トヨタイムズ

トヨタが宇宙を目指す理由。寺師役員・若田宇宙飛行士インタビュー

香川編集長 2020.09.04 UPDATE

INDEX

JAXAと共同で有人月面探査車の研究に乗り出したトヨタ。どんな経緯でプロジェクトがスタートし、何を目指しているのだろうか。プロジェクトにGOサインを出した取締役・執行役員の寺師茂樹氏と、JAXA特別参与で宇宙飛行士の若田光一氏にお話しをうかがった。

寺師さんに救っていただいた!?

香川照之編集長

香川
まず寺師CCOにお聞きしたいんですが、もともとはエンジニアの畑にいらっしゃって、それ一本で来られて。今回JAXAの方々と組んでいろいろな仕事をするに至った経緯というのをお伺いしたいんですけれども。

寺師茂樹取締役・執行役員
「将来どういうモビリティをやろうか」という議論をする会があるんですけれども、そのアイデアの中に「宇宙の乗りもの」というのがありました。

なかなか大きなプロジェクトになることはなかったんですが、JAXAさんと情報交換をしている間に「日本の中でもそういうプロジェクトをやろう」という話が始まってきて、今日に至るという形で。特に最初からこれをやるつもりで進めてきたプロジェクトではないんですね。

香川
そうなんですか。もともと若いころから「どうしてもこれをやりたい」というわけではなかった?

寺師
若い人たちがいろいろやりたいことをたくさん提案してくる中の1つに「宇宙のモビリティ」っていうのがあったと。

香川
先ほど、大村さんが4年前くらいからこれを考えていて、末永さんは3年前からいろいろあって。いろいろなプレゼンを出したときに「自分は最後に落ちたのを寺師さんに救っていただいた」とおっしゃってましたけど。

寺師
申し訳ないけど、僕、全然覚えてないんですよね。

一同
(笑)

香川
ご本人は、ものすごく覚えてらっしゃいましたよ。

寺師
一応、覚えているふりはしてるんですけど。

香川
あ、ふり?(笑)

寺師
だけど、たくさんの提案が出てくるので。たぶん、それぞれにいいこと言ったんだと思いますけどね。

月面は「何が分からないか」を知るチャンス

香川照之編集長とCCO 寺師氏、若田宇宙飛行士

寺師
たぶん、それはエンジニアの好奇心だと思うんですね。「自分たちでやりたい」というスタートは、エンジニアが好奇心を持って取り組めるかどうか、です。

「従来分からないことを解きほぐしていく」というプロセスがエンジニアにはあるんですけど、「月面」って聞いたときに「何が分からないか、を分かる」というプロセスが加わるんですね。

香川
そうですね、まず、そこから始めないと。

寺師
このプロセスっていうのは日ごろの仕事ではなかなかやれない。これはぜひやってみたいっていうのが、たぶん、最初にあったんだと思います。

ちょうど今、俗に「CASE」といわれる技術、これがすべて月面のローバ、探査のクルマに役に立つという、ちょうどいいハードルになるんですね。「ホップ・ステップ・ジャンプ」と大きく跳ばないと、たぶん、これは達成できないので、このプロジェクトがあるおかげで、いろんな目標を高く持つことができるという気がします。

香川
僕も今日一日ここを拝見させていただいて、いろんなものがひとつになっていく。去年くらいも感じたんですけど、実は「月面に有人与圧ローバを降り立たせる」ということが、いろんなものをカバーしていく、すごい壮大な実験になってるんだなというのを確信したので。「これは全部ひとつになるんだな」っていう感覚をちょっと今日持ちました。

寺師
そうですね。スタートは「月の上を走るクルマ」でいったと思うんですけれども、例えば、これは水素で走ると。水素で走るんだったら水素をつくるための「水」がいりますよね。月面に水があれば、水素社会が月面でつくれる。となると、街をつくる。これは、まさに「ウーブン・シティ」と同じ感覚、考え方で、クルマを核にすると、その周りに大きな人間を囲う世界ができる。その技術の1つ1つがCASEの技術であるという、そういうことだと思いますね。

