「静観ではなく、行動を」 豊田社長が入社式で伝えたこと

2021.04.15

リモートで実施となった入社式。一人ひとりに届けられるメッセージだからこそ、豊田社長がこだわったことがあった。

豊田社長から未来を担う仲間たちへ

4月1日、トヨタの入社式が行われた。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、式典を行えずにいたが、今年はリモートで実施。同日付で迎え入れた新入社員と2020年5月以降に入社した中途社員の約1,100人が出席した。

大きな会場に人を集めて行う従来のスタイルの“代替案ととらえられがちなリモート入社式。しかし、話し手の表情や熱量が間近にわかるというメリットもある。

そんな式典でメッセージを贈った社長の豊田章男は「一人ひとりに向かって語りかけるものにしたい」と、普通の入社式なら言わないような、トヨタにとって耳の痛い話や経営課題もごまかさずに伝えた。

豊田は未来の話をするとき、必ず「原点」とセットで伝えている。これからの未来を担っていく新しい仲間たちだからこそ、自分たちがどこからやってきたのかを知ってもらいたい。そんな想いが伝わるメッセージをぜひご覧いただきたい。

メッセージ全文はこちら

“2人の先輩社員”のアドバイス

入社式は20分ほどで終了したが、豊田と、現場一筋・入社55年を数えるエグゼクティブフェローの河合満は、その後、参加者の代表との懇談に出席した。

参加者は、経歴も職種もバラバラの10人。新入社員も、中途社員も、さらには、トヨタ記念病院(愛知県豊田市)に勤務する医務職や、アスリートとして入社した社員もいるダイバーシティに富んだ顔ぶれとなった。

懇談会は、豊田と河合が今年の入社者からの質問に答える質疑応答形式で行われた。

“2人の先輩社員”はどんな苦労をして、困難にどう立ち向かってきたのか? 新たなキャリアをスタートさせる人たちのヒントにもなるであろう、やりとりの一端を紹介する。

「今日が退任かな…」と思い続けた社長業

――社長になって一番の苦労は?

豊田社長

社長に任命されたとき、ある人に「会社なんか、社長一人が代わったところで、どうということはない。しかし、社長の器で、会社全体の器が決まる」と言われました。

それが、とんでもなく不安で、自分のちっぽけさを感じました。50歳を過ぎている自分が、さらに器を広げるなんてどうしたらいいんだろうと。

そこで「社長になったと思うからプレッシャーを感じるんだ」と割り切りました。

私が社長になってから、一年たりとも平穏無事な年がありません。毎年、必ず何かある。

最初は赤字で会社を引き継ぎ、すぐ(リコール問題で)米国の公聴会に呼ばれた。そこではっきりしたのは、自分自身は社長である前に“責任者”だということです。解答のないものでも、決断をすることが私の役割だと感じました。

社長というと“えらい人”と思われますが、えらいと思ったことは一度もない。社長になったときに自分の口から出てきたのは「現場にいちばん近い社長でありたい」という言葉でした。

“えらい人”と言われるように、やっぱり社長は“権力者”だと思われています。でも、(大切なことは)その力をどこに使うか。

世の中には、努力しているけれどなかなか報われない人がいます。頑張っている人たちが報われるところに、自分の影響力を使えるという意味では、この肩書きはいいのかなと思っています。

そして、結果として、11年、社長をやっていますが、私の社長業は、「今日退任かな」と思う日々の連続でした。

(だから)「この一瞬をしっかりやっていくぞ」という想いで、責任者としての発言、行動をとり続けた結果が11年になっているわけで、決して、安泰ではありませんでした。

話は質問から少し離れ、トヨタの“思想”へ。豊田から新しい仲間たちへ、トヨタで働く上で忘れてほしくない基本姿勢が伝えられた。

豊田社長

トヨタという会社は“技”と“思想”でトヨタらしさを伝承していく会社だと思っています。

“思想”というのはトヨタ生産方式(TPS)。ここにもあるように、昔は織物機を使うにあたって、1台に1人、機械の前に立っていました。

それはなぜか。糸を補充しなければならないし、糸が切れないか機械を見張ったりしなければならないからです。

糸が切れたら止まり、糸がなくなったら補充するという作業をこの機械はセンサーなしでやっています。これをほぼ小学校しか出ていない佐吉少年(後にトヨタグループ創始者となる豊田佐吉)がつくったんです。

