トヨタイムズ

生産量を「100倍」にしたトヨタ生産方式の秘密 医療用防護ガウン工場に潜入(前編)

香川編集長 2020.08.09 UPDATE

INDEX

「まずは、医療機器を作っている方々のところに行き、その生産を一つでも増やせるような、生産工程の改善など、我々のノウハウが活かせるサポートを始めてまいります。」

コロナ禍で緊急事態宣言が発令された直後の2020410日。自動車4団体合同会見に日本自動車工業会(自工会)会長として臨んだ豊田章男社長は、こんな決意を表明した。(関連記事:INSIDE TOYOTA #67

「生産工程の改善」といっても、それがどのくらい効果があるのか。そもそも、トヨタは具体的にどんな活動をしているのか。そんなときトヨタイムズで取材した医療用防護ガウンの記事(INSIDE TOYOTA #78)を目にした香川編集長。これは自分の目で確かめ、話を聞くしかない。さっそく編集長は現場を取材することにした。

経産省から来た「1日1万着」の依頼

香川編集長が訪れたのは、大正10年に創業した名古屋の老舗雨ガッパメーカー、船橋株式会社だ。出迎えてくれたのは同社の3代目社長を務める舟橋昭彦氏、工場長の森貴司氏。そしてトヨタからは現場のカイゼンを知り尽くした3名、生産調査部の高橋智和氏、グローバル生産推進センターのベスト技能推進室主査である鈴木浩氏と保全マネジメント室室長の古井一彦氏が駆け付けてくれた。

船橋株式会社は、100年近く雨ガッパ一本でやってきた。そんな老舗が医療用防護ガウンの生産に乗り出したきっかけは、病院からの相談だった。日に日に減っていく防護ガウンをみて、医師や看護師が不安になっていく。そこで舟橋社長は、これまで培ってきた雨ガッパの経験をいかして防護ガウンを作ることを決意する。すぐにホームセンターで素材を買ってきて、新型コロナウイルスの特性にあった防護ガウンを開発するべく試行錯誤をはじめた。

ところが、防護ガウン不足は予想以上に深刻だった。愛知県だけでなく、日本全国で危機的状況に陥っていたのだ。船橋株式会社は、経済産業省から想定をはるかに超える量の防護ガウン作りを依頼される。

舟橋
4月の頭に経済産業省さんから電話があって、もう5月には日本全国が不足してしまうので、20万着作ってほしい、1日あたり1万着作ってほしいという依頼を…。

香川
11!?

舟橋
はい。でも全然できないので、まぁ新聞に支援先を求むという記事を出しました。裁断や輸送の協力を募る、と。

香川
それまでは1日多くて何枚作れる技術を持ってらっしゃったんですか?

舟橋
500枚くらいですね。

香川
500枚を1万にしろと。

舟橋
はい、そうです。

香川
それは厳しいですねー。

舟橋
厳しかったです。

新聞記事をきっかけに有志連合を結成

医療用防護ガウンの増産のため、船橋株式会社が支援を求めているという新聞記事が出ると、すぐにたくさんの支援の手が挙がった。三重県の水着メーカー、岐阜県の婦人服メーカーやテント生地メーカー、愛知県からはクルマのシートを作る会社など、7社もの企業から生産協力の申し出を受けたのだ。「何とかして医療機関を救いたい」という同じ志を持った7社によってすぐさま有志連合が結成され、医療用防護ガウンの大量生産に向けた取り組みがはじまった。

トヨタも記事を見て手を挙げた1社だった。コロナ禍が拡大する中、自社の技術を医療関係の支援に使えないか、と探す中で偶然記事を発見。これならトヨタの強みをいかして支援できると支援を決めた。

香川
水着とかテントとかアパレルとかは、大体わかりますよね。しかし自動車を作っている会社から(の支援の申し出)というのは、本当にちょっと想像外なんですけど。

舟橋
新聞に出て、連絡が一番早かったのがトヨタ自動車さんでした。

香川
トヨタですか。

高橋
元々トヨタは、医療の関係の中で何かご支援ができないかなということで。偶然この記事を目にして、これだったらご支援できるのではないかということで参りました。

舟橋
2日後に、8名でどんな現場なのかを見にこられました。本当にそのときは、どうすれば1万枚できるのかと途方に暮れていた時期なので、並んでうちの方に来られた姿を見て、かっこいいなと思いました。

香川
もう後光が差してたんじゃないですか。

舟橋
後光が差してました。

まずは作業服を脱げ!

