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副社長も憧れの白い帽子 河合副社長インタビュー全文【トヨタ工業学園取材】

香川編集長 2020.03.23 UPDATE

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トヨタ工業学園の卒業生は、モノづくりの現場を率いるリーダーとして、トヨタの各所で活躍している。その筆頭が1966年に学園を卒業した河合満副社長だ。現場のたたき上げからナンバー2にまでなった河合副社長だが、仕事の原点は「オヤジの白い帽子」だったという。

50年以上前から変わらない朝礼

香川

トヨタで活躍している卒業生がいるということで、取材してみたいと思います。副社長。

副社長

ああ、どうも。

香川

香川でございます。よろしくお願いいたします。

副社長

私の母校ですから。

香川

はい、ありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします。

副社長

お願いします。

香川

副社長がここを出られたのは、もうずいぶん前だと思うんですけれども。

副社長

(入学は)1963年です。中学を出てここへ入って、それから3年間過ぎて、すぐ現場ですから。

香川

なるほど。変わらないところっていうのはどこなんでしょう。

副社長

やはりわれわれが入ったときにですね、毎日朝、ここで朝礼をしたり。そういうことは、まったく変わってないです。

香川

変わってないですか。

副社長

規律訓練みたいなこともずいぶんやらされました。それと団体訓練ですね。団体で、チームで何かやる。

後輩や部下のために肩書きを背負ってくれ

香川

学費ゼロのみならず、手当をいただくということを今日聞いてですね。これは昔からそうなんですか?

副社長

そうです、そうです。 私は小学校4年生のときに、親父を亡くしたんですよ。おふくろ1人で、妹も2人おったんです。私は、あんまり勉強したくなかったんですよ。で、高校へ行けって、母親が泣いて、高校へ行けって言われたけど、僕はどちらかというと、ものづくりが好きだから、大工さんか、寿司屋になろうと思って、行かないって言ったら、おふくろが泣いて、高校へ行ってくれと言われたんだけど。

香川

高校という肩書だけはつくってくれと。

副社長

親父がトヨタにおったんですよ。で、がんで亡くなったんですけど。ですから、親父と一緒のとこへ入ると言ったら、おふくろが許してくれると思って。「養成校へ入る」って言ったら、学校の先生から「おまえみたいなバカは、絶対入れんぞ」と言われたんですよ。だけど、とにかく受けさせてもらって、滑ったら大工になるって。それで入ったんですけど。

香川

で、見事合格をされて。

副社長

いや、たぶん最下位だと思います。

香川

今、ナンバー2まで上ったじゃないですか(笑)。やはり社長はね、あの通りの「僕はお坊ちゃまだ宣言」の生まれでございますけれども、たたき上げの、この工業学園出身の河合さんを副社長にされた社長の意図というのは、どこら辺にあるんでしょうか?

副社長

専務のときにですね、私は、はっきり言って、断ったんですよ。

香川

あ、そうなんですか。

副社長

中卒のね。その当時は、学校じゃなかったですから、半分ですから。中学を終えて養成所でやって、とても今のトヨタの中を見てると、「いやあ、それは無理ですから」って言っとったけど、最後に言われたのは、確かに河合さんは、いや、やるのはやりますから、肩書取ってくださいって言ったときに、肩書なかったらやりますよって言ったの。専務じゃなかったら、いつでもやりますよ、社長がそこまで言うならって思ったんです。でも最後に社長から「後輩や部下のためにその肩書きを背負ってくれ」って言われたんです。そのときに、いやあ、そこを言われると。

香川

そこ弱い言葉ですもんね。

副社長

一番今までみんなに支えられて、今こういう立場におっても、みんなが本当に俺らがやるって頑張ってくれる。それからそのままずっとあれなんですけど。

副社長も憧れた、オヤジの白い帽子

香川

このトヨタ工業学園出身者、主にその人たちが、やはり現場でたたき上げの職人になって、そして、多くの後輩を指導して立場もつき、管理職なりなんなりになっていったときに、その人たちを社長いわく、オヤジと呼ぶと。このオヤジという呼び方は、普通、多くの一般人にとっては、悪い呼び方なわけですよ。しかし、それをいい呼び方として呼んでいる珍しい使用法だと思うんですけど。

