2019.04.19

ニュルブルクリンク取材同行記(前編)

テレビCMをご覧いただいた方も多いと思いますが、
トヨタイムズ香川編集長がドイツのサーキットレースを取材してきました。

今回、編集長が疑問に思ったのは「なぜ今トヨタはレースに出る必要があるのか?」。
解明すべく向かった先は、ドイツにある「ニュルブルクリンク」というサーキット。

編集長が現地に滞在できたのは1.5日のみ。
その間“朝から晩まで”、“コース周辺からピットの中まで”、“ファンからメカニックまで”
カメラ片手に精力的な取材を続けてきました。

CMの限られた秒数には収まらない取材結果が約10分の映像にまとまっていますが、
その映像でも伝えきれなかったことが、まだ沢山あります。
取材に同行したトヨタイムズ編集部員が同行記として色々とお伝えしたいと思います。

長い文章ですが、ぜひお読みください。

1.一路ニュルブルクへ!

「ニュルブルクリンク」聞き慣れない言葉である。
ニュルブル/クリンクなのか?ニュルブルク/リンクなのか?どこが切れ目かも良く分からない。

正解は後者である。
「ニュルブルク」という町にある「リンク」すなわち環状路つまりサーキットということである。
(ただ、長いので、以降は適宜「ニュル」と略します。)

ニュルは、フランクフルトからクルマで約2時間。
なので、香川編集長のドイツ入国はフランクフルト空港から。
CMも最初のシーンはフランクフルト空港から始まっている。

1月のデトロイト取材で編集長は「スポーツカーは一歩間違えれば道楽」との持論を豊田社長にぶつけていた。

フランクフルト空港に降り立った編集長が、最初に口にした言葉も、あの時と同様に「道楽」だった。

「レースというのは社長の道楽なんじゃないか?」
「そこら辺をグイッと探ってきたいと思います!」

そう息巻いて編集長は一路ニュルブルクを目指し出発した。

ニュルブルクリンク前

役者の他にも“先生”や“解説者”など、編集長は様々な副業をしている。
普段からとっても忙しい毎日のはず。だから移動のクルマの中くらい、休めばいいのにと思ったが、
編集長はカメラを取り出し自分に向けて話しを始めた。

語り出したのは、やはりレースの必要性についてだ。

「トヨタってさ、速く走るクルマを作る会社じゃないんだよ。イメージとして。」
「レース必要なの?って思うもんね。」
「道楽だったら怒りますよ。これホントに。社長の…。」

編集長が、過密スケジュールをおしてまでドイツに飛んできたポイントは、やはりこの一点のようだ。

「僕が春闘出ますよ、そしたら…。説明を求める!ってね…」

自撮りで話しながら編集長はエキサイトしてきた。
これが道楽だと分かったら、自らが春闘に出て問いただすという。

春闘は、労働組合と会社の話し合いである。
いったい編集長はどちら側に座るのか…。
管理職だから会社側か?いや社長に説明を求めるというなら組合側なのか?
その時も、いつもの小型カメラを手にしながら説明を求めるのか?
副業で“銀行の常務”をしていたこともあったが、あんな感じに社長を問いただすのか?

そんな姿を妄想しながらも、エキサイトする編集長に突っ込めるわけもなく、クルマはニュルに向かって走り続けた。

映像を見ると分かるが、ニュルに到着した時、日はどっぷりと暮れていた。
この日は「nürburgring」と光る看板を横目に見るだけでホテルにチェックインした。

フロントで、編集長には“サーキットビューの部屋”が案内されていたが、
この暗さでは、もう景色は楽しめそうにない。

ニュルブルクリンク前・夜

2.ニュルブルクリンクとは

ここで少しニュルについて説明したい。
TOYOTA GAZOO Racingのサイトに詳しく書いてあるので、それを引用する。

プロドライバーですら恐怖を感じるニュルブルクリンク。
「緑の地獄」とも言われるドイツ北西部にあるサーキット。

コースは二つあり、F1やWECも開催されている1周約5.1kmの「グランプリコース」と、
1周約20.8kmの「ノルドシェライフェ(北コース)」を合体させた約25kmのコース。

ノルドシュライフェはサーキットと言いながらも、
ヨーロッパの一般地方道に似たレイアウトで、標高差300m、大小170を超えるコーナーは、
低速から超高速域のスピードレンジまで多様多種である。

