トヨタイムズ

「人づくり」こそがトヨタの強み【トヨタ工業学園取材】

香川編集長 2020.03.13 UPDATE

INDEX

今回は、香川編集長がトヨタ工業学園に潜入した。トヨタ創業の翌年である1938年に設立され、トヨタの現場を支えるリーダーたちを多く輩出してきたトヨタの企業内訓練校だ。ここでは何を大切にし、どんな人材を育てているのか。そしてトヨタがこの学校を持つ意味とは何なのか。その答えを探るべく、香川編集長は授業を見学し、生徒たちに話を聞き、卒業式まで見届けた。

私のあこがれは、現場のオヤジです!

香川編集長を出迎えてくれたのは、トヨタ工業学園 学園長の深津敏昭氏。自身も1977年の卒業生だ。深津氏の案内で、編集長はさっそく朝礼を見学することに。朝礼は、学年ごとに始業前に行う大切な行事だ

ビシッとそろった学園生たちの前であいさつすることになった香川編集長。「トヨタイムズ編集長、香川照之です。今日は、自習!」とジョークから入るも、あえなく撃沈。学園生たちの真剣なまなざしに「皆様、迫力がすごいですね!」と驚き顔だ。

朝礼ではクラスごとに1名ずつ、希望者が1分間スピーチを行うことになっている。「1分間スピーチをやりたい者」の声がかかると、すべての学園生が即座に「はい!」と手を上げた。深津氏は、60秒で自分の言いたいことをまとめるのも訓練のひとつだという。

01:17
学園生
私のあこがれは、現場のオヤジです!厳しさの中に、優しさがあります!

学園の創設はトヨタ自動車設立の翌年

続いて深津氏はトヨタ工業学園について説明してくれた。トヨタ自動車(当時はトヨタ自動車工業)設立の翌年、1938年にトヨタ工業学園は作られた。当時の名前は、豊田工科青年学校。創立当時より学費は無料で、それどころか手当が出るという。「学費ないの!?」と驚く編集長。「彼らの仕事はここで心を磨き、体を作ること」と説明する深津氏。思わず「入学します!」と手を上げてしまった編集長だった。

02:25
香川
もう、システムが根底から違いますね。学校というニュアンスが。

深津
それがトヨタとしての人づくり。「企業は人なり、モノづくりは人づくり」といわれる原点だと思います。

将来の夢は「副社長」

学園生が授業を受けている現場を取材する香川編集長。次々と学園生に質問する。「どういうところが一番面白い?」との質問に、2年生の成谷さんは「やっぱり実物を触れるところです」と笑顔で答える。元々クルマ好きという成谷さんにとって、ここは「ほんと天国」だという。

続いて1年生の授業を見学する香川編集長。授業を教えているのはトヨタの社員だ。学園生たちに「なぜこのトヨタ工業学園に入ったの?」と問いかける編集長に、1年生の大橋さんは、「母子家庭で育ててくれた母親を安心させて、自立していきたい」と答えた。予想以上にしっかりした目的意識を持った回答に、編集長は感心しきり。厳しい学園生活の中でも前へ進もうとする原動力は「仲間です!」とはっきり答える学園生たちの堂々とした態度に驚く編集長だった。

03:52
香川
なぜ、このトヨタ工業学園に入ったかというのを、やっぱりこれだけ厳しい学校なので、聞きたいんだけど。

大橋
今まで母子家庭で育ててくれた母親のために、自分はこのトヨタ工業学園に入って、親を安心させて自立していきたいと思いました。

香川
寮で暮らしているわけだろ。お母さんと離れるわけじゃないか。それは、お母さんは寂しくないの?

大橋
寂しいですけど、帰ったときに成長した姿を見せるために、今がんばろうと思っています。

電子関係の講座では「将来副社長になりたい」という夢を持つ学園生を発見。そう答えた専門部の中内さんは「やるからには1位を目指すという性格なので」と理由を教えてくれた。トヨタ工業学園出身者にとってトップといえば、現在副社長を務める河合満氏。河合副社長は1966年卒で、学園生たちの大先輩に当たる。自分もがんばれば将来そこまでたどり着けるかもしれない、それならそこまで上り詰めてみたいという強い意志が、中内さんから伝わってきた。

05:14
香川
副社長になりたいという意志を持っているのは本当ですか?

中内
持っています。はい。

香川
それは、どうして?

