トヨタイムズ

チーフエンジニアに聞く、欧州で評価された理由

香川編集長 2021.04.05 UPDATE

INDEX

「ヤリスが欧州 カー・オブ・ザ・イヤー2021を受賞した!」

2021年3月、そんなニュースが飛び込んできた。欧州 カー・オブ・ザ・イヤー(以下欧州COTY)は、1964年創設という長い歴史と伝統を誇り、欧州における自動車関連の賞としては最高の栄誉のひとつ。ヨーロッパ22カ国のモータージャーナリスト59名が、投票によってその年最高のクルマを決める。

欧州のジャーナリストたちが選ぶ賞だけに、やはりドイツやフランス、イタリアといった地元メーカーのクルマが強く、60年近い歴史の中で、その頂点に日本車が選ばれたのは、今回を含めわずか5回のみ。実際、今回も最終選考の7台に残ったのは、ヤリス以外はすべて欧州車だった。そんな中で発表された2021年の欧州COTY。だがフタを開けてみれば、百戦錬磨のジャーナリストたちが選んだのは、ヤリスだった。トヨタ車としては、2005年の「プリウス」以来、実に16年ぶりの快挙だ。

なぜヤリスは欧州COTYを取れたのか。どんなところが高く評価されたのか。それを知るために、森田記者が取材した。

最初に話を聞いたのは、当時、ヤリスのチーフエンジニアを務めていた現GRカンパニー GRZチーフエンジニアの末沢泰謙氏。ヤリス開発の責任者であった末沢氏は、今回の受賞をどう受け止めているのだろうか。

欧州の道がヤリスを鍛えた

欧州COTYの受賞が発表されたのは、日本時間の早朝だった。現地からの連絡を聞いた末沢氏は「もう飛び上がりましたね」と振り返る。普段なら皆寝ている時間だが、さすがにこの日ばかりはメールが飛び交い、大盛り上がりだったようだ。

森田
7つに残り、最後はトップですよ。

末沢
いやあ、もう飛び上がりましたね。もう夜中というか早朝でしたが、現地から連絡があって、信じられなかったですが、飛び上がりました。社内でもメールが飛び交い、「やったー、やったー」とすごく盛り上がりました。

森田
末沢さんのところにも、おめでとうという言葉が届いたんですか。

末沢
そうですね。おめでとうと言われましたし、僕からもおめでとうですし。チーム一丸で勝ちとった賞ですから、誰がとったとかではなく、現地(TME:トヨタ モーター ヨーロッパ)にもありがとうですし、皆さんに、ありがとうです。

あくまで謙虚に受賞の瞬間を振り返る末沢氏だが、きっと心の中には言葉に表せないほどの喜びと大きな達成感があっただろう。何しろ、この栄冠を勝ちとるまでには、末沢氏と開発チームの並々ならぬ苦労があったのだ。

その苦労のひとつは、欧州という土地で認められることの難しさだ。ヤリスは、トヨタが世界で販売するグローバルモデルであり、欧州における基幹車種でもある。そしてヤリスが位置する、いわゆる「Bセグメント」と呼ばれるコンパクトカーの市場は、各メーカーが総力を挙げて製品を投入する激戦区でもある。例えばフォルクスワーゲンのポロ、ルノーのクリオ(日本名:ルーテシア)、プジョーの208といった手ごわいクルマたちが、ライバルとなる。

現地で生まれ育ち、その価値観や考え方から生活習慣まで知り尽くした欧州メーカーを相手に回し、欧州のお客さまから愛され、選ばれる商品をつくる。一方で、日本車として、国内でも使いやすくお客さまに満足していただけるクルマでなければならない。それが末沢氏に課せられた使命だった。

森田
日本のカー・オブ・ザ・イヤーではなく、欧州COTYを取ったという点には、どんな意味があるのでしょうか。

末沢
日本もそうですが、ヨーロッパのお客様にもしっかり満足いただけるように、現地と一体になってクルマづくりを進めてきましたので、その願いがかなってうれしかったですね。

そこで大きな力となったのが、これまでコツコツと欧州で積み上げてきた実績、そしてTME(トヨタ モーター ヨーロッパ)や、現地販売店のメンバーたちだった。

森田
トヨタは日本の自動車メーカーで、ヨーロッパには現地の自動車メーカーがいる中でトップを取った。ここについてはどうお考えですか。

末沢
ヤリスは初代からフランスで生産していますし、現地の営業の皆さん含めたローカルメンバーからの意見も大きく商品に反映しています。そして、実は私もヨーロッパに駐在経験もあります。ヨーロッパのお客さまの好みにも合うように100%つくってきましたので、そこに妥協はなかったです。

森田
正しく評価してくれた、と。

末沢
はい。ありがたかったです。欧州は道も使われ方も非常に厳しいのですが、走りもそれに見合うようにつくってまいりました。一方で今は環境性能も大事ですが、トヨタはハイブリッドで世界トップの実力がありますので、そういうバランスの良さが評価されたのだと思います。

