.1%。これに至っては利益率の鑑みたいな結果で、パーフェクトな数字としか言いようがない。

断っておくが、これが人類未曾有の危機と言われた新型コロナの直撃期の決算である。世界恐慌への発展すら危惧されたまさにその年であり、世界の人々はいくどにも渡るロックダウンに、あるいは日本でも度重なる緊急事態宣言に行動を制限され、経済活動は翻弄され、外出も外食もままならない日々を送っている。

発生から1年半が経過しつつある今この時点ですら世界中の人々にとって現在進行形の危機であり、多くの人命が継続的に失われ続け、いつとも知れない出口を待ち望んで暮らしている。そんな中でなぜ3兆円近い利益が出せるのか? 打たれ強いにも程がある。露悪的な言い方をすれば、一体どんな天変地異に襲われたらトヨタの決算はボロボロになるのだろう?

2021年3月期の期首に、最初の緊急事態宣言で仕事部屋に閉じ込められた筆者が頭に描いていた自動車メーカー各社の業績は、1Q単独は壊滅的大損害。2Q単独が真っ赤、3Q単独でようやく赤字幅を縮め、4Q単独で黒字転向の分岐点という辺りで、仮に予想外の善戦があったとしても、前半期の赤字を後半期で埋めきれるかの戦いだと思っていた。

考えると恐ろしいが、通期でのこの結果、1Qの3カ月はほぼなかったようなものだ。さしものトヨタも1Qの営業利益はわずか139億円。つまり、そのペースなら、税引前利益は通年で556億円に留まったことになる。しかし、現実は2兆9,323億円で着地した。

逆に4Qを4倍して通年利益を弾くと、4兆2,492億円という途方もない金額になる。それは相当乱暴な推論の立て方だが、次の期がそうならないとも限らない。呆れるというか、言葉がない。こんな荒唐無稽なV字回復が一体全体、現実に起こるものなのか? とりあえず気を取り直して、数字を見て行く。

連結営業利益増減要因を読み解く

まずは連結営業利益増減要因からだ。左のグレーの柱が2020年3月期の営業利益。右の赤い柱が2021年3月期のそれで、その間に左右の柱の高低差が、項目別に並んでいる。

左から行こう。まずは為替変動だ。紛争や不況でも同様だが世界経済に混乱の兆しがあると、円は必ず買われる。世界で最も安定した通貨である「円」はリスク局面では大人気だからだ。日本の自動車メーカーにとって、グローバルな流行疾病が怖いのはサプライチェーンを寸断し、潜在顧客の経済にも打撃を与えるだけでなく、さらに円高での出血を免れない点だ。これで2,550億円のマイナス。

次がトヨタの伝家の宝刀「原価改善の努力」で、ここで1,500億円戻している。先にも述べたが、ロックダウンなどの影響で、サプライチェーンが寸断され、代替部品の入手などコスト増の要因をはらみつつある状況下で、それでも1,500億円のプラスをひねり出した手腕は凄まじい。

3番目は「販売面での影響」で、ここは流石に落としている。実際、販売台数は8955,000台から7646,000台へと落ち込み、対前年比で85.4%となっている。この数値は論評が難しいが、この1年でデビューした新型車を見れば、旧モデルより単価は明らかに上がっているので、単純な台数の落ち込みを台当たり利益が薄める働きをしていると考えるのが素直な見方である。つまり、この項目の傷が浅かった理由は商品力の高い新製品を順調にリリースできたからということになる、それについては後に考察しよう。

ここにはもう一点ポイントがあって、項目の詳細を見れば、金融事業でのプラスが非常に大きい。特に北米では個人顧客もリース利用の比率が高い。リースの場合、契約期限で車両を回収するが、その時点で、リース時に予測した残価を中古車相場価格が上回っていれば、差額によって利益が増える。現在人気が高く中古車市場価格が高止まりしているSUVの販売比率が増えれば、この下取り利幅は当然増える。クルマを売る時だけでなく、回収差額に関しても、単価が高く、人気のあるSUVのコマを揃えるのは、利益に効いてくるのだ。RAV4やハイランダー、ハリアーと言ったTNGA世代のヒットモデルがこの金融事業でのプラスを支えていることになる。

4番目は「諸経費の増減と低減努力」でここは700億円のプラス。項目を見ると経費削減の影響が大きい。コロナ影響化でのリモート勤務など、移動を抑制した働き方改革が進み、コストが下がったことが大きいだろう。トヨタがこれまで大事にしてきた「現地現物主義」に基づけば、何かあったら現地に行って自分の目で見て判断することは大切なことであり、それは原則論として変わらないはずだが、一方で、行かなくてもできるやり方があるものに関しては、思い切ってコストダウンを選ぶことが可能になったものと思われる。

