トヨタイムズ

過去から未来へ。壮大な実証都市が目指すもの(前編)

香川編集長 2021.03.18 UPDATE

INDEX

2020年1月、ラスベガスで開催された世界最大級の展示会「CES」で、豊田社長は未来の実証都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の構想を発表した。それから約1年、世界的な新型コロナウイルス感染拡大という不測の事態が発生したにも関わらず、計画は予定通り進み、いよいよ2021223日、地鎮祭を迎えた。

Woven Cityは、1967年から実に53年もの間、トヨタの生産を支えてきたトヨタ自動車東日本(TMEJ)・東富士工場の跡地に建設される。日本の移動を支えるJPN TAXI(ジャパンタクシー)や、匠の技が注ぎ込まれた最高級セダンのセンチュリーなど、トヨタを代表する多くの車種がこの地で生産されてきた。そんな歴史ある工場の跡地が、トヨタの未来をつくる街へと生まれ変わる。今回の地鎮祭は、一時代の終わりを告げるセレモニーであると同時に、新たな時代の幕開けとなる一歩でもある。

そんな記念すべき日を見届けるべく、香川編集長は東富士へと赴いた。そして、そこにはもう1人、新たな志を持って取材に臨む記者の姿があった。

新人記者森田京之介、デビュー!

「本当のことが大好きなんですよ。本当は何なんだ、ということを追求していかないと、これからの未来は明るくならないと僕は思うんだな。」

2019年、トヨタイムズがスタートするにあたり、香川編集長はこんな意気込みを語った。その言葉通り、体当たりで取材を重ね、トヨタの「本当のこと」を追い続けてきた香川編集長。そんな編集長やトヨタイムズの姿に共感し、一緒に未来を見届けたいと考える者が現れた。それが森田京之介だ。

東京のテレビ局のアナウンサーとして、報道からスポーツまで幅広い番組を担当し、ニューヨーク赴任まで経験するなど華やかな道を歩んできた森田は、報道の現場で取材を続けるうちに、トヨタが気になりはじめたという。そして2021年、ついにトヨタに入社した。今回は、トヨタイムズ記者としてのデビュー戦である。香川編集長と森田記者は、真っ青な空と真っ白に雪化粧した富士山に見守られながら、東富士の地に足を踏み入れた。

東富士の地に足を踏み入れた香川編集長と森田記者

「こんにちは、トヨタイムズ新人記者の森田京之介です」。さすが元局アナ、そつなくあいさつをこなす森田記者に、すかさず香川編集長からダメ出しが入る。トヨタイムズは、自分でカメラを持って自撮りしながらレポートするスタイル。流ちょうに話すだけでなく、視聴者が見やすい画角、インパクトのある映像を自ら計算しながら撮影しなくてはならないのだ。「これじゃ看板がちっちゃくなっちゃうから、もっとこう!」香川編集長の細かい指導を受けながら、森田記者のレポートは続く。

東富士工場の歴史を、この町の未来につなげたい

2人はいよいよ式場へ潜入。地鎮祭は、土地の神様に工事のお許しをいただき、その無事を祈る儀式だ。川勝平太静岡県知事や髙村謙二裾野市長など来賓の方々、そしてトヨタの豊田章男社長、Woven Planet Holdingsのジェームス・カフナーCEO、TMEJの宮内一公社長などの関係者も出席し、式典は粛々と進む。そして厳かな雰囲気の中、豊田社長がスピーチを行った。その中で豊田社長は、まず地元関係者に感謝。そしてこの地でトヨタを支えてきた工場への熱い想いを語った。

粛々と進む地鎮祭
厳かな雰囲気の中、豊田社長がスピーチを行った

昨年129日。
地域の皆様にお支えいただきながら、この地で生産を続けてまいりました、トヨタ自動車東日本の東富士工場が 53 年の歴史に幕を閉じました。
ここで働いてきた人は7000人。
この場所に、毎日、1400万歩の足跡を残したことになります。
これまでに生産した車は752万台。
センチュリーからJPN TAXIまで、多種多様なクルマを世の中に送り出してまいりました。
まさに日本のモータリゼーションをけん引し、人々の暮らしを支え、クルマ文化をつくってきた工場だったと思います。

