2019.02.05

香川編集長が語る、新型スープラへの期待と忘れられない思い出

過去と未来が交錯するクルマ

——モーターショーはどうでしたか?

スクリーニング(プレゼンテーション時の映像)も、スープラの登場も、社長の登場も含めて、ひとつの企業が国を背負って真剣にやっていることの大きさや重さ、派手さ。やっぱり一流の者は、一流のモノを出していくんだなという大きさを感じましたね。まずは率直に。


トヨタイムズとしては、こちらも真剣にこれを取材していく。リアルにこちらが思ったことをちゃんと聞いていく。あちらが真剣なんだから、こちらも真剣にやらなきゃいけないな、と改めて感じました。

——新型スープラを見た感想は?

えー、買いたい。残念ながら買いたいと思うね。残念ながら、トヨタイムズとしては。コンセプトも非常に素晴らしいんだけど、成瀬さんというテストドライバーが積み残したものを全部回収するっていう社長の思いが(素晴らしい)。


それと同時に、僕は時間軸をすごく思うんですね。初代スープラは1986年、僕が21歳のときにデビューした。免許取り立てですよね。僕にとっては免許を取るのと同じような感覚で出てきたクルマだから、青春のクルマなんだな。それが実は2002年に生産が終わって、2019年までなかった。だから過去の青春っていう感じがするの。


でも今、トヨタとして未来を見据えている代表のようなクルマに見えたんですよ。過去と未来が交錯しているクルマのような気がしたの。


今日フォルムを見て、スープラってやっぱりスポーツカーだから、前から見たときの顔が、目がグッとあって、フロントノーズが長くて、男っぽい感じがする。だけど、いざ後ろに回っていくと、リアのフェンダーの張り出しから後ろが女性の腰つきなの。だから、男性と女性と、両方を具有しているようなクルマのような気がする。中性化しているというか。


過去と未来。男性と女性。いろいろなベクトルの中間地点の、今を確認するクルマだという印象を受けたの、今日。それが社長の思いを詰め込んできたとなると、やっぱりトヨタのクルマの歴史において、今この時点で打ち出すべき妥当なクルマのような気がしました。

今だから逆に面白い

—— 新型スープラと旧モデルとを比較してみて

(旧モデルは)ブイブイいってた感じがするね。もっと走り屋さんな感じで。もっといたずらっ子で、歴史的にもセリカを引きずっているというか。もっとあの時代の走り屋っていうニュアンスがあったクルマだったんだけど。


線が途切れた17年間の間に、いろいろなものが転換されて、(新型は)繊細ですらあるような感じに見えました。

—— この時代に新型スープラが発表されたことについて

僕なりになるほどなって思ったのは、社長の最後の言葉で「10年かかってしまった」っていうことだよね。10年かける必要がないのなら、あえて2019年まで待つ必要はなかった。


とするならば、時代がガソリン車というものに対してアンチになるまで、あえて待ったのではなくて、偶然そういう風になってしまったんだ、と。


スープラというクルマを軸にしてスポーツカーを出すということは、社長就任のころから狙っていたことだから、たまたまタイミングがこういう風になったんじゃないかなっていう。


でも、たまたまこういうタイミングになったことで、逆にスポーツカーの代表であるスープラが2019年に出てきたことが目立って、面白くなったんじゃないかと思いますけどね。

—— 社長が、マスタードライバーをやることについて

それはありえないよね、本当に。だって命を賭けているわけだから。航空会社の社長がパイロットになるようなもんでしょ。それこそ、野球でいえば監督がずっとピッチャーとしてずっと投げ続けているようなもんだから。


それをあえてやるってことは、やっぱり人が踏み込まないことをやることによって体験できるものを見たいっていう社長の性格だろうし、同時に責任を負う者が体験しなければダメだという成瀬さんの言葉をちゃんと実践されてるということだろうし。


何より度胸と勇気と、飛び込んでいくちょっとしたアブノーマルな心がないとできないので、それはたぶん豊田家という一族が持っている非常に特殊な血がそうさせているという部分もあるんじゃないですかね。

泣きながら乗ったスープラのこと

—— スープラの思い出を聞かせてください

1989年に遡るんだけど、僕はこの世界に入ってまだ1年経たないころに、最初に親友になった同業者が、仲村トオルさんだったんです。歳も一緒、住んでいるところも1分もかからない、30秒ぐらいのところに偶然住んでた。


たまたま二人にとって共通する偉大な先輩が、ある日亡くなってしまった。その亡くなってしまった先輩の家に、二人が同時に泣きながら行くというシチュエーションがあったんだけど。


トオルがうちまできて、僕を乗っけて。30分くらいかな、亡くなった先輩の家まで。行く間、僕はずっと助手席でぐわーっと泣いてて。急に亡くなったもんだから、その先輩が。


トオルは運転しながら僕のほうをチラチラ見て「泣くなよ香川、香川泣くなよ」ってずっと怒って。俺も泣きたいけど、泣いたら運転できないだろ、っていうのがたぶんニュアンスだったんだけど。


で、その先輩の家について、先輩の亡骸にすがって二人で泣いたっていう思い出があるんですが、実はその道をずーっと走っていたクルマが、仲村トオルが持っていたスープラだったんだよね。


その先輩の死を軸に、我々はそれ以来30年親友なんだけど、あのときスープラで走った光景、夜9時の光景とか、道の感じとか、信号で止まっている感じとかは、今でも忘れられないの。


僕の人生でスープラに乗っている時間って泣いているばかりだったんだけど、いつか笑顔で乗ってみたいなと思う一台だったなということを、今思い出しました。すごい縁だね。彼がスープラに乗っていたから、ということなんだけどね。

「それ本当に大丈夫なのか」を見続けたい

—— 今後のトヨタ・新型スープラに対して

いやー、分かんないな。燃費とかどうなの?スープラって。結局はそことの突き合わせだから。

これは自動車産業自体の話だよね、トヨタのみならず。ガソリンっていう地球の奥底に眠っているものを吸い上げて、いろんな産業がそこで成り立っている。しかしそれは永遠ではないよね。

そこと戦ってきて、結局電気自動車とか、いろんなものが石油に代わってこれを使ったらいいよね、と(出てきている)。今回打ち出したスポーツカー、かつて我々が楽しんだスポーツカーを、2019年に打ち出して、これが例えば2029年、2039年、つまり10年後、20年後になったときに、まだまだ持続的にやることができるのかっていうのは分からないと僕も思う。

スープラに関しても、なぜ17年間生産していなかったのかということの答えを、やっぱり今後求められるわけだから。生産していく理由も見てみたいし、今後スープラのみならず打ち出していくことに対して「それ本当に大丈夫なのか、本当に今これが必要なことなのか、正しいことなのか」っていうのは編集長の立場では見ていく責任があるような気がします。

でも今日はすごくいいものを見たと思います。過去の清算、ここまでの思いが、すべてある。で、ここから先はどうなるのか。それを見ていきたい。