現場を訪れたトヨタのチームがしたこと。それは作業服を脱ぐことだった。8名のメンバー全員がTOYOTAロゴの入った作業服を脱ぎ、現場の生産工程に入った。自ら工程に入り実際に体験し、現場の人々の声を聞くことで「ここがやりづらい」「腰が痛い」といった問題点が見えてくる。これこそがカイゼンの第一歩なのだ。

次に、基準を決めた。人によって作業にばらつきがあっては困る。そこで誰がやっても同じ品質で作業ができるよう基準を決めることが大切だ。さらに人やモノの導線を整理し、トヨタチームは生産工程に手を入れていく。

地道なカイゼンの積み重ねにより、当初は1500枚だった防護ガウンの生産量は、なんと有志連合を合わせて15万枚にまで増えたという。

香川
大体、ドラマだとこういうとき、工場長が激怒するんです。「俺やってらんねーよ、こんなやり方!」っていう(笑)。工場長としてはどうですか?


ここまで変えちゃうのか、と。もう有無を言えるような状況じゃなかったです。

香川
有無は言えなかった。やっぱり、相当強い口調で?

鈴木
いえ、優しく(笑)。


自分たちが1500枚しかできないものを、上げてかなきゃいけないので。

香川
ワラにもすがる思いで、と社長もおっしゃっていましたね。

鈴木
1週間後くらいにはもう何千という数字が出ました。

香川
えっ!早いですね、仕事が。今はどのくらいの枚数が作られているんですか、500枚だったのが。

舟橋
有志連合を全部合わせると、1日あたり5万着まできています。

香川
100倍…。それもすべて、トヨタの生産方式を応用したに過ぎない、ということでよろしいでしょうか。

高橋
はい、そうです。

香川
もう勝ち誇った顔ですね(笑)。

高橋
すみません、もっと謙虚に言わないといけないですね。

誰でも同じ作業ができるようにする

「現場を見てみたい」と香川編集長は、森工場長の案内で防護ガウンの生産現場を見せてもらうことになった。最初にカイゼンしたのは、防護ガウンの素材生地を広げ、カットするための延反台だ。

次の裁断工程は5分かかる。つまりその5分の間に前工程で何枚の生地を準備できるかが勝負だ。そこで鈴木氏が行ったカイゼンは、驚くほどシンプルなことだった。

透明な素材を重ねて延反台に引き出してみると、何枚重なっているのかよく見えない。これは机が白いからだと見抜いた鈴木氏は、机の表面を黒に変更。さらにガイドラインとなるテープを机に貼り、常にまっすぐに素材を引き出せるよう工夫した。素材を広げるときに基準がないと、サイズに多少のばらつきが出る。それが次の裁断工程での不良の原因になってしまう。

素材をカットするラインには、紙管を設置。こうすればハサミをあてて滑らせるだけで、誰でも同じサイズにカットできる。さらにハサミの置き場も作り、常に同じ場所にハサミを戻すことを徹底した。これらは誰がやっても同じようにできる、標準を作るということ。カイゼンは、こうした一見地味で小さな工夫の積み重ねで成り立っている。

香川
僕も息子にね、もう小さい頃から「ハサミは同じ位置に戻せ!」って言ってるの。口酸っぱくして言ってるのに「細かいから、パパは」みたいな…。今、私が正しいことが証明されたぞ!

白だと見えないけど黒だと見えるっていうのはここに来てパッと判断したってことですよね?