中内
性格的に、やるからには1位を目指すという性格なので。

香川
川端君、横で笑っていたけど大丈夫かな。

川端
はい。彼ならできると思います!

香川
大丈夫?みんなに笑いの輪が広がっているけど。これは賛成ということでいいのかな、みんな。

学園生
はい!大丈夫です!

香川
いいね、前向きで。

人生で一番濃い3年間だった

食堂でガパオライスをほおばりながら、学園生たちとの会話を楽しむ香川編集長。授業のときは、緊張した面持ちで夢や将来を語る学園生たちも、食事のときはリラックスムードで十代の青年の素顔をのぞかせる。恋人の話で盛り上がる、ごく普通の若者だ。だが楽しい学園生活も、残りあとわずか。2週間後に卒業式が迫っていた。

06:26
香川
あと2週間だな。

学園生
はい。

香川
どうですか、今の心境は?

学園生
今は、早く卒業したいです。

香川
みんな、だって18だろ?

学園生
はい。

香川
だって、彼女とかはどうすんだよ。いるの?

学園生
いや、僕はいないですが、彼が。

香川
どこに?どこにいるの?

学園生
自分の場合は、同じ中学の。

香川
いいねー。そういう話するの?

学園生
こういう話しかしないです。

卒業生代表として卒業式でスピーチをする予定になっている後藤亮太さんに、学園生活について改めて聞いてみた。後藤さんは、トヨタ工業学園での生活は、普通の高校では体験できないようなことが経験できた3年間だったという。「18年間、僕が生きてきた中で、一番濃い3年間だった」と振り返る。

将来は、職場に行くのが楽しいと思えるような、こだわりを持った職場を作りたいという後藤さん。そのこだわりがクルマの価値にも反映されるはず、と思いを語った。

07:57
香川
トヨタ工業学園の出身者、卒業生として、トヨタの中でやるべき事はどういうことだと思っていますか。

後藤
今、(トヨタは)モビリティカンパニーとして新しいことをやっています。でも考え方は変わっても自分たち学園生が教えてもらった、あいさつをすることや礼儀正しさというのは変わらないと思うので、自分としての軸はぶらさず、素直、正直でいるというところを、学園生は持ち続けるべきだと思います。

目指すは、あこがれの白い帽子

夜、香川編集長は学園生たちが住んでいる寮を取材。隅々までピカピカに掃除された部屋に、編集長はびっくり。

寮指導員の磯貝さんが床のホコリから鏡の水しぶきの跡まで細かくチェックし、指導しているのだ。なお、この指導員を務めているのはトヨタの若手社員。寮の指導員や学園の先生を経験することも、ひとつの人材育成なのだ。

3年生の大水さんは、Toyota Woven Cityにも関連する部署に配属が決まっている。社長の年頭あいさつ(INSIDE TOYOTA #48)を聞き、「自分に何ができるんだろう」と深く考えたという。

同じ3年生の鬼頭さんの目標は、人を動かす立場になること。まずは職場の班長になり、組長、工長と。白い帽子(工長の帽子の色)をかぶることを目指すという。

10:56
香川
今度、卒業式があるじゃない?どういう思いで臨むの?泣いちゃうもの?

鬼頭
周りのみんなには強がって泣かないといってるんですけど。代表生の言葉というのがあるんですが、代表生(昼間インタビューに答えてくれた後藤さん)がいいこといったら泣いちゃうかも…。

現場の叩き上げから副社長に

トヨタ工業学園の卒業生で、現在副社長としてトヨタの人事・総務本部やモノづくりを統括する河合満氏に、香川編集長がインタビューした。トヨタにおけるこの学園の意義を聞くと「トヨタの精神を持って、脈々と自分が努力しながら改善して成長していく。そういう人をたくさん作ることで、強い会社になる」という答えが返ってきた。昨年のニュルブルクリンク取材をはじめとして、さまざまな取材現場で聞いたトヨタの「人づくり」の考え方が、ここにも息づいている。

トヨタ工業学園出身で現場叩き上げの河合氏は、2017年に副社長になった。香川編集長がその経緯について聞くと、河合氏は専務に就任したときのエピソードを教えてくれた。現場一筋でやってきた河合副社長は、豊田社長から専務のオファーを受けたとき、断ったのだという。専務は常務役員の中から選ばれるのが慣例なのに、常務でもない河合氏に突然オファーがきたからだ。自分にはとても務まらない、と固辞する河合氏に、豊田社長は「後輩や部下のためにこの肩書きを背負ってくれ」といって説得したという。ことあるごとに「自分は現場の後輩や部下に支えられている」という河合氏だからこそ、この言葉を聞いて断るわけにはいかず、「分かりました」と承諾した。