日本のサーキットと比較すると、
富士スピードウェイは全長4.563km、高低差40m、16のコーナー、
鈴鹿サーキットは全長5.807km、高低差約40m、20のコーナーと、
いかにニュルブルクリンクが巨大なのかが解るだろう。

一般的なサーキットは滑らかな路面だが、
ニュルブルクリンクの路面は1927年の建設当時の舗装技術の問題もあり、
「平らな部分が一つもないのでは」と思うほど、ほとんどの路面が波打っている。

その上、埃っぽく滑る上にコース幅も狭くエスケープゾーンもほとんどない。
更にジャンピングスポットや高速のブラインドコーナーなども存在するなど、
サーキットと言うより一方通行の峠道と言ったほうがいい。

そんな事から、コース1周に世界中の道が凝縮された
“生きた道”と言われ、世界有数の難関コースとして知られている。

サーキットというよりは、峠を走る一般道と形容したほうが近い。
このような過酷な道が20.8kmも続く、世界でも唯一のコースだからこそ、
「車両開発の聖地」と呼ばれ、自動車メーカーがクルマを鍛えるために集まり続けているのである。

もうひとつ“コースの厳しさ”を示す一節がある。
トヨタイムズ「INSIDE TOYOTA #2」の中で語られた豊田社長の言葉である。

「かつてマスタードライバーになるために
ニュルでスープラに乗り、師匠であった成瀬さんに運転を教わっていました。」
「皆が200キロ以上で走り抜けていくニュルの道をスープラで走るのは本当に怖かった。」
「1周は約10分です。10分後、生きて戻って来られるのか?と思いながら走っていました。」

「10分後、生きて戻って来られるのか?」
そんな思いをしてまで、そこで走ることの意味はなんなのか?

霧のニュルブルクリンクサーキット1 霧のニュルブルクリンクサーキット2

3.深い霧

TOYOTA GAZOO Racingは、2007年以来、ニュルで行われる24時間レースに参戦を続けている。 今年も6月に開催される24時間レースへの参戦を既に公表している。

香川編集長が取材にいった今回のレースは、その前哨戦ともいえる4時間耐久レースだ。
レースは午前8時半から予選がはじまり、昼の12時から夕方4時までで決勝が行われる。

レースを取材できるのは、この1日しかない。
朝一番、先ずは、ファンがレースをいかに楽しんでいるか?その現場を取材する予定になっていた。

というのも、ヨーロッパのレース、特に、このニュルブルクリンクのレースはファンの楽しみ方も見どころであると事前に聞いていた。


出発時間が近づき、編集長を部屋に迎えにいく。
編集長は、部屋のカーテンを開けて、外の景色を見ていた。

サーキットビューのベランダからは、たしかにニュルのホームストレートが広がっている。
しかし、サーキット特有の紅白ストライプの縁石は薄らとしか見えない。
辺り一面には深い霧が立ち込めていたのだ。

深い霧に包まれるコース

「これ走れるのか!?」香川編集長は、思わず、そう呟いていた。

この景色を見て、自分も本当にそう思った。
「走ってくれないと困る。」「走らなかったら何を取材すればいいのだろう。」
そう思いながらも、とにかくファンが集まるという観戦スポットに向かった。

4.日本でいうところの“お花見”

ノルドシュライフェのコース脇は、ほとんどが森である。
森の中を歩いていくと、既にファンがコースサイドにいる。
予選は始まっておらず、クルマは走っていない。
でも、もうすでに、みんな楽しそうである。

観戦風景

編集長が「こう来て、こうだ!」とコースを紹介しているシーンがある。

それを見ていただいても分かるが、コースにクルマは走っていない。
あの時、時計の針は8時半を回っていた。
しかし、映像を更によく見ていただくと、霧は晴れている。

編集長がいた観戦ポイントは6キロ以上ピットから離れていたのだが、
ピットは依然、深い霧に包まれていたらしい。

前述のとおり、このコースは1周25キロ。
東京に例えるとコースの中に「新宿、渋谷、六本木、銀座、水道橋」が収まるくらいの広さがある。
しかも山の中であり、天候の変動も激しい。
ピットは晴れているがコースの反対側は大雨ということもよくあるという。
以前はレース中に、局地的にヒョウが降っていたこともあったそうだ。

そういう状況に慣れっこなのだろうか…、ファン達は、クルマが走り出さないことに、
特にイラ立ちは見せていなかった。むしろ、その時間を楽しんでいる雰囲気さえ伝わってくる。

