「ものづくり」はオワコンなのか?

2021.06.15

「日本にものづくりは必要なのか?」トヨタ生産トップが投げかけた問題提起。会見で訴えたものとは?

「ものづくりは私の人生そのものです――」

6月11日、「未来を拓く大切なものづくり」というテーマで行われた記者会見で、生産を担当する岡田政道Chief Production OfficerCPO)は力を込めた。

この発表で一番のニュースとなったのは、トヨタが工場のカーボンニュートラルを当初予定していた2050年から2035年に前倒ししたこと。

しかし、一番伝えたかったメッセージは、「ものづくりは“オワコン”ではなく、成長分野だ」ということだった。

かつて、海外に生産拠点が移り、「産業の空洞化」が叫ばれた日本のものづくり。今も、LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)をベースとするカーボンニュートラルの考え方に基づいて、生産から廃却までに発生するCO2の量に応じて税金をかけようという動きもあり、危機的状況は変わっていない。

そんな中、1984年の入社以来、一貫して生産現場に携わってきた岡田CPOが訴えたのは、世界に誇れる日本のものづくりの競争力であり、この国における重要性だった。

トヨタイムズでは、熱のこもったメッセージを余すことなくお届けする。

日本にものづくりは必要なのか?

会見は岡田CPOが日本のものづくりに対する“固定概念”を挙げ、正しさを検証していく形で進められた。

ものづくりが生み出す世界がいかにおもしろいものであるか、いかにこの国の発展に役立っているかということ。

一方で、その存在や強さは決して当たり前のものではなく、コツコツと長い年月をかけて築き上げられたものであり、ひとたび失えば、もう元には戻らないものであるということ。

そういう ものづくりの本質を皆さんと共有し、ものづくりを大切することで「未来を一緒に拓いていこうじゃないか!」。そんな想いでこの場を持たせていただきました。

最初の問題提起です。この国にとって、ものづくりは本当に必要なのでしょうか? 魅力的な分野なのでしょうか? もう古いものであるという見方もあります。

ここに示した事例は人の移動の自由や喜びのために、トヨタがつくり出してきたものです。このように、トヨタの中のほんの一例を見ただけでも、ものづくりが人の幸せや笑顔、楽しみを生み出す力を持っていることがお分かりいただけると思います。

日本でものづくりはやっていけるのか?

問題提起の2つ目です。地震の多い日本で、本当にものづくりは やっていけるのでしょうか? 相次ぐ火災は、ほころびではないのかという見方もあります。日本はもう、ものづくりでやっていける国ではなくなってしまったのでしょうか?

それは違うと思います。昔から日本のものづくりは、試練を糧とし、必ず乗り越え、より強くなってきました。

2011年の東日本大震災の折には、想定外の出来事で工場や設備に甚大な被害が発生したため、その復旧に時間を要しました。

この試練を乗り越え、有事にも被害をできるだけ小さく抑える設備対応や適切な初動のあり方を身に付けてきました。

昨年コロナウイルスが蔓延し、生産ができなくなるとマスクやフェイスガード、足踏み式の消毒装置をつくったり、医療用ガウンの生産支援を自発的にやり始めました。こうした有事の際の初動がより迅速、能動的になりました。

そして、火災の復旧支援においては、普通なら7カ月かかる設備製作を2カ月でつくり上げるという離れ業を、部品調達と設備製作部隊の鮮やかな連携プレーで成し遂げています。

誰一人として自分のためでなく、日本のものづくりを守る一心で動いた結果です。まさにものづくりは人づくりです。このような力は世界のどこにも負けることはないでしょう。

試練を力に変えてしまう日本こそが、ものづくりの最適地であると言って良いのではないでしょうか。

ものづくりは成長分野

3つ目の問題提起です。古いと言われることのある ものづくりは新しいソリューションを生み出していけるのでしょうか?

電気自動車以外でCO2を出さないクルマができるかという例で見てみましょう。

10年前は「無理でしょ。ハイブリッドでCO2を減らすところまでが精いっぱい」とか「燃料電池というのは聞いたことがあるけど」という程度でした。今はどうでしょう?

「燃料電池のMIRAIはもう2代目だよね」とか10年前には知る人がほとんどいなかった「水素エンジンのクルマが24時間耐久(レース)を走ったね」といった具合に様変わりしました。

次の10年は何が生まれるでしょう。その先もきっと生み出し続けるでしょう。本当に楽しみです。新しい可能性を生み出すものづくりは、間違いなく成長分野と言っていいでしょう。意志ある情熱と行動で未来の景色は変えることができます。

マスタードライバー・プロドライバー監修のクルマづくり

テーマはGRヤリスや水素エンジンの開発の具体的な事例へ移っていく。岡田CPOは日本のものづくりの底力と可能性について説明した。

ここからは、意志ある情熱と行動で、ものづくりが生み出す可能性をトヨタの中のリアルストーリーで紹介させていただきます。

まず、クルマの動力性能を生産現場でつくりこむという話です。GRヤリスの開発中に、マスタードライバーのモリゾウこと、社長の豊田とプロドライバーによってクルマのセッティングの注文がつきます。ここがクルマの味につながるポイントなのです。