前に進みながらいろんなことをやっていくと、それぞれ別々のプロジェクトのような気がしたんですけど、それは実は全部、下でつながっているというような形になってると思いますね。

スペースシャトルを引っ張ったのはトヨタ車だった

スペースシャトル(エンデバー)を引くトヨタ車

香川
そういう意味では、若田さんからすると、宇宙飛行士としてこのようなプロジェクトに、トヨタと関わることの意義だったり、トヨタが関わることによってもたらされる実績だったり、実感していらっしゃる部分も含めてお話しいただきたいんですけれども。

若田光一(宇宙航空研究開発機構 特別参与・宇宙飛行士)
私は、実は初めて宇宙に行ったときのスペースシャトルが「エンデバー」で、それから宇宙ステーションに長期滞在して帰ってくるときも「エンデバー」に連れて帰ってもらいました。その後、スペースシャトルが退役したとき、そのスペースシャトル(エンデバー)をロサンゼルスの博物館に移動するときにトヨタのクルマが引っ張ってると。アメリカが国威をかけてつくった宇宙船を日本のトヨタが引っ張るっていうのは、これはアメリカから、いかにこのクルマが信頼されているかという、その証かなと。

(トヨタの)皆さんが持ってる技術というのは、世界に冠たる技術・信頼性です。宇宙って、何でもそうですけど、安全第一で、特に宇宙、月面なんかは本当に路面がないようなラフな所を生きて帰ってこなきゃいけない。そういったときに重要なのが信頼性で、そういう意味でトヨタの皆さんと一緒にこういった共同研究ができるのは、宇宙でも安全、確実なミッションを遂行するためにとても頼もしいと、そういう印象を持っています。これは私ひとりではなくて、日本人だけではなくて、世界各国の宇宙飛行士も同じように感じていると思います。

仲間の新しい宇宙飛行士たちが本当に日本のモビリティで月面、持続可能な形で月面社会をつくって、そして、さらにその月面で培った技術っていうのは火星にも生かすことができると思うんですね。ですから、これは本当に長丁場で、日本の信頼できる技術が世界の宇宙開発にも貢献できるという取り組みだと思いますので期待してますし、ぜひそこに日本人の宇宙飛行士が月面でローバを操縦して、世界にプレゼンスを発揮してもらいたいなと思います。

技術はさらに先につながっていく

香川照之編集長とCCO 寺師氏、若田宇宙飛行士

香川
一方で、お二人が2029年を目指して実現しようとしているという未来に対してはどうでしょうか、その実現性、時期も含めて今どのくらいの感触がありますか?

寺師
最初このお話をいただいたときは「間に合うかな」というのが正直な感想でした。でも、普通はクルマの開発は企画してから世に送り出すまで、だいたい5年くらいかかるんですね。だから、これはちょうど2サイクルしかない。

これは現地に行くこと、現地現物ができないものですから、かなりのところはシミュレーションでやらなければいけない。そうなると、フィードバックをかけるのはどうかって、かなりいろんな難しい問題がありそうだったんですけれども。最近、コネクティッドという、ある意味ソフトウェアをいろいろ使いながら開発を進めるということをやっていくと、フィードバックを早く得ることができそうだと。

ですから、たぶんこれは従来5年かかってきたものが4年になり、3年になり、とペースがどんどん加速していってるので、なんとしてでも間に合わせようというような動きに今はなってると思います。

若田
寺師さんがおっしゃられたように、ソフトウェアはシミュレーションで、かなりの問題を解決できるのかなと思います。地上での試験で、今日香川さんにご覧いただいたようなチャンバですね、そこで宇宙の極低温を模擬するとか、月のマイナス170度になるような低温の環境、そういったものを、きちんと実験することで克服できる課題は多いのかなと思いますけれども。

やはり地上と大きく違うのは熱環境ですね。熱い所、冷たい所。地上では動くけれども、本当に月で動くのか、その辺は非常に厳しいところだと思いますし。あと、レゴリスという月の砂ですね。そこでの走行性能も、とんがった、ちっちゃい砂ですけれども、これはなかなか地上で模擬しにくいっていうところがありますので。

逆にそこは今、国際宇宙ステーションに「きぼう」という日本の実験棟がありまして、その中は無重力ですけれども、遠心加速器があって、それを回転させることで1/6Gの重力環境を模擬することができます。

そこに砂を持っていって、その砂の挙動を観察することで、それが実際に月面車のトラクションにどういう影響を与えるかみたいな、宇宙ステーションを使って月面の環境を模擬して、いろんな試験をすると。シミュレーションでできないようなところは、そういった形で試験をするっていうことで、宇宙ステーションを使って、月面の活動の準備をする。そういう観点も非常に重要なのかなと思っています。

ローバというのは、モビリティだけ、生活環境を維持するだけではなくて、これを使って移動することによって、月面の有人拠点ですとか、工場ですとか持続的に活動を続けていくための技術につながっていくわけですよね。ですから、本当にWoven Cityのミニチュア版みたいなものが月にもできるし、その能力をわれわれ人類が獲得すれば、それはいかなる重力天体に行ってもそれを使うことができると。具体的には1/3Gの火星でも、その技術というのは役に立つんだと思うんですね。

そういう意味で、われわれ人類の活動領域を広げていくというのが国際宇宙探査の1つの大きな目的ですけれども、月でテストをして、さらにその先へ続けていく、そういう技術にもつながるんだと思います。

香川
なるほど。

ここまでやる、宇宙での「水再生」

降籏弘城氏

香川
どうも初めまして、トヨタイムズの香川でございます。

降籏弘城(宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター)
JAXAの降籏です、よろしくお願いします。

香川
これから何を見せていただけるんですか?

降籏
これから(お見せするの)は「生命維持装置」と呼ばれているものです。

香川
これは。

降籏
水ですね。水はH2Oですので、電気分解すると水素と酸素になりますので、その酸素をうまく使って宇宙飛行士に生活してもらうということを研究しています。

空気再生システムというのがひとつ。もうひとつ、「廃棄物処理」であるとか「水再生」とわれわれは呼んでいるんですけれども、宇宙飛行士のおしっこ、尿であるとか、あとウンコ。

香川
便のほうね。

降籏
便のほうからも当然少量ですけれども、水が入ってますので、そういったところからも水をできるだけ吸い取って、それを利活用していこうっていうことを考えています。

香川
そうまでするほど水が非常に貴重になるわけですね。

降籏:そうですね。

エンジニアの修行・実践の場にもなる

香川照之編集長とCCO 寺師氏、若田宇宙飛行士

香川
社長はどうおっしゃってるんですか、このプロジェクト自体に対して?

寺師
昨年ですかね、アメリカの中でインタビューを受けたときに、「もうかるのか?」って聞かれて。

香川
はい。

寺師
「もうからない」と。

香川
「もうからない」とおっしゃったわけですね。

寺師
と社長が言って、「じゃあなんでやるんだ?」と聞かれたら、ちょっと考えて「エンジニアの夢ですかね」っていうふうに答えたのを僕たちは見て。

スタートはそうだろうなと思うんですけれども。いろんな環境下でいろんな問題を、さっきも言ったように、見つけて解決するというこのプロセスは、トヨタの日ごろの仕事のやり方とまったく同じ。

だから、これが地球上であれ、月面であれ、僕たちが将来いろんな仕事をしていく上での大きなサイクルの中では、まったく同じことなものだから、自分たちの技術がこれで大きく飛躍できるのであれば、いいんじゃないのかと。ただ、お金はそんなに使っていいとは言われてません。

香川
もうからないんですね、やっぱり(笑)。それは、もうかりませんよね、つくるだけですもんね、本当にそのまま。何かこれでもらえるわけではないというか。

寺師
ただ、さっきから言ってますように、これをやることによって人材が育成で成長するとか、新たなプロセスを実現するとか、将来の自分たちの技術、会社を持続的に成長させていくための大きなステップにできるのであれば、これもひとつのいいプロジェクトだろうと思います。

香川
この中での空間は「安心・安全」であるということのトヨタの理念はぶれないということですよね?