日本のビジネス慣行では、礼の側面からも、現実に脚を運ぶことは美徳とされてきたわけだが、そういう社会常識がニューノーマルの中で見直され、対面で話し合わないことを失礼と見なさない文化へのトレンド変化もまたプラスに寄与していると考えられる。

さて、これが2021年3月期をトヨタがどう戦ったのか、決算書から見えることの全てである。しかし筆者は自動車経済評論家として、クルマ側からの取材も日常的に行っているので、ここまでに解説してきたトヨタの戦法の根底に何があるのかをさらに考察してみたい。

トヨタの常在戦場

トヨタの決算の特徴は攻めと守りのバランスにある。非常に観念論的な言い方になるが、経営に取って「攻め」はどうしても「水物」だ。良いものをつくれば必ず売れるわけではない。時に「なんでこんなものがヒットするの?」というものが時流を捉えてヒットすることもある。そこはイメージや社会の雰囲気までも含めたトレンドが最も支配的な世界である。

しかし、守りは違う。削ったコストは裏切らない。もちろん品質や安全をトレードオフにしたコストダウンは論外だが、そこに品質や安全を向上させながら同時にコストダウンを行うというバランスが備わるならば、それは決してギャンブルにはならない。千里の道も一歩からと言うが、踏み出した一歩は決して消えないのだ。

トヨタと言えば「カイゼン」だが、「カイゼンとは原価低減を伴うものである」というのがトヨタ生産方式の根底にある。実はここに多くの真実が含まれていると筆者は思っている。

本来「カイゼンは攻め」であり「原価低減は守り」である。数値化しやすい原価低減をトヨタは大事にしてきた。時代によっては肝心なカイゼンが原価低減の手段にすらなっていたことがあるように思う。

しかし、トヨタはこの10年、カイゼンを新しい言葉で定義し直しているように見える。それが「もっといいクルマ」である。つまり、単語を代入すれば「もっといいクルマを原価低減を伴ってつくれ」ということである。

そして、もっといいクルマの具体化方法として採用されたのがTNGAである。その結果、2015年以降にフルモデルチェンジされたトヨタ車は、明らかに乗り味が良くなった。しかもそれは新型が出るたびに更新されていく。たゆまぬカイゼンによって、もっといいクルマは「もっともっといいクルマ」へと進化し続けているのだ。これは毎回新型に試乗すればおそらくほとんどの人が感じ取れることだと思う。

例えば、決算書の解説で、中古車の買取価格の話をしたが、われわれが中古車を買うときに、率直に言って「この世代より前は嫌だな」と思うラインがある。そこに価値の断絶ラインがあると、価格にもまた断絶ラインがあって、やっぱり欲しいと思うクルマは高い。そういうクルマになるようにトヨタはこの10年クルマの走りを磨いてきた。

例えば、ハンドメイドの丁寧な生産手法はこれまでお金持ちだけの閉ざされた世界だった。しかし、ハンドメイドを効率的組立と融合させた新しい取り組み「GRファクトリー」とその成果であるGRヤリスによって、これまで庶民が逆立ちしても手が届かなかった高精度組立のクルマの価格を場合によっては一桁下げてみせた。

その取り組みはGRファクトリーに留まらない。先に挙げた「商品力の高い新製品を順調にリリースできたから」というのはまさにTNGAの成果であり、それはまたリーマンショックの衝撃的赤字転落で骨身に沁みた事業体質の脆弱性の改善を、以来ずっと続けてきた成果でもある。

「常在戦場」という言葉があるが、トヨタは、リーマンショック以降、同じ事が起きても絶対に同じ轍を踏まないという決意の下にずっとリーマンショックと戦い続けてきた。もっといいクルマで魅力をつくり、原価低減で損益分岐点を下げ、外乱に強い企業体質へと転換を図ってきた成果が今回のコロナ禍で証明されたということである。

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  • 池田直渡=文 text by Naoto Ikeda

    自動車ジャーナリスト・自動車経済評論家。1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年に退社後ビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。

    (トヨタイムズ編集部より)
    池田直渡氏の申し出により、本記事の制作、掲載にあたっては、金銭支払いは発生しておりません。コンテンツ中の文章や発言は、自動車経済評論家池田直渡氏の自由意志によるものです。

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