トヨタイムズ

過去から未来へ。壮大な実証都市が目指すもの(後編)

香川編集長 2021.03.18 UPDATE

INDEX

前編ではWoven Cityの地鎮祭と、その背後にある東富士工場の歴史を取材した香川編集長と森田記者。そこで香川編集長から出た指令は、「トヨタの未来を取材せよ」だった。というわけで、トヨタイムズの新人、森田記者は日本橋にあるWoven Planetを訪問。そこでは、トヨタならではのやり方で「未来」の探求が進められていた。

2020年まで、ここはTRI-AD(Toyota Research Institute - Advanced Development) という会社であった。香川編集長も2019年11月に取材で訪れ、トヨタの最新の自動運転技術開発と実装についてレポートしている。

森田記者は日本橋にあるWoven Planet Holdingsを訪問

2020年7月、TRI-ADは、持株会社Woven Planet Holdingsの傘下に自動運転技術を手がけるWoven CoreWoven Cityなどトヨタの新たな事業領域を担当するWoven Alpha2社を配置する新体制への移行を発表。そして20211月、幅広いパートナーに戦略的に投資を行う投資ファンドのWoven Capitalと合わせ、いよいよ新体制が始動した。なぜ、体制を改め、Woven Planet Groupをつくったのか。CEOのジェームス・カフナー氏は、こう説明する。

カフナー
「Woven City」プロジェクトをTRI-ADが引き受けることになり、これは組織を拡大するタイミングだと思いました。“幸せを量産する会社”になるための拡大です。

Woven Planet Holdingsの組織図

つまり、単に自動運転だけでなく、トヨタの未来を切り拓く役割を担う存在となるための新体制、それがWoven Planet Groupなのだ。いや、トヨタの未来だけではなく、世界全体の未来をつくっていきたいと考えているのかもしれない。なにしろ社名から「トヨタ」の文字が外れ、Planet(惑星)という言葉が使われているのだ。

カフナーCEOと、同社Senior Vice Presidentである豊田大輔氏の案内で社内の取材を開始

この会社の中で、一体どんなことが行われているのだろうか。森田記者は、カフナーCEOと、同社Senior Vice Presidentである豊田大輔氏の案内で社内の取材を開始した。

ハードウェアより先にソフトウェアを開発する

道路標示が描かれたオフィスのフロア

道路標示が描かれたオフィスのフロア。これは単にシリコンバレー流の雰囲気のためだけでなく、Woven City Managementチームをサポートする意味合いもあるという。この標示を使って自動運転ロボットが走り回るようになるのだろうか。

パーティションとして使われているインテリアは枯山水風のあしらい

パーティションとして使われているインテリアに目が留まる森田記者。枯山水風のあしらいがされている。これは、実は東富士工場にあった石を持ってきてつくったという。Woven Planetのオフィスづくりにも携わる原田知佳氏のアイデアだ。

ここで森田記者は率直な疑問をカフナーCEOにぶつける。これまでトヨタは、世界中で「もっといいクルマ」をつくり、提供してきた。だがWoven Planetが手がけている内容は、そんなトヨタの従来の事業とはかけ離れているようにも見える。一体何を目指しているのだろうか。

カフナーCEOの答えは、こうだ。これからの時代、お客さまにさらなる価値を提供するには良質なハードウェアとソフトウェアの両方が必要になる。これまでトヨタは信頼の置ける高品質なハードウェア(自動車)を量産してきた。ところがソフトウェアに関しては、まったく違うスキルが必要になる。そこで、Woven Planetは両方を組み合わせて、より良い製品を提供していく。

森田記者は率直な疑問をカフナーCEOにぶつける

これを実現させるためのカギが、「ソフトウェア・ファースト」という考え方。ハードウェアより先にソフトウェアを開発することを指す。これにより、2つのメリットが生まれる、とカフナーCEOは強調する。

カフナー
ひとつは再利用しやすいこと。トヨタは何百種類ものモビリティを作っているため、ひとつの車種にしか使えないソフトウェアではダメです。幅広い車種に適用できるアルゴリズムやサービス、新たな価値を生むソフトウェアをつくる必要があります。

もうひとつのメリットはソフト、ハード双方のアップグレードです。スマートフォンのように、アプリやソフトウェア、セキュリティなどをアップグレードすることがコネクティッド・モビリティでは可能になります。

ソフトウェアは、ハードウェアの開発にも大きなメリットをもたらす。実際にモノをつくる前にソフトウェアで仮想環境を用意すれば、事前にシミュレーションでさまざまな実験ができるのだ。例えばクルマの衝突安全を設計するとき、実際に試作車を用意して衝突実験をするには、多大な時間とコストがかかってしまう。ところがソフトウェア上なら、わずかな時間で多くの衝突実験をシミュレーションできる。そしてこの手法は衝突安全だけでなく、エンジンやサスペンションをはじめ、さまざまな開発に応用できる。ソフトウェアを先につくることで、開発を劇的にスピードアップできるのだ。

未来の実証都市であるWoven Cityでも、同様のアプローチをとる、とカフナーは説明する。つまり実際の都市をそっくりそのまま仮想空間にコピーした「デジタルツイン」をつくり、実際の街を建設する前に、街全体をシミュレーションするのだ。では具体的に、どんな開発が進行しているのだろうか。

カフナーCEO
今日は大輔とチームメンバーが、Woven Cityの開発にどのようにトヨタ生産方式(TPS)を応用しているかをお見せします。

カイゼンのために「現場」をつくる

はじめに見せてくれたのは、Woven Cityの全体像。今回地鎮祭が行われたPhase1エリアは、全体から見ればごく一部だ。そして最初のフェーズでまず手がけるのは物流だという。

Woven Cityの全体像

その詳細を説明してくれるのは、トヨタ自動車 TPS本部の吉岡輝氏と、Woven AlphaでProduct Owner of Logisticsを務める政田盛拓氏。政田氏が説明してくれたWoven Cityの物流システムは、驚くべきものだった。

宅配便や新聞、郵便などWoven City内に届ける荷物は、一度物流センターに集められる。そしてそこから先は、「S-Palette」と呼ばれる自動運転ロボットが各戸の前にある「スマートポスト」に届けるのだ。

逆に発送する荷物や各家庭で出るゴミは、S-Paletteが集荷して物流センターまで運ぶ。

さらに驚くのは、S-Paletteは物流専用の地下空間を移動するということ。Woven Cityでは見えないところで荷物が運ばれ、自宅まで届けてくれるのだ。

そしてこの物流システムの開発にも、「トヨタ生産方式(TPS)」の知見が生かされている。そのひとつは、最初から全自動にせず、人手で処理する部分を残していること。開始当初は処理すべき物量が少なく、住民の本当のニーズも見えていない。この状態ですべてを機械化してしまうと、簡単に変えられなくなってしまう。そこで、この段階ではあえて人手使って柔軟性を残している。

トヨタ自動車 流通情報改善部の百島彰吾氏

さらにTPSの力を最大限に発揮するため、なんとビルのワンフロアに「現場」を用意した。オフィス内に物流センターに見立てた部屋をつくり、その中で実際のオペレーションを再現したのだ。デモを見せてくれたのは、トヨタ自動車 流通情報改善部の百島彰吾氏。トラックの荷台から荷物を下ろして棚に並べ、それをスマートフォン上の専用アプリに表示された指示通りにS-Paletteに積み込んでいく。するとS-Paletteが自動運転で配達に向かう。こうした一連の流れを実際に再現することで、カイゼンすべき点が見えてくる。

政田
トヨタのカイゼンには、通常「現場」があります。ところがWoven Cityはまだありません。そこで「まずは現場を作ろう」ことで、カイゼンマンが自ら考え、手づくりしています。

カイゼンをデジタルが加速する

試作車をつくれるクルマと違い、都市を気軽に試作するのは難しい。そこで利用するのが「デジタルツイン」だ。実際の空間をそっくりそのままデジタル上に再現し、現実で起こり得るさまざまなできごとをシミュレーションする。トヨタのカイゼンとデジタルツインを融合することで、さらに効率的な開発が期待できる。

Product Owner of Digital-Twin Simulatorの大槻将久氏

Product Owner of Digital-Twin Simulatorの大槻将久氏は、現実世界のデジタル上への実装に取り組んでいる。デジタルツインを使えば、どのくらい物流量が多くなったら渋滞が発生するのか、どのくらい配送時間が遅延するのか、といったことをシミュレートし、その原因と解決策を探ることが可能だ。その結果を現実世界にフィードバックすれば、カイゼンにつなげられる。現実世界とデジタル世界を組み合わせることで、さらにカイゼンの余地が広がるのだ。

カフナー
都市の開発は何十年にもわたります。ときには一生かかるかもしれません。でもデジタルテクノロジーを使用すれば、時間を圧縮して何度もカイゼンできます。トヨタ生産方式は、継続的なカイゼンに基づいています。そのアイデアにデジタルという新しいツールを適用し、より速く、より幸せな未来の都市をつくるために、学習や開発を加速させています。

この扉の向こう側には仮想空間内に再現したWoven Cityが広がっているという

「実際にどんな街並みになるのかを体感いただきたいと思います」と豊田氏が案内してくれたのは、謎めいた黒い扉の前。この扉を開けると、向こう側には仮想空間内に再現されたWoven Cityが広がっているという。「VRグラスをかけなくても、そのままの状態でVR空間に入れます」と説明してくれたのはWoven AlphaのLead of Digital Product、加来航氏。しかし、このエリアはまだ撮影禁止。森田記者は一体どんな体験をしているのだろうか。