香川編集長は、そこら中のファンに声を掛けていった。

バーベキューで火を焚く人、ジョッキでビールを飲む人、キャンピングカーで寝そべりながらコースを見ている人、そして売店で名物のカリーブルスト(ウィンナーのカレーソース掛け、フライドポテト添え)を買い出す編集長…。

キャンピングカーから観戦するファン

みんな思い思いにその場を楽しんでいる。
クルマは走っていなくとも、明らかにみんな楽しんでいる。編集長も、その場を楽しみ出していた。

この文化は、日本で言う所の「お花見」だと編集長は言い出だした。たしかにそんな感じだ。

桜を見るようで、そんなに見ている訳ではない。だけど、なんだか楽しい。なんだか酒が進む。
レースが始まっていなくても、この笑顔になる…、まさしく花見をしている時の日本人の雰囲気と同じである。

バーベキューをしながら観戦するファン

大型ビジョンなど、ここには設置されていない。
ファン達はレースが始まっても順位で一喜一憂することはないのだろう。
でも、そういうことではなくレースを楽しむ文化が、きっと、ここにはある。

5.目の当たりにした緑の地獄

11時頃、やっと霧が晴れ、クルマが走り出す。
どうやらレースは開催されることになった。
取材ということを思い出し、そのことにホッとする。

走るレースカーを初めて見た編集長の言葉は「普通に速いじゃないですか!?」

コースを走るレースカー 観戦する編集長

映像を良く見ると香川編集長が目にした最初のレースカーは日産のGTRだった。
できればトヨタのクルマであって欲しかったと思ったが致し方ない。
結果的に、トヨタイムズに日産車も登場することになった。

ニュルのレースは、やはり地元ドイツ車(ポルシェ、BMW、メルセデス、アウディなど)が多い。
日本車勢では、トヨタだけでなくスバルも参加している。
そして、今年は、日産から近藤真彦さんのチームも参戦を表明していた。

※スバルの参戦発表
https://www.subaru-msm.com/2019/news/130219
※KONDO Racingの参戦発表
http://matchy.co.jp/nurburgring

金網越しに通り過ぎていくレースカーは、いわゆる爆音を轟かせていく。
編集長は、それを「獰猛な肉食獣の咆哮のよう」と表現した。
そして、そう伝える表情は、明らかにテンションが上がっている感じだった。

しかし、何台かのレースカーを見送った時、表情が一変する出来事が起きる。
数台が一団になって我々の視界に入ってきた瞬間、1台がバランスを崩した。
そして、そのクルマは何回転もして(スピンでなく横転)、ガードレールに引っかかるように止まった。

編集長の目の前で起きたクラッシュ

編集長の表情は一気に冷めた。そのままドライバーの安否を見守る。

ドライバーは、転がる車両から自力で出てきた。
その様子を見守るファンから安堵の拍手が沸きあがる。
香川編集長も、思わず「スゲー」と呟きながら手を叩いてドライバーの無事を喜んだ。

その後、自然と言葉が出てきた・・・
「命懸けだよ…」「目の前で起こってさ、ドライバーの方は無事だったけど…」
「こんな危険なことやる必要あるのかなと思うな」
「でも、この危険を超えてまでやっていることの意義を逆に知りたい」

クラッシュして壊れたレースカー

おそらく「道楽」であれば、ここまでの「危険を超える」ことはできないと香川編集長は感じたのだと思う。
“緑の地獄”を目の当たりにしたことで「なぜトヨタはレースに出るのか?」という疑問が編集長の中で更に大きくなっていった。

そして、そんな気持ちと共に、森に囲まれた北コースを離れ、ピットのあるグランプリコースに向かった。
いよいよレースの当事者達への取材がはじまる。

6.俺は…この部分を知ってない

このレースはグランプリコースを半周し、そこから繋がった北コースに入っていく。
全長20キロの北コースを走り終えると、またグランプリコースに繋がり、その合計が全長25キロの一周となる。

グランプリコースの方は、北コースとは雰囲気が異なる。
鈴鹿サーキットや富士スピードウェイといった、いわゆる日本で見るサーキットと似た雰囲気であり、
立派な観客席も設置されている。