副社長

現場の組長がオヤジだった。で、オヤジというのは、最高のオヤジは、工長というのがね。

香川

工長ですね。はい。

副社長

組長の上の工長。この人が、すごく威厳を持っとって。私は今、自分の部屋にも工長の帽子は飾ってあるんだけど、特に1人だけ白い帽子なんですよ。白い帽子をかぶって、颯爽と歩いてる。かっこいいと思って。

ものすごく仕事をやっとる、よく知ってる、部下の面倒見もいい。それで毅然とした態度で、上司がいくら、課長が言おうが、部長が言おうが、自分が納得しない限りは、絶対やらんと。もうほんとにかっこよくて。うちのオヤジ、部長にあんな物の言い方していいのかなと思っとって。「駄目なものは駄目!」って。

で、ずいぶんそういうことで学卒の技術屋とか、そういう人を鍛えてね。あそこまで言わんでもいいじゃないか、っていうぐらい鍛え上げて。で、向こうが、忍耐強く向かってくると、もう一気に可愛がって、どんどんやらせる。その姿を見たときに、俺は、この工長みたいな人になりたいな。一番最初憧れたのは、その像なんですよ。

香川

今日の朝礼でも、ある1人の生徒が、「河合副社長のようなオヤジに早くなりたいです!」って。

生徒

私の憧れは!現場のオヤジです!

香川

お前18でもうオヤジになりたいんかいと思って。でも、それは、まさに副社長のかつての姿であり、その姿勢が彼にも伝わってるんだなということを確信したんです。

香川

あー。だってかっこいいですもん、やっぱり。あ、副社長のサインが。この帽子のエピソードについて、ちょっと副社長、はい。

副社長

私はこれを目指して、これをかぶりました。

香川

はい。青から白に変わったと。

副社長

私が次長になる頃、トヨタがもっとフラット化じゃないけど、少し帽子を変えようということで、帽子を全部一新したんですよ。

香川

はい。

副社長

で、みんな紺色帽子。工長も紺の帽子なんですよ。これを人事がこういうものに変えます。いや、これはね、とんでもないと。工長だけは白にしなきゃ駄目だと。

香川

強烈な思い出がね、副社長の中にありますから。

副社長

絶対にこれだと。で、役員会の役員のおる席に、僕はこの帽子の古い帽子を持っとったんですよ。それを洗濯してかぶって、役員の中へ入っていって、これだと。「これにしてほしい」と言ったら、他の役員たち、副社長なんかが、「そうだ、俺らはこの帽子にすごくしごかれて、今あるのもこの工長だ、現場の工長に育てられたんだ」と。ああ、そうだなと。で、絶対僕は「白でなきゃ駄目だ」って言ったら、人事が「もう作り始めとるんですよ」と。そんなんやめてもらわなあかんってやめて、白い帽子にしたんですよ。この白い帽子は、トヨタのマークが刺繍がしてあるんです。

香川

そうですね。

副社長

これだけちょっと刺繍で厚めにして。後から作ったんですよ。

香川

なるほど、なるほど。

副社長

ですから、もう。

香川

盛り上がってるんですね、そこだけ。赤いとこだけ。

副社長

とにかくね、自分の部下の中でも、この帽子をな、おまえ、汚すな、汚すなよ。汚すというのは、部下をしっかり面倒見ろよ。

香川

なるほど。これがいわゆる目指す象徴だったんですね。

副社長

はい。

香川

光って見えてたわけですね。なるほど。

副社長

ですから、技能系の人たちって、一番最高を目指すのは工長なんですよね。

香川

これが、だからもう、キング・オブ・オヤジってことですよ。

副社長

これがオヤジ。

香川

オヤジ。KOO。KING OF OYAJI。(笑)

NA

トヨタイムズ。

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