マスタードライバーのモリゾウは、いわば高級レストランの総料理長です。お客様が来店する前の先味、食事中の中味、食後の後味にまで神経を配り、つくりあげます。クルマの限界を超えた評価は、隠された秘伝のタレと究極のダシを引き出すことを意味しています。

壊しては走る。壊れたところが強くなると、その次に弱いところが壊れる。この繰り返しと、マスタードライバーの体の中にある研ぎ澄まされたセンサーによって、計測器では測れない、頭で設計しただけでは出せない味をつくり出しています。

これは、総料理長、すなわちマスタードライバーのいないお店では絶対に出すことのできない逸品となります。

話を戻します。開発中のGRヤリスにマスタードライバーからついた注文。しかし、このクルマは一品料理のレースカーではありません。市販の量産車です。

いかにして量産ラインで実現するかを、開発陣や生産技術、技能員が一緒になって考え、工程で運動性能をつくりこむチャレンジが始まりました。

トヨタのクルマづくりを変えるGRヤリス

元町工場のGRヤリスラインでなしえたことを紹介します。

スポーツカーは高いボデー剛性が必要です。そのために、通常よりも多くの溶接打点を匠の技で打ち、接着剤も丁寧に塗っていきます。いずれも、普通の量産車ではできません。これによって高い剛性が実現します。

GRヤリスはクルマづくりを変える第一歩であり、これからさらなる量産展開のチャレンジフェーズに入っていきます。

こちらは、バランスの良いクルマのつくり込みです。部品には製造ばらつきがありますが、これをあらかじめ測定し、組み合わせた状態で最適となるものどうしを組み付けるという凝った技術です。これによって、車両完成状態での精度がベストになります。

以上が、クルマの運動性能が生産ラインでつくりこめるという紹介です。

水素エンジンは地道な挑戦の組み合わせ

次は、今話題の水素エンジンが地道な挑戦の組み合わせでつくり出されたという話です。

ガソリンが水素になり、さまざまな難しさが出てきました。エンジンの技術者や試作の技能員たちは一つひとつ乗り越える努力をしていました。

水素タンクはガソリンとは全く違う安全性が必要でした。ガソリンを筒内に噴射するインジェクターという部品はそのままでは使えません。これらは、立ちはだかった壁の一例にすぎません。それらをものづくりの力で乗り越えていきました。

サプライヤーの皆さんにも支えていただきました。これまでエンジン部品の加工で培ってきた技術をミクロン単位の穴あけを特殊加工で実現しました。

燃料噴射のインジェクターは、ガソリン(液体)から水素(気体)に変わることで発生する課題を材料や加工技術で克服しました。

続いて、内製のチャレンジです。燃費性能をつくりこむべく、加工技術、高い効率を生み出すモーターの組付け技術、安全性を約束する水素タンクの製造技術など、これらは、もともとはそれぞれのパワーユニットを磨き上げ、積み上げてきたものでした。

そして、これらの挑戦、努力によって、FCEV(燃料電池車)とエンジンのものづくり技術が組み合わさって水素エンジンはつくられました。

こうして生まれた水素エンジンのクルマでモリゾウこと社長の豊田が24時間耐久(レース)を走り抜き、世界に水素エンジンの可能性を実証することができました。

選択肢が広がることで、カーボンニュートラルでありながら、エンジンを必要とするお客様を笑顔にし、エンジンをつくる人々の仕事を守るという可能性の扉が開かれました。

これはクルマのみならず、内燃機関や燃焼を伴う装置を持つ乗り物や設備、すなわち産業全体の可能性の扉を開いたと言っても良いでしょう。

2035年のカーボンニュートラルを目指して

冒頭で紹介したように、一番のニュースになった「工場における2035年カーボンニュートラル実現」に触れられたのがこのパートである。

製造の工程別に見て、最もCO2を排出するのが塗装であり、次に鋳造が続く。会見では塗装工程における技術革新に加え、からくりなどの地道な改善も駆使してCO2を減らす取り組みについて紹介された。

次に、新たな時代に向かう先進のものづくりについてです。私たちはグリーンファクトリーを目指しています。カーボンニュートラルはものづくりを根本から見直す機会を与えてくれています。

2035年には工場がカーボンニュートラルとなるという目標を持って、さまざまなチャレンジをしています。

そのひとつにアイデアを駆使した技術開発があり、ここでは塗装技術を紹介します。

左右の映像を見比べていただくとその違いは歴然としています。静電気と回転というアイデアを組み合わせて、最少の塗料で、最大の塗布効率を狙ったものです。設備は小さく、電力も大きく減らすことができました。