トヨタ自動車東日本の東富士工場完成

そしてそのカイゼンのDNAを受け継ぎながら「東富士工場の歴史をこの町の未来につなげたい」と約束した。その言葉や表情からは、東富士工場の歴史の重さと、それを受け止め未来へとつなげる決意と覚悟が伝わってくるようだった。

式典終了後、豊田社長にインタビューを試みる2人だが、社長は2人が待つ方向とは反対方向へと歩み去り、あえなく失敗してしまう。

今日こそが“始まりの日”です

気を取り直した2人は、Woven Planet Holdingsのジェームス・カフナーCEOへのインタビューに成功する。同社の前身であるTRI-AD時代に自動運転技術を取材した香川編集長は、カフナー氏とは旧知の仲。さっそく森田記者を紹介すると、森田記者は英語でカフナー氏に取材開始。ニューヨークでの駐在経験もある森田記者は、英語もお手のものだ。「なんか置いてきぼりになってるぞ」と複雑な表情で香川編集長が見守る。

ジェームス・カフナーCEOへのインタビュー

そもそも、Woven Planet Holdingsとはどんな会社だろうか。自動運転技術の開発・実装を手がけていたTRI-ADが新体制への移行を発表したのは20207月。持株会社Woven Planet Holdingsの傘下に、自動運転技術を手がけるWoven Coreと、Woven Cityなどトヨタの新たな事業領域を担当するWoven Alpha、幅広いパートナーに戦略的に投資を行う投資ファンドのWoven Capitalの3社を配置する。

Woven Planet Holdingsの組織図

あえてトヨタの名前を外し、プラネット(惑星)という大きな視点から未来の幸せを考える新体制は、2021年1月に始動したばかり。そのトップであるカフナーCEOは、「いよいよ未来への挑戦が始まる」という強い決意を語った。

強い決意を語るカフナーCEO

森田
ついに工事が始まりますが、どういうお気持ちですか?

カフナー
CESでの発表は、始まりの始まりにすぎませんでした。それからたくさんの人材を集め、チームを作って、建築やデザインも計画しなければなりません
(中略)
今日こそが“始まりの日”です。

森田
ここは歴史あるトヨタの工場の跡地です。長年働いてきた従業員へ、何か想いはありますか?

カフナー
ここは特別な場所です。トヨタ自動車東日本(TMEJ)の工場があって、そこで多くの人が働き、53年にわたってさまざまな製品を製造してきました。この場所で多くのものを作り上げてきた彼らこそが、Woven City創業メンバーです。彼らの精神と努力があったからこそ、Woven Cityをつくることができるのです。

何世代にもわたる従業員や家族に深く感謝しています。彼らが膨大な時間と努力で作り上げた“価値”こそが、この工場の跡地に特別なものをつくる機会を与えてくれたのです。

トヨタの生産を支え続けた東富士工場

東富士工場がその歴史に幕を閉じた

東富士工場がその歴史を終えたのは、2020年12月9日。翌日「今までありがとう」のメッセージが掲げられたJPN TAXIの最終号車が、大勢の従業員の拍手の中、送り出された。ここでこれまで生産されてきたクルマは752万台。トヨタスポーツ800、マークII、カローラレビン / スプリンタートレノ、スープラ、クラウン、センチュリー、そしてJPN TAXIなど、豊田社長の言葉を借りるなら「まさに日本のモータリゼーションをけん引してきた」クルマたちだ。

工場内部を見学
残された設備が静かにたたずむ

トヨタ自動車東日本 取締役会長の白根武史氏、東富士工場長の阿部重三氏、そして工場を閉鎖する役割を任されている総合センター管理室の松岡俊哉氏の案内で、工場内部を見せていただいた。つい3カ月前までさまざまな装置が音を立て、多くの従業員が忙しく行き交っていた空間も、今は大部分の機械が運び出され、残された設備が静かにたたずむばかり。見学に来る小学生たちのためにセンチュリーを作る匠が描いたという海の絵が、活気にあふれていたころの工場の面影を残していた。

「ここには、あれがあった」「ここではこんなことがあった」と懐かしそうにエピソードを話す3人。その表情は、どこか割り切れない想いを抱えているようにも見える。

香川
ちょっと、さみしさもありますか。

松岡
さみしいですね。私は保全出身なので、いろんな物語がここにはあって。本当に寂しい限りです。

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