香川編集長が着くと、ちょうど決勝レースがスタートを迎える頃だった。
先ずは、広く見渡せるメインスタンドの観客席からその様子を見ることにした。

150台を超えるレースカーがスタート位置(グリッド)に並んだ。
一斉に走り始める…しかしまだ “全開”という感じではない。

耐久レースのスタートは「ローリングスタート」という方式が多い。
走りながらレースをスタートする。
なので、最初の走り出しは先導車について順位を崩さずに走る。
そして先導車がコースから出たら競争開始、全車が一斉にアクセルを踏み込む。

映像に映し出されていたクルマを見送るスタンドでのシーンは、
まさに、この“全車一斉アクセル全開”のタイミングである。こうして決勝レースが始まった。

フォーメーションラップに走り出すレースカー

そのシーンを見ると、編集長は、こちらを向いて何かを言っていた。
「ヤバい!」と言っているように見えるが声は聞こえない。

もしかしたら「速い」か「スゴイ」かもしれないが、
いずれにせよ、速かったし、スゴかったし、なによりヤバかった。
編集長の表情で、それを感じ取ることができたシーンだった。

その後、やっと聞こえた声は「スゲー爆音!」
そして編集長は思ったことをカメラに伝え続けた。

「今までクルマというモノを全部知らなかったね、俺は…。この部分を知ってない…」

編集長が知らなかった“この部分”とは、なんなのだろう?
それは、きっと以前、豊田社長が言っていた「競走馬」のことだろうと思った。

豊田社長は、デトロイトでの取材で、こう答えていた。
「100年前はアメリカには1500万頭の馬がいたんですよ」
「その1500万頭の馬が、今は(1500万台の)クルマに変わっている」
「ところが(今)馬が残っているのは“競走馬”ですよ」
「必ず残るクルマはFun To Driveです。だからスポーツカーはつくっておきたい」

クルマが競走馬となって駆け抜けていく迫力を、編集長は初めて目の当たりにしたのだと思う。
我々は、“競走馬”を、もっと近くで見るために、この後、ピットに向かった。

7.ピットへ

ピットに入る前、イヤホンを渡された。
「ここにピットを中継した音が入ってます」と編集長もカメラに向かって説明している。

チーム無線というものだった。
イヤホンを耳に指すと、まず聞こえてきたのは、メカニック達の声。
チーフからメンバーへ、次のピットインでどんな作業をするかの指示が聞こえる。

クルマが戻ってきたピット内は強烈にうるさい。
普通に会話しても聞こえない。だから、すぐそばにいても無線を通じて指示を出す。

ピットへ入った編集長 ピット内の様子

メカニックとドライバーの会話も聞こえてくる。
「どこどこのコーナーで接触があって速度制限が入ってるので気を付けて」
「燃料はどのくらい残っているか?」
「次もう一周したらピットに戻ってきてください」
そんな会話が聞こえてきた。

チーフが、ピットインの指示を出しクルマが戻ってくる。
同時に、メカニック達にタイヤ交換の指示も出していた。

その後、チーフメカニックは若いメカニック達に近寄り、
無線を介さず「緊張してる!?リラックス!リラックス!」と直接、声を掛けていた。

後のインタビューで、チーフの関谷は、緊張する若手の表情を“大仏のような顔”と形容していた。
初めてのピット作業を控えた“大仏”が視界に入り、その緊張を解くために声をかけたそうだ。

チーフメカニックの関谷さんへのインタビューの様子

ピットでの表情といえば、チーフは、逆に“仁王”のような顔をしている時がある。

特に、関谷の他にもう一人のチーフを務める平田は、まさしく鬼軍曹的存在。
現場にいる時の表情は厳しく、たまに鬼の形相に見える。

しかし、現場監督であるチーフメカニックが、厳しいのは当たり前である。
メカニックはドライバーの命を預かっている。
もし、整備不良があれば、取り返しのつかないことになる。

それを考えると、現場に“仁王”がいることも納得できる。

厳しい表情のチーフメカニックの平田さん 緊張した面持ちのメカニック達

ほどなくして若手メカニック達の初ピット作業は無事に終わった。
クルマがコースに戻ると、外されたタイヤがピット内に運ばれてきた。
そのタイヤからは熱気を感じる。編集長が手を近づけてみると、やはり熱い。
走り終えたタイヤが、こんなに熱を帯びているとは知らなかった。

最初のピットストップが終わり、この先、大きなトラブルが起こらなければ、
メンバーの話を聞いても良いということになった。
編集長は、このレースの熱気の真っただ中で
「なぜレースに出るのか?」「なぜニュルなのか?」を聞きはじめた。

香川編集長ニュル取材記(後編へ続く。後日公開予定)