欧州には、石畳の細い道から速度無制限のアウトバーンまで、さまざまな道がある。路面状態が悪い道も少なくない。そんな道を、高い速度で長距離移動するのが欧州のお客さまだ。「道が人を鍛え、クルマを鍛える」という「もっといいクルマづくり」のコンセプトの通り、まさにヤリスは欧州の道に鍛えあげられた。

ではヤリスの何が欧州で評価されたのか。末沢氏は、「総合的なバランス」だという。欧州では、気持ちよく走れるのは大前提。その上でハイブリッドの燃費や環境性能も両立した。それだけでなく、安全面、デザイン、そして多くの人が買いやすい価格など、あらゆる面でバランスが取れていることが評価された。

森田
特にどこが評価されたことが受賞につながったとお考えですか?

末沢
どこがというより、やはり総合面だと思います。欧州COTYの(審査員を務める)ジャーナリストの方々のコメントも拝見しましたが、「非常にバランスがいい」という評価をいただきました。

どうしても欧州では走りが大事ですが、一方で燃費環境性能も考えていかなければなりません。あるいは、安全も大切ですよね。欧州の非常に厳しい「ユーロNCAP」という自動車安全アセスメントにおいて、ヤリスは新しい評価基準になってからBセグメントのハッチバックとしてはじめて、最高評価の5つ星を獲得しました。さらに販売価格、デザイン、質感、装備など、このクルマはすべての点でバランスが、高い次元で取れていることが評価されたと思います。

また、モリゾウさん(豊田社長)の欧州での知名度も大変高いですし、TMEの皆様の活動はもちろん、大変走りのいいGR YARISの波及効果が大きいのは間違いないです。

森田
それは開発段階から目指していたことですか。

末沢
そうですね。将来の市場の動きを捉えながら、高い目標を目指していこう、ということでメンバー一同で開発を進めてきました。妥協なく、取りこぼしなく目標どおりの形で発売できたことが、ありがたいですし、今の成功につながっているのだと思います。

森田
目標どおり、達成できたと。

末沢
正直、何一つ取りこぼしなく高い目標を、すべての関係者の皆さんが達成してくれたと思っています。

総合というのは、決してすべてが無難という意味ではない。もしヤリスが無難にまとめられたクルマだとしたら、欧州で最高評価は取れないはずだ。走り、環境性能、価格、デザイン、装備など、一つひとつのポイントについて妥協せず突き詰めたこと。それが、欧州COTYの受賞につながった。

1年延期という苦渋の決断

クルマの開発は、走りを優先すれば環境性能が低くなったり、安全性を優先すれば、重くなったりと、二律背反がたくさん起こる。だが高いレベルを実現するには、どちらも諦めることなく上手にバランスをとることが求められる。

「なぜ、そんな難しいことができたんですか」という森田記者の質問に、末沢氏は開発時に豊田社長が下した、大きな決断を挙げた。それは、ヤリスの発売を1年延期するという決断だ。

末沢
1年遅らせているんです。本当に最初のころで、私も非常に申し訳ない思いとつらかったのを覚えています。最初に高い目標を掲げましたが、(実現するには)クルマが重くなってしまったり、原価が高くなってしまったりと、このまま先に進んでいいんだろうかという時期がありまして。

ヤリスが使用する予定のGA-BプラットフォームやTNGAユニットは、その時点で重く、目標とする原価に届いていなかった。(詳細は「今まで語られなかった「ヤリス発売1年延期」の真相」を参照)だが、クルマの発売時期はそう簡単に動かせるものではない。日本やフランスの生産工場の稼働から国内外の販売店の経営まで、その影響は世界規模に及ぶ。だが悩みに悩みながらも、豊田社長は「もっといいクルマづくり」のために、1年の発売延期を決断した。

小型車向けTNGAプラットフォーム(GA-B)
小型車向けTNGAプラットフォーム(GA-B)

1年の猶予は、一方で、末沢氏をはじめ開発チームのメンバーには計り知れないほどの重圧を与えたことだろう。特にヤリスは、当初の計画通りだとしても約8年ぶりのモデルチェンジという長寿モデルになっていたから、延期の判断は重い。だがチームは与えられた1年を最大限に活用し、掲げた目標の達成のために全力を尽くした。その結果、徹底した軽量化と原価低減に成功。チーム一丸となった取り組みが結実した。

森田
クルマの世界で発売を1年遅らせることが、いかに大変なことかというのは、過去の取材からも分かりますが、プレッシャーはありましたか。

末沢
そうですね。日々忙しくメンバーたちとワイワイガヤガヤやっていましたので、確かにプレッシャーと緊張の連続ではありましたが、頂いた1年を大切に使い、新しく決まったラインに向けてしっかりやろう、ということで、メンバーの皆さんと苦しくも楽しく進められました。