鈴木
さっき言ったように、私たちのメンバーを入れました。自分でやってみてどうなの?見づらいよね。なら黒くして基準決めましょう、と。

香川
簡単なことですけど、そのことによって全然効率が上がったと。

鈴木
上がりました。


本当に簡単なことなんですけど、我々はずっと同じことをやってたのに、ここに気づくことができなかった。

延反する素材をセットする装置は、設備チームの特製だ。実は防護ガウンの原料となる素材はダブルのトイレットペーパーのように2枚重ねになっている。これを1枚ずつきれいに分けるのは人手では面倒な作業だった。そこで設備チームはなんと100円ショップの園芸用ポールを活用して素材を分離。さらに4ロールを同時にセットすることで、合計8枚を重ねて延反できるようにした。ここでもコストではなく、「知恵」を使って効率を上げている。こうしたカイゼンの積み重ねにより、当初は裁断機が空くまでの5分間で5枚だった延反作業が、なんと120枚になったという。

ちなみに設備チームはこの特製装置を、設置場所の広さなど各社の状況に応じてカスタマイズしながら、有志連合各社の現場に導入している。


延反が要なので。(延反ができないと)すべての工程が手待ちになってしまうので。

香川
そうですよね。


ここを最初にあげないことには全体の生産性が上がりません。

40年前の機械を分解して修理

機械による裁断工程を経て、次は溶着工程へ。ここでも細かい工夫を積み重ね、オペレーター1人あたり1200枚だった溶着枚数が、600枚まで増えた。ここで使っている高周波ウェルダー(溶着機)は、1970-1980年代に使っていたもの。「壊れているので直してほしい」という要望を受け、古井氏率いるトヨタの設備チームが修理して使えるようにした。

トヨタ自動車に高周波ウェルダーを使う工程はない。当然、設備チームにも高周波ヴェルダーの知見はなかった。本来なら製造メーカーや専門家に頼りたくなるような状況だが、設備チームのアプローチは違う。「分からないなら、まず理解しよう」と高周波ウェルダーを徹底的に分解。機械の構造を理解した上で故障箇所を突き止め、修理してしまった。例え先例がなくても知恵と工夫で切り抜ける、設備チームらしいエピソードだ。

溶着が終わった防護ガウンを畳む工程にもカイゼンがあった。カゴに入れて運んでいた防護ガウンを、ハンガーラックにかけて運ぶようにしたのだ。しかもハンガーラックは鈴木氏が会社の中を歩き回って見つけてきたもの。たったこれだけの変更だが、1枚あたり1分の削減に成功したという。今では15万枚だから、5万分の削減だ。

香川
鈴木さん、もう人生全部それに見えてません?これ1秒縮まるぞ!これ3秒縮まるんじゃないか!って。

鈴木
普段からそういう感じです(笑)。

香川
ですよね。

知恵にお金はいらない

トヨタチームによるカイゼンは、畳みの工程、検査工程まで、すべての工程に及んだ。そのほとんどが、人やモノの導線に沿って作業場所を設置する、誰でも同じ作業ができるよう基準を作る、といった小さな工夫の積み重ねだ。

最新鋭の設備や高級な道具を導入したわけではない。社内に眠っていたハンガーラック、100円ショップで売っていた園芸用品、通販で買った数千円のトレース台など、身近な道具を活用しながら、大きな成果を上げる。

鈴木
改善というのは無限で、例えば1000枚いったからといっても終わりではない。1001枚いこう、1002枚いこうと、これの繰り返しだと思うんですね。

香川
うんうん。

鈴木
そういうのは自分の知恵だから、やっぱり知恵にはお金いらないですから。

トヨタ生産方式を支える「生産管理板」

改めてトヨタ生産方式の強みを聞いてみると、鈴木氏は「生産管理板」という紙を見せてくれた。この生産管理板は、トヨタのあらゆる現場にあるもの。1時間あたり何枚生産できたかを、工程別に記録していく紙だ。