森田
まるでその場にいるような感覚が…。人まで現れました。あ、ロボットが通り過ぎていきましたね。

加来
この通り過ぎ方が怖くないかとか、そういったことをテストできるようにしようとしています。

森田
そんな街のつくり方があるんですね。

ディスプレイを内蔵したゴーグルを装着すると目の前にウーブン・シティの風景が広がった

次に豊田氏に案内されたのは、ほとんど何も置かれていない広い部屋。ところがディスプレイを内蔵したゴーグルを装着すると、森田記者の目の前にはWoven Cityの風景が広がった。「おおー」と思わず声を上げる森田記者。これもソフトウェアファーストの利点を生かした開発方法のひとつだ。自分ひとりでデジタルのWoven Cityを体感できるだけでなく、世界中からこの空間に入り、同じものを同じ環境で評価することができるという。

例えば、当初の設計通りに建物を作ったところ、日陰が多いということが分かった。これが実際に建物をつくった後だったら、修正するのは困難だ。だがデジタル上なら手軽に建物の形状を変えることができる。デジタルを使うことで、実物をつくってしまう前に問題点を発見し修正できる、と説明してくれたのはLead of UX Communication Strategy, Woven Cityの岡本諭氏と、Universal Exports Head of UX Simulationのマシュー・ドエル氏。

岡本
私たちがやろうとしているのは「ヒト中心」の話なので、その場に生活があります。そこで人がどのように住まうのかを見るためには、デジタルの中で感覚的に評価できることが非常に大事だと思います。

Woven Cityに用意される住居の内部まで再現

オフィス内には、Woven Cityに用意される住居の内部まで再現されていた。部屋の中では小型のロボットが走り回り、玄関のスマートポストに届いた荷物を家の中に運んでくれるという。「高齢者など、重いものを運ぶのが困難な方にとっても便利だと思います」とLead of Hardwareの岩本国大氏。

さらに天井のレールを伝って移動するロボットも研究中だ。散らかった家の中をロボットがどう移動するか、というのは大きな課題のひとつ。そこで家の中で一番散らかっていない天井を使うことで、スムーズに家の中を移動するというアイデアだ。Lead of Roboticsの高岡豊氏は、「これが絶対便利だ」と押しつけたくはない、と話す。どこまでロボットにやってほしいかは人によって違う、と考えるからだ。まずは選択肢をたくさん用意し、ユーザーに選んでもらう。その過程を通じ、何が好まれるのかを学んでいく。そんな試行錯誤ができるのもWoven Cityが実証実験の場だからだろう。

森田
ということは、いまのフェーズではできるだけ多くの選択肢を示すために、いろいろなことを考えているという段階ですか。

高岡
そうですね。そのための大きなチャレンジが、このWoven Cityだと思います。

目指すのは、ヒト中心の世界

一人ひとりが100%、120%満足するような場にしていきたい、と豊田氏は熱く語る

人は、一人ひとり好みが違う。だから、ひとつの味をつくって「はい、どうぞ」と提供するだけでは「ヒト中心」にはなり得ない、と豊田氏は力を込める。このWoven Cityに住んでもらいたいのは、高齢者、子育てファミリー、そして起業家や芸術家、研究者など、新たな価値を生み出す「発明家」だという。この発明家たちには、生活を送る中で発生する課題を解決していく役割も期待している。

デジタルの力もフル活用して多様な選択肢を提案するWoven Cityだが、最終的に判断するのは「ヒト」だ。いくらシミュレーションで合理的な選択肢が見つかっても、人がそれを選ばなければ採用しない。こうして一人ひとりが100%、120%満足するような場にしていきたい、と豊田氏は熱く語った。

すべては、つながっている

これからもWoven City計画の進捗状況を取材していく

東富士で地鎮祭の取材をしたときは、まだ何も建物が建っておらず、「本当に進んでいるのか」と半信半疑のまま日本橋オフィスを訪れた森田記者。ところがWoven Planetのオフィス内には実際に物流の現場があり、家の中が再現され、たくさんのシミュレーションがなされていることに驚いた。

そして未来に向けて突き進むオフィス内に東富士工場の枯山水があったり、ソフトウェア・ファーストの考え方とトヨタ生産方式がつながっていたりと、さまざまなつながりを感じる取材でもあった。

森田
私自身、CESで豊田社長がWoven Cityの計画を発表したことを、ニュースキャスターとして伝えましたが、その際に抱いた期待感は今でも鮮明に覚えています。これを最前線でこうして取材できる喜びを感じながら、これからもWoven City計画の進捗状況を取材していきたいと思います。

現場の日本橋からは、以上です!

森田記者が東富士で感じた「架け橋」。香川編集長も、その中心は「ヒト」だと感じている。

森田記者が東富士で感じた「架け橋」。香川編集長も、その中心は「ヒト」だと感じている。

香川
白根さんの涙と、ジェームスの笑顔が、メビウスの輪のように一回転してつながっているところが、きっとここ東富士にあるんですよ。その瞬間を見たいね。

特に今日の、一台のセンチュリーに命を賭けてきた白根さんのひとしずくの涙が、笑顔になってほしいなと思っています。

東富士工場

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