そうまでして豊田社長が河合氏をトヨタに残したかった理由。それはTPS(トヨタ生産方式)も含めた「モノづくりの心」を、河合氏が持っているからだ。トヨタ工業学園出身で、現場のことを誰よりもよく知る河合副社長は、トヨタのモノづくりの精神が骨の髄まで染みこんでいる、生粋の「現場のオヤジ」(特集 #6)なのだ。

13:00
河合
最高のオヤジは工長というのがね。

香川
工長ですね。

河合
この人がすごく威厳を持っとって、ものすごく仕事をよく知っている。部下のこともよく知っていて、面倒見もいい。上司がいくら言おうが、毅然とした態度で、自分が納得しない限りは絶対やらん、と。

香川
ほう。

河合
ひとりだけ白い帽子なんですよ。白い帽子をかぶって、さっそうと歩いている。僕は、こういう人になりたかった。

今、自動車業界は大きな変革のときを迎え、トヨタもモビリティカンパニーを目指して変わろうとしている。この時代を、河合氏は副社長としてどう考えているのか。「これまでに大きな波がたくさんありました。貿易の自由化だとか、バブルだとか、いろいろありました」と河合副社長は振り返る。だが毎回やってきたことは同じ。「もっと自分たちの仕事をしっかりやって、原価を安くして、いいモノを作って世に出そう、と」。それだけを追いかけてきた。

14:26
河合
どんどん作るものとか世の中は変わっていきますけど、その中心にあるのは「人」だと。だからここの精神とか、リアルにモノを作っていく人間は、絶対に変わらない。

新たな世界へ飛び込む、旅立ちの日

令和2年2月17日、トヨタ工業学園の卒業式が行われた。豊田社長が卒業生に語りかける。

15:25
豊田:私には、たどり着きたい未来があります。しかし、それは私が社長をやっている間に成し遂げられるものではないと思います。

豊田
これからも一層、技能と人間力に磨きをかけ、トヨタの変革の原動力となってください。

卒業生代表の後藤さんが、社長の前で卒業生の言葉を読み上げる。

16:20
後藤

私は、これからトヨタで働く上で、(中略)自分のためではなく、仲間のために勇気を持って一歩を踏み出せる人間になります。3年間ありがとうございました!

豊田社長は後藤さんの手を固く握りしめ、卒業生の新たなる門出を祝った。豊田社長の目に、そしてそれを見守る卒業生の目にも光るものが浮かんでいた。

オヤジ軍団こそがトヨタの最も大切な強み

卒業式を終えた豊田社長に、香川編集長は、この時代にトヨタ工業学園が持つ意義を聞いた。豊田社長の答えは明快で、「私は、トップよりも、現場が揺るぎない形であれば、トヨタは大丈夫だと思っているんですよ」という。「これだけの大企業で、オヤジという軍団があること自体ユニークだけど、それがトヨタの最も大切な強みだと思っています」と豊田社長。だからこそトヨタ工業学園は変わらず人を育て続けているのだ。

18:18
香川
この100年に1度の大変革期の中で、どういう社員になってもらいたいですか。

豊田
よく今ね、成果主義だとか個人主義だとか言われます。ただ仕事をやるときは、自分がどう仲間から必要とされる人間になるだろうか、と。まずはそこ。それに加えて、これから先の見えない世界っていうのは回答がないんですね。セオリーがないときに、必要になってくるのが人の好奇心であり、負けたくないとかそういう人間力だと思うんですよ。

香川
トヨタが打ち出した新しい姿勢、モビリティカンパニーの実現。これに対して、今日卒業した人たちも含めて、この年代は対応し、担っていけると思いますか?

豊田
うん、間違いないですね。

時代が変化しても、やっぱり大切なのは「人」

トヨタ工業学園の学園生活から卒業式までをみっちり取材した香川編集長。いろいろ時代が変化する中でも、やはり大切なのは「人」だと再確認した。

19:40
香川
このトヨタ工業学園ほど人の力が集結しているところはないんだな。本当に人の力を、今回は感じました。しかし彼らがどう未来を作るか、それを見たいね、うん。

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