2019.02.05

なぜトヨタにはスープラが必要なのか。
香川編集長がデトロイトへ飛んで社長を直撃!

2019年1月14日。アメリカ・デトロイトで開催された北米国際オートショーで、“あのクルマ”が帰ってきた。日本はもとより世界中に熱心なファンを持つスポーツカー、スープラだ。

先代スープラの生産が終了したのは2002年。それから17年の沈黙を経て、トヨタは新しいスープラを送り出した。なぜ17年という時が必要だったのか。なぜこのタイミングで復活したのか。

その答えを知るために、香川編集長はデトロイトに飛び、豊田章男社長を直撃取材した。

スープラ復活への強い思い

香川:

2019年、自動運転とかハイブリッド、あるいは電気自動車といわれているこの時代に、あえてスープラというスポーツカーを、17年ぶりに打ち出した。その一番の理由は何でしょうか。

豊田:

まずは、クルマが好きだからですね。


クルマにも味があるじゃないですか。トヨタの中でクルマの味作りをやるとき、私はあるテストドライバーにこう言われたんです。


「アンタみたいな人が、運転のしかたも知らないのにああだこうだと言うな。ああだこうだと言いたいなら、運転のしかたを学んでくれ」と。


※トヨタのマスターテストドライバーを務めた成瀬弘氏。

豊田:

それが20年前くらいの話です。その(練習の)ときに運転していたのが、先代のこのクルマでした。「そのクルマをいつか復活させたい」そういう想いがずっとありました。

そのテストドライバーとともに、「LFA」という、いわばトヨタとレクサスのクルマの味の秘伝のタレみたいなクルマの開発に参加させてもらいました。LFAというクルマは500馬力以上あります。私の運転アビリティ(運転技術)がそこにたどり着くまでのトレーニングを(先代スープラで)やったんです。

ところが、LFAの完成直前にその人は亡くなった。それ以降、私は社長になり、なんとかこの(スープラという)クルマを復活させたいと思っていました。

誰も社長の言うことを聞かない

豊田:

トヨタの社長といっても、誰も言うことを聞きません。大企業では「クルマは儲けるためのツールだ」とか、そういうことをいう人も多いんですよ。

香川:

そうですか。

豊田:

台数も大事です。収益も大事です。でも私は、「台数、収益がすごいですね」「大きいですね」「大企業ですね」とほめられるよりは「いいクルマ作ってますね」「いい人材いますね」といってほめられる会社になりたいんですよ。


こういうクルマを作るときに「何台売れるんですか」「収益出ますか、出ませんよね」と言われちゃうと、なかなか会社でGOはかからないんです。ですから、正直にいうと、10年かかっちゃったんです。

香川:

本当はもうちょっと前に打ち出したいほど、想いが詰まってたということですね。

豊田:

ずーっと思っていたんですけど、社長が右といったって右を向くような会社ではありませんし(笑)。

なぜスポーツカーをつくