トヨタイムズ

道をつくり、クルマを鍛える──ランクルマイスターが語る、もっといいランクルづくりとは【後編】

特集 2021.10.22 UPDATE

INDEX

世界中の悪路を再現させたFコース

士別試験場Fコースは、複数の周回路に幾重にも囲まれた場所にある。今回、取材のため特別に公開されたのはごく一部。コースへといたる連絡路の脇は、針葉樹や白樺の林に覆われていて、そこらここらでエゾリスが姿を現す。そんな自然豊かな場所でもある。やがて石切り場のようなすり鉢状の、だだっ広い場所にたどり着いた。ここがFコースの始点だ。

テストドライバーと主査であり、ランドクルーザー開発における師弟でもある福岡氏(右)と小鑓主査(左)

ランドクルーザー70系で走り出した福岡孝延氏と小鑓貞嘉主査は、「ちょっと砂利が増えましたかね」「そうだね」と言葉を交わす。というのも、素人目には未舗装の駐車場のように見えるスペースは、春先にはロシアの泥濘路面、ツンドラの凍土が溶けて出現するような深いぬかるみ路面になるもので、整土された砂利との境界線を確認していたのだ。

「ここでテスト中にドライブシャフトを何本、ねじ切ったか分からんですよ」と小鑓主査。その後、二人は路面の状態を確認すべくコースに入っていった。

「まずはキャメルバックと呼ばれるモーグル路から行きましょうか。ここは主にサスペンションストロークや駆動力のかかり方を確認するところです」

ステアリングを握る福岡氏はこう述べると、クルマを静止させトランスファーをローに切り替え、ブレーキペダルを踏んだまま1速につないだ。駆動力はつながっており、たとえていえばオートマチックトランスミッションのクリープのような微弱なトルクを、ブレーキで抑え込んでいる状態だ。アクセルを踏めば力強いパワーを発揮するだけでなく、オフロード走行領域ではかくも繊細なトルクコントロールが可能となる。「それがランクルなんですよ」と、福岡氏はサラリと言う。

キャメルバック(ラクダの背)と名づけられたモーグル路

キャメルバックの一つひとつの山は、ボンネットの位置よりも高く、奥に行くほど高さを増す。当然、それぞれの谷も深く、ライン取りを間違えればランプ・ブレーク・オーバー・アングル、つまり前後輪間でサイドシルを打ちつけて、ドアが開かなくなる。

「これはオーストラリア南部、シドニーから内陸に入った辺りでよく見られる路面で、柔らかい土の間を雨水が流れて自然にできるんです。このような道を何百キロも汗だくになって走るのが楽しいんですよ」と福岡氏は笑みを浮かべる。

二つの山の中腹で踏んばるように、谷間を常に左右輪の間におき、先の先へと、モーグルの大きさや傾斜を巧みに読みとりながら、福岡氏は前後左右に車体を揺すらせる。ステアリング操作はスローで丁寧だ。後から写真を見て確認したのだが、キャメルバックでのランドクルーザー70系のリジッド式サスペンション*は、左右に踊るように車軸ごと対地障害角度を変えながら、見事にストロークして4輪を接地させていた。

*左右のタイヤが車軸でつながっているタイプのサスペンション。構造がシンプルかつ堅牢で悪路に強い

激しい凹凸のある斜面を上るランドクルーザー70系。サスペンションがストロークしてタイヤが確実に路面を捉えている

キャメルバックの次にはこの日、最初の登坂路が控えていた。柔らかい土の斜面に一時的に水が強く流れてできた地形という点ではキャメルバック同様だが、凹凸が不規則で深い。下から望むと、素人目には道にも見えない、荒れた斜面の涸沢のようだ。ここもサスペンションストロークとトラクションを試すエリアだが、傾斜がきついため、キャメルバックよりシビアになる。

福岡氏

これは未舗装の山道なら、世界中どこにでもある路面です。傾斜はスキー場で一般的に中急斜面といわれる25度ぐらいですが、今日は湿っているのでちょっと滑りますね。

この状況で福岡氏は基本的にゆっくりアクセルを踏み続けながら、スリップを感知したらアクセルをやや踏み込んでから抜く。アクセルを踏んだままではスリップし続ける。だが踏み込まずに抜くと今いる位置から少し下がってしまう。踏み込んでから抜くと、トルクがゆっくり減少する中、どの辺りでグリップが回復するのかを探ることができ、わずかでも地面を掴み直したら、再びアクセルをじわりと踏み込むのだ。

タイヤのサイドウォールまで使い切るのがオフロード走行の基本

続いて挑んだのは、「Vモーグル登坂路」だった。ここは急な傾斜路の中央がV字にえぐれているため、タイヤの接地面が左右方向に分散されるので、横方向のトラクションを確かめる場所だという。

福岡氏

これはアメリカのユタ州モアブによくある地形ですね。あちらは赤い岩場なのでここの土よりタイヤはグリップしやすいけれど、急傾斜が延々と続くから、ちょっと踏み外すだけでクルマごと転げ落ちちゃうんです。

Vモーグル登坂路。タイヤのサイドウォールを使ってトラクションをかけていることが分かる

雨上がりに傾斜地の表面だけが乾いたことで路面がもろかったせいもあり、さしもの福岡氏もこの登坂路は踏破が難しそうな様子だ。ところが福岡氏は何度か切り返して、車体をできるだけ傾けると、ついに前に進んで上り出した。時にわずかにスリップするも、絶妙のアクセルワークでランドクルーザー70系を停止させることなく、斜面の上まで上りきった。後でクルマを降りてタイヤを見ると、サイドウォールの膨らみの頂点あたりまで、土をかいた跡が残っていた。

福岡氏が自らV字路に戻りタイヤの軌跡を指し示してくれた

「オフロード走行の基本は、タイヤを最大限に使い切ることですから」と言う福岡氏が、後で自ら説明してくれたタイヤの軌跡は、V字路にエッジを利かせたような、スキーのシュプールを彷彿させる跡だった。それを見た小鑓主査が「これ、写真に撮っておいてもらえませんか」と、口にしたほどの職人技なのだった。

「横方向のトラクションという意味で、もうひとつ4駆には必須の性能を確認できる場所があります。高さのある岩に、サイドウォールを押し当ててよじ登るんです」

岩の垂直面に対し、前輪のサイドウォール面が十分に接するよう、福岡氏は車体を寄せた。そして何度かボンネットを大きく上下させてアプローチを試みるが、この日ランドクルーザー70系が履いていたタイヤはサイドウォールにパターンがないタイプで、岩の上面を踏みしめるまでにはいたらなかった。

岩の垂直面にサイドウォールを接地させて岩を乗り越えようとする福岡氏。タイヤを最大限に使い切ることがオフロード走行の基本だという

福岡氏

このタイヤはサイドウォールが柔らか過ぎて、押しつける圧力に負けて登り切らなかったですね。でもタイヤが岩を踏み外すときに、サイドウォールを傷つけることもあり得るので、そんな場合のダメージがどのようなものか、確認することもできます。アフターマーケット用には側面にもトレッドパターンが刻まれているタイヤがありますが、空力上不利なので今は燃費や認証の関係で標準採用は難しい。だから今後は、さらに優れたオフロードタイヤを開発しないといけませんね。

ランドクルーザーにも、クルマ単体ではどうにもならないことはある。福岡氏は挑みはするが、限界に当たったときはその事実を受け止める。

福岡氏

世界中のランドクルーザーのお客様がそうであるように、自然を前にしたときにはどうしても、先に進むためにあえて岩などの障害物に当てていかなければならないようなケースがあります。そういう場合、クルマへのダメージが最小限で済むようにつくられているのがランドクルーザーです。とくに下回り、サスペンションアームですとかトランスミッションのプロテクターやアンダーカバーなどは衝撃を受けることを前提につくられています。

テストドライバーに必要な素養と後進の育成

ウェットモーグル路。本来はウェットでテスト走行する

そんな苛酷な状況を再現したかのようなコースが、最初のキャメルバックよりコブの間隔が不規則で狭く、あまつさえ登り坂になっている、ウェーブモーグル路だ。福岡氏によれば、「ここはウェットモーグルでもあり、路面が濡れていることが前提です」とのこと。

ウェットではタイヤがさらに滑りやすく、ラインどりもアクセルワークも難しくなる。ちなみに、クロールコントロールやアクティブトラクションコントロールなど電子制御デバイスを備えた100系以降のランドクルーザーの場合、ドライバーはステアリング操作だけに集中できる。福岡氏が開発の一端を担ったこうした電子制御デバイスは、厳しい環境で暮らす世界中のお客様の安心・安全な移動を支えていると言えるだろう。

小鑓主査

Fコースには、およそオフロードといわれる路面の、あらゆる要素が入ってます。実際に自然のままのようでしょう?でも自然は甘くないので、ここで試走を重ねて壊して、限界を知っておくことが大事なんです。

小鑓主査の言葉を象徴するように、十分なサスペンションストロークを誇るランドクルーザー70系ですら、コブとコブの間では1輪、もしくは2輪が完全に地面から浮いてしまう。そんな状況でも、福岡氏は目の前にあるコブや谷間だけでなく、先々の地形やラインを読んで、トラクションを確実に路面に伝えながら、この難路を進んでいく。

登り坂の上から撮影したカットだが、車両の下回りがこれだけ見えることに留意していただきたい

この日は他に、目の前に立つと壁のように見えるほど急な42度の登坂路や轍の急傾斜、石が不規則に突き出た路面なども走ったが、林の奥には、さらに難易度の高いトレイルコースがあるという。まるで自分の庭を紹介するようにFコースを走ってくれた福岡氏に、撮影と取材はこれで十分ですと伝えると、「もう走らなくていいの?」と、残念そうにしていたのが印象的だ。オフロードを走るのは仕事ではあるが、心底楽しんでいるようだ。

Fコースは、これまでは海外に行かなければできなかった悪路走破性を鍛えるためのコースだが、信頼性、耐久性、悪路走破性において絶対に旧モデルを上回らなければいけないことを意味する「現行同等以上」を実現するため、あらゆるコースが世界中にある実際の道よりも少しシビアに設定されている。逆に、Fコースで試せないものはあるのだろうか?

まさに神業ともいえるドライビングテクニックで難コースを冷静にクリアしていく福岡氏

小鑓主査

それは砂漠の路面ですね。砂漠によって砂の質は異なりますが、同じ砂で、気温・湿度などが同じ条件でないと再現できませんから。たとえば中東の砂漠のようなサラサラした砂は、国内にはありません。そういったテストは、やはり海外に開発車両を運び出して実践するしかありません。

福岡氏

実は熱帯地域にあるような、岸辺に植生のある川もつくろうとしたんですが、敷地内に水をとり回す関係で実現が難しかった。そうした川にはワニが生息していることが多く、実際にテスト走行中にも出くわすことがあるのですが、ワニだけなら仕込めます、といわれました(笑)。

小鑓主査

ここを難なく走れるように仕上げられれば、クルマとしてはランドクルーザーの要件を満たしていると言えますが、テストドライバーの能力は運転の技量だけではありません。先ほど、福岡さんはカイゼン能力がずば抜けていると話しました。社内ではオフロードの運転技能を資格化して後進の育成に取り組んでいますが、運転技量だけでは車両開発はできない。例えば制御系では電子的な領域に着手する前に、それこそテスト車両に手づくりで制御の機構を組み込んでシミュレーションする必要があるんです。

そうしたことを手がけられる、モノづくりを軸にした人材育成もしなければなりません。TOYOTA GAZOO RacingROOKIE Racingではレースの現場でモノづくりにつながる取り組みが実践されていますが、オフロードの方ではまだなかなかできていないですね。

”ミスターランクル”こと小鑓主査と、“ランクルマイスター”こと福岡氏。ランドクルーザーのさらなる進化のため、取材後も走り込みを続けていた

福岡氏

私もそう思います。自分なりにカイゼンの能力を養うトレーニングはしてきました。このクルマのどこをどうカイゼンするか、念頭においてテストに集中する。でも大抵のテストドライバーは運転に集中するばかりで、カイゼンについて考えるのが二の次になってしまうんです。

小鑓主査

GRの凄腕育成も運転技能だけに特化しないよう、ドライバー評価の方向性を変えましたからね。ランドクルーザーの場合も、そうしたことができる人財を持続的にどう育成していくか? そこを考えていく必要がありますね。

道はクルマと同様に人を鍛えるもの。だが、「どこへでも行き、生きて帰ってこられる」ことがランドクルーザーの変わらぬ使命であり、開発陣の想いでもある。Fコースは、テストコースでありながら、福岡氏の丹精した庭のようでもあった。今後、ランドクルーザーが世界中のユーザーのためにどう進化していくかは、Fコースで同車の走りを鍛えていく次世代に委ねられているのだ。


福岡孝延 Takanobu Fukuoka

1971年、トヨタ自動車入社。第3技術部車両試験課に在籍し、センチュリー、セリカ・カリーナ、EV車など乗用車の実験・評価を担当。1982年からブリザード、ランドクルーザー60708090100105120150200系の実験・評価を担当。2016年、トヨタ自動車を定年退職し、同年10月、トヨタテクノクラフト(後のトヨタカスタマイジング&ディベロップメント)に入社。ランドクルーザー300系の先行開発に携わる。2021年、ランドクルーザーの開発契約終了。現在、JAXAとトヨタが共同研究を進める有人与圧ローバ「ルナ・クルーザー」のテストコース造成および走行性能確認テストを進行中。

小鑓貞嘉 Sadayoshi Koyari

Mid-size Vehicle Company MS製品企画 主査。1985年、トヨタ自動車入社。第1技術部に在籍し、ハイラックス およびランドクルーザープラドのシャシー設計を担当。1996年からは、トヨタ第3開発センターにて製品開発を担当、2001年よりランドクルーザーと、 新型フレーム系プラットフォームの製品開発に、主査として従事。 2007年、トヨタ第1開発センターのチーフエンジニアとなり、現在 ランドクルーザー70系、ランドクルーザープラドの開発に携わる。

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