「何枚できたか」という数字の大きさを追っているわけではない、と鈴木氏はいう。この生産管理板で見ているのは、数字の変化だ。なぜ減ったのかという原因を記録することで、カイゼンに生かすことができる。数字が増えた、減ったかという事を書くだけなら生産『記録板』だと鈴木氏。『管理板』は、生産が増えたとき以上に減ったときに注目することで、現場に潜むカイゼンポイントを見つけ出す。

生産管理板によって、モチベーションアップの効果も期待できる。これまでのベストを1枚でも更新すべく狙っていく。もし新記録を達成できれば、その日からその記録がターゲットになる。こうしてカイゼンの手を止めず、常に前進し続けることは、人材の育成にもつながる。現場の誰もがカイゼンできないか、という視点で自分の仕事を捉えるようになるからだ。

鈴木
カイゼンを止めないってこと。この生産管理板も実を言うと人材育成です。これによって人を育てる。我々の現場は生産管理板が肝だと思います。

香川
ということは、これはやはり今までのトヨタで、ある程度の結果を残してきたからこそ使えるマニュアルだと。

鈴木
はっきり言って、私はこれで生きてます。

香川
これで生きてる、生産管理板で生きてると。

鈴木
はい。


我々はこんな大量生産はやったことない、とさっきも申し上げたんですが。最初は500枚。それが1000枚になり2000枚になりました。以前の我々でしたら、2000枚になった時点でたぶん満足していたんじゃないかなと思います。

香川
うんうん。


そのとき、高橋さんが「船橋だったら5000枚いける!」と言って。何言ってんだ、この人って正直思ったんですけど、今もう6000枚できるんですよ。

香川
すごいですね。


その原動力になったのが、みんなが昨日の記録を越えようという気持ち、モチベーションをずっと維持してくれていること。それを達成させてくれている皆さんに、本当に感謝したいです。

カッパ屋でもできるんだ!

舟橋社長は、息子さんの話を切り出した。「カッパ屋なんて、あってもなくても一緒」と地元を離れ、東京で理系の大学に進学。「世の中のために何かしたい」という想いから、エネルギーの勉強をしている。

その息子さんが今回の防護ガウン生産を見て「自分がやりたい世のため人のためという仕事は、カッパ屋でもできるんだ」と気づいたのだという。船橋が持っていたノウハウやアイデアと、トヨタのカイゼンがひとつになった熱い現場にワクワクしたという息子さんは、ついに先月、自分が4代目として後を継ぐことを決心した。

香川
素晴らしいじゃないですかー!

舟橋
すごく嬉しかったです。本当に嬉しかったです。

香川
家をつないだわけですよ、トヨタさんが!もうおじいちゃんも泣いて喜んでますよ多分!

舟橋
泣いて喜んでると思います。

これこそメイド・イン・ジャパン

今回のコロナ禍で、必要に迫られてはじめた防護ガウンの生産だが、大量生産が軌道に乗った今、舟橋社長はこの技術を今後も残していきたいと考えている。

森氏によると、日本の溶着技術は海外と比べると圧倒的に品質が高く、単価も、いまや、負けてはいない。そこにさらに機能性や価値をプラスできれば、日本に残せるものづくりの技術になる、と考えている。例えば蒸れを外に出す機能がある生地で製品を作れば、防護力を落とすことなく快適性をアップできる。


中の蒸れを外に出す機能のある生地を探しました。これでずっと着てても中はまったく蒸れることはない。

高橋
これこそメイド・イン・ジャパンだと思ってるんですよ。これができれば、日本の医療現場に残せるんじゃないかなと思うんですよね。

香川
すごいですね。


期間限定のものに終わらせるんじゃなくて、医療用ガウンのメーカーとして今後機能していけるように、船橋の向島工場を別の事業部のような形で、残していきたいなと、今強く思っています。

香川
すばらしいですね。またひとつ会社を作りましたね。家系をつないで、新しい会社を作ったわけですから、トヨタさんは。

後編へつづく。→香川編集長 #49

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