もう一つ。機を織るところは綿ぼこりが出ます。そのせいで、そこで働く従業員は肺を患ったりしていたりしました。さらに、糸を穴に通すためには、糸を吸わなければならず、ますます肺が悪くなる。それを解決したのが1つの特許なんです。

我々が学ばなければならないことは、現場に立って、現地現物で困りごとを直すということそれを、トヨタの開発の出発点にすべきということです

それが、トヨタで言う“にんべんのついた自働化の出発点であり、思想だと思います。

「諦めない自分がいたから今がある」

――困難に直面したとき、どのように立ち向かうべきか?

豊田社長

困難があっても、びっくりしないこと。世の中、そう簡単にすべてがうまくいかない。

でも、今までの人生で簡単にいかなかったこともあったでしょう? だけど、諦めない自分がいたから今があるんだと思います

困難はあるよ。あるから、友人とか、家族がいるんでしょう? 頼りにならない上司もいるかもしれないけれど、頼りになる上司もいる。頼りにならない部下もいるかもしれないけど、頼りになる部下もいる。

全員がそう(頼りにならない人たち)じゃないから、自分自身が「大したことじゃない」と思って、いろいろあることを楽しみだと思った方が良い

なんて言いながら、僕はすごくネガティブな人間。でも、いろいろあるのが人生だと思っています。

河合おやじ

困難はたくさんあったけれど、何事も全力で一生懸命取り組むこと。結果がどうであれ(構わない)。

僕は、上司に「お前もうちょっとな…」と指摘されても、腹の中でいつも「能力を見抜けずに、期待したあんたが悪い」と思ってきた。

僕がいつもみんなに言っているのは、「一人ひとりの能力を見抜け」ということ。自分が部下を使うとき、一人ひとりの知識や能力などをしっかり見抜いて、ちょっと上の目標を出してあげないと。一律に出してもムリ。

簡単に目標を到達できる人がいれば、一生懸命努力してもなかなか行きつかない人もいる。

これから困難はいっぱいあると思うけれど、そのたびに強くなるから。何かあっても、「あのときに比べたら」と思えるから。

「アスリートには生き様を見せてほしい」

――トヨタのスポーツ選手に求めることは?

豊田社長

トヨタの場合は、プロリーグに東京アルバルク(バスケットボール)、名古屋グランパス(サッカー)があります。企業スポーツとして、運動部は全部で40近くあります。

プロであれ、運動部であれ、スポーツ選手の旬はほんの一瞬なんです。その一瞬に最大限のパワーを発揮するために、相当ストイックな生活をしているはず。

そのときに集中できるように、「現役が終わったからさようなら」ではなく、指導者や協会の仕事に就いて、運動そのものをサポートしたり、オリンピックを通じて運動に関する社会貢献をしたりといった、セカンドキャリア、サードキャリアを用意しています。

スポーツはいい人材育成のスタイルだと思うし、私自身、スポーツに打ち込んできました。アスリートには、生き様を見せてほしい。そこには人生の凝縮したものがあると思います。

ミスを恐れずにチャレンジするというのも一つの生き様。アスリートに求めるのは、勝ち負けだけではなく、その世界で勝つために何をしているかその生き様を見せてほしいと思います

河合おやじ

僕は、ずっと女子ソフトの顧問をしている。激励しに行ったときにみんなに言うのは「こんなにいいグラウンドで毎日練習できて、こういう(競技に専念できる)環境に置いていただいていることに感謝しなくてはいけないよ」ということです。

その恩返しは、一球一球、一つひとつを全力でプレーすること。それを社員の人たちが見て、「あんなに頑張っているんだ」と勇気、感動、元気をもらって「選手を応援するぞ!」と思う。(選手と職場の)双方が感謝の気持ちでやるということが大事

特にアスリートの人は、外から見られるので、そういう姿勢を示すことが大切だと思います。

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