寺師
そうですね。

香川
そして、今、寺師さんの口から「人材」という言葉がまた出ましたけれども、人材を育てる。この宇宙のプロジェクトもそうですか?

寺師
そうですね。特に、従来のやり方でいくと「私はこのタイヤのとこだけやってます」とか「私はこのボディのとこだけやってます」というようなことがあるんですけど、このプロジェクトはひとつの領域を見てるだけでは全体をつくれない。となると、従来の塊とは違うエンジニアの集団にならざるを得ない、そういうまさに修行・実践の場だと思うんですね。

「自分でやりたい」と思った

CCO寺師氏

香川
先ほどの末永さんのみならず、若手の中からこういうようなプロジェクトをやってみたいと。「宇宙に行きたい」「月面に行きたい」「そこでクルマを走らせたい」、その情熱ですね、若手に情熱がある。それを感じたときに、でも一方で、寺師さんの頭の中で「これは金にならないだろう」と、ただただペイしていくだけだ、というのが経験的に分かられたとします。

そのときに、ずっとエンジニアで働いてこられた、そこ1本でこられた寺師さんとしては、「エンジニア心」みたいなものがムクムクと頭をもたげられたんでしょうか、そのときに?

寺師
さっきプレゼンテーションがあったっていう話をしましたが、毎年毎年、結構たくさんのプレゼンテーションが僕たちにされるものですから、これ単独でどうか、というと結構難しいんですけれども。それぞれに面白いというのはあるんですけど、これについては、まず「地球上でなかった」「宇宙だった」っていうことで、実現はたぶんできないけど面白いな、というふうには思いましたね。

ですから、最終的にJAXAさんと一緒にコラボできるようになって初めてこうやって実現するんですけども。過去のいろんなプロジェクトを見ていても「何かをすると何かが起こる」という経験がありましたので、これはみんなでもう少しやってみるといいのではないか。もしそれが具体的に実現できなくても、このプロセスの中でまた違うものが出てくるかもしれない、という思いがあったので、「もう少しやってみようか」と判断したという感じですね。

香川
ということは、どこかでこれは面白いという心を持たれたのは事実なわけですね?

寺師
「自分でやりたい」って、たぶん、思ったと思うんですね。

香川
でも、それを自分でやっちゃうと立場もあるし、ペイできないと分かってるし、「君、やってみなさい」ということで、しかもJAXAとの融合があったからできたというのは大きなことだと。

寺師
ええ。そうやっていろんな企画を検討している間っていうのは、実はそんなにお金はかからないんです、物をつくるわけではないので。ですから、いろいろ「頭を使う」というフェーズの中で、いろんな関係するところとつながってみると、また新しいものが出るかもしれない。そういうことも含めて、広がりの中の1つのアイデアとして、GOをかけたということですね。

香川
でもその結果、さっき末永さんが、トヨタの出向からJAXAに戻ってきたのに、ここ(胸ポケット)にトヨタの社員手帳を忍ばせてるという。すごい満々ですよ、トヨタの社員の気分。それくらいやる気になってやってくれるという部下の方がいるのも、寺師さんがそこで「やってみよう」「面白いだろう」って思ってくださったからだと(思います)。

寺師
そうやって、みんなが思ってくれれば本当にありがたい。たぶん、陰ではいろいろ言われてると思うんですけどね。

一同
(笑)

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