次は、プレス成形と塗装を金型の中で完結してしまう技術です。これによって、先ほどの塗装工程そのものが不要となる可能性のあるトライ中の技術です。

シールで塗装レス

続いて、塗装をシールに置き換える技術です。シールをカスタマイズして特別なものにできたり、貼り替えて楽しむこともできます。

KINTOというサブスクリプションサービスがありますが、中古KINTO車をリノベーションし、ワクワクするクルマに仕立て直して提供することにトライしています。

中古とは思えない質感、あるいは他にはない外観や内装の提供など、お客様にとって自分だけの1台をお届けするのと同時に、循環型社会にも貢献していきたいと思っています。

機能面でのアップデートもしていくようになるのが先日発表したGRヤリス“モリゾウセレクション”です。

「からくり」こそ究極のカーボンニュートラル

次に紹介するのは、からくりです。からくりはギアやシャフトを組み合わせた無動力で動く装置のことです。

トヨタの本社工場には、TPS(トヨタ生産方式)基本ラインというのがあり、からくり仕様に回帰することで、センサーや制御機器を使わない自動機を知恵と工夫でつくり上げています。

正常に動かないと次の動作をしない、センサーに頼らなくても問題が分かるなど、人の感性と設備を育てています。

こちらは実際の設備です。パレットという部品の入れ物を入れ替える動作を無動力で行い、自動搬送台車と組み合わせることで無人化を達成する究極のカーボンニュートラル装置です。

先端技術とTPSのコラボレーション

最後に、先進技術とTPS のコラボレーションについて紹介します。

1つ目は、自動搬送についてです。トヨタでは、運ぶこと自体がムダ、運ばないことが出発点であり、この図のようにA点からB点に運ぶならば、レイアウトを変えて距離を縮め、荷量などの原単位を小さくし、最後に残った部分だけ自動化する。

この考え方は、Woven Cityの地下物流などにもつながっていきます。

2つ目は、AIを使った自動検査です。機械学習によって不良の検査を自動化し、省人化した例は世の中にもたくさんありますが、私たちは、ここで取り扱っている膨大なデータからそもそも不良をつくらない本質改善へとつなげていくことをゴールとしています。

3つ目のデジタルトランスフォーメーション(DX)、IoTですが、センサーをつけて、設備や生産ラインの状態が隅々までモニター画面で見えることには意味があると思います。

しかし、私たちには苦い経験もあります。IoTの波に真っ先に乗らんとやってみました。

しかしながら、そもそも改善とTPSの追求で設備可動率を98%まで上げてきているトヨタのラインで残されている最後の2%の問題は、人の力でしか解決できない本質的なものなのです。

トヨタには、「人を機械の番人にしない」という考えがあり、この2%の追求のためにも設備をシンプルにし、故障しない設備づくりを目指しています。

こうしたトヨタらしい人中心の考え方と DXIoTを組み合わせて、次世代の先進的な生産ラインをつくっていきたいと思っています。

ちなみに、ここに示したラインは、2019年にメキシコにつくった車両生産ラインです。

ものづくりへの熱い想い

スピーチの結びで語られたのは、入社以来、37年にわたって生産現場に関わってきた岡田CPOのものづくりへの熱い想いだった。

私は、ものづくりの世界で育ってきました。自分自身は不器用で、何をつくっても、そううまくはないですが、現場の仲間とともにする仕事が好きです。

若いころは、機械の作動油を頭からかぶったこともありましたし、現場の工長と、けんかもしました。ものづくりは私の人生そのものです。

そして今、DXやカーボンニュートラル、新しいチャレンジの波が押し寄せてきていますが、仲間とともにチャレンジできる環境にワクワクしています。

私たちトヨタにはグローバルに ものづくりの仲間がいます。そのような中で、まず日本でやってみる。失敗することもたくさんあります。資源のない、地震の多い日本ですから、何かと難しい環境でもあります。

しかし、私たちには、これを強みに変える力がありますから、日本で通用するものができれば、必ず海外でも通用すると思っています。頼りにもしてもらえると思っています。

その上で、海外の製造現場の実情に合わせ、またいい部分を取り入れて、応用し、展開していきたいと思っています。

そういうことの積み重ねで、地域、地域で幸せを量産する「町いちばんの自動車会社」になっていきたいと思っています。

今回の会見では、2035年にトヨタの工場でカーボンニュートラルを達成するというニュースがあったが、岡田CPOはそれ以上に、日本におけるものづくりの重要性や、未来への可能性の説明に時間を割いた。

実は会見の前に、岡田CPOは豊田社長からこんな期待を伝えられたという。

豊田社長

日本のものづくりや雇用への強いこだわりを持っていることを「時代遅れ」とも言われたりする。でも、絶やしてしまったら、日本という国にとって大きな損失になる。

生産部門は謙虚なのもいいけど、日本のことを考えて発信してほしい。ものづくりは過去のものではなく、成長産業であることをちゃんと伝えてほしい。若い人たちが憧れを持てるような。

今回の説明会、入社以来、ものづくりで育ってきたトヨタの生産トップは、自らが感じてきたものづくりの素晴らしさを愛情たっぷりに語っていた。

画面の向こうにいたのは記者たちだったが、岡田CPOは、さらにその先にいる未来のものづくりの担い手に向けて語りかけているようにも思えた。

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