森田
今回の欧州COTY受賞で、(1年延期という)判断が正しかったことが証明されたわけですね。

末沢
はい、間違いないと思います。

ヒエラルキーを見事に崩した

2019年、豊田社長は下山のテストコースでヤリスの開発車両に乗った。そのときの様子は、トヨタイムズでも映像とビデオでレポートしている(変わる「もっといいクルマづくりの原点」 ~下山 開発車両試乗記(ヤリス編) )。

ヤリス開発車両に試乗する豊田社長

1年の発売延期を経て、なんとか完成形までこぎ着けた新型ヤリス。豊田社長が試乗したときのことを、末沢氏は「走りを認めていただいてありがたかったですし、実現してくれたメンバーのおかげですので、感謝でいっぱいになりました」と振り返る。実際に当時の映像を見ると、運転席で豊田社長は終始笑顔。「上質感」「ひとクラス上」「いろんな道を一緒に走っていたい」と、チームが出した大きな成果を認め、たたえる言葉が次々と飛び出した。

森田
このとき、末沢さんは後ろに乗られていましたね。

末沢
はい、乗っていました。

森田
緊張しましたか?

末沢
はい、ただ、マスタードライバーであるモリゾウさん(豊田社長)には、とにかく乗ってもらいたかった思いは強かったです。結果、とにかく走りと商品を認めていただいたので本当にありがたかったですし、実現してくれたメンバーのおかげですので、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

映像でご覧になったと思いますが、乗り始めからモリゾーさん(豊田社長)、当時の吉田副社長も、みんな笑顔ですよね。ずっと笑顔で過ごすことができて、「やっぱりいいクルマだな」と、改めて実感しました。

クルマを降りた豊田社長が語ったのが、「ヒエラルキーを壊したい」という思いだった。クルマには小型、中型、大型というヒエラルキーがあり、大きいほど高級だというイメージがある。新型ヤリスの開発に当たっては、誰もが持つそんなイメージを覆し、「小さいけど魅力的」「所有していることが誇らしい」というクルマを目指したという。そのときのコメントを引用しよう。

豊田
大きいクルマは高級、小さいクルマは安い。クルマにはそんなヒエラルキーがあると思います。ヤリスは小さなクルマです。だからアフォーダブル(手頃な価格)であることは大切です。

でも、ヤリスに乗るお客さまをチープな気持ちにはさせたくない。「カッコよくて魅力的なクルマに乗っている」。運転席に座る人がそう感じられるクルマを目指しました。それを小さくアフォーダブルに作ることが我々のチャレンジです。

だからこそ、ヤリスには最新の安全技術や、最新のハイブリッドシステムが搭載されている。通常、新技術はクラウンのようにヒエラルキーの上にいる大型車、高級車から採用されるもの。だが、今回は「そういうヒエラルキーは見事に崩した」と末沢氏は胸を張る。多くの人が乗るクルマだからこそ、最新技術をアフォーダブルな価格で盛り込めたことには大きな意義がある。

森田
トヨタにとってヤリスはどういう存在ですか?

末沢
こういうコンパクトなクルマは、ずっと必要だと思います。取り回しが良く、気持ちよく走れ、価格的にもお手頃。そして、こういうクルマにトヨタの最新の安全技術や燃費・環境技術などを盛り込むことができた、あるいは盛り込むと判断できたことは、本当にすばらしいことだと思います。これが継続できれば、トヨタのコンパクトカーはますます盛り上がるんじゃないかなと思っています。

1年の発売延期という苦しい時期を乗り越え、欧州COTYで見事に最高評価を勝ちとったヤリス。欧州の厳しい道にクルマが鍛えられたように、数々の逆境や苦難にもがき、苦しんだからこそ、最初に掲げた高い目標を上回るほどの成果を上げることができた。末沢氏は、かみしめるようにこう振り返った。

末沢
正直つらかったですが、そのつらさがあって今があると思っています。自分自身やメンバーの皆様が成長できましたし、ありがたかったです。

RECOMMEND

ヤリスを生んだ、東北のモノづくり

欧州で最高評価を得た新型ヤリス。その裏には震災復興への豊田社長の想いと、東北のモノづくりの力があった

2021.04.09 UPDATE READ MORE

トヨタの技術トップが、東北で感じた再エネの可能性

日本でも、再エネを主力電源に?震災から10年、トヨタの技術トップが東北で目にしたものとは...。

2021.04.14 UPDATE READ MORE

「日本のクルマづくりを支える職人たち」第1回 木型職人 剣持正光

自動車業界を匠の技で支える「職人」特集。第1回はモータースポーツエンジンも手掛けた「木工の匠」に話を聞く

2021.03.31 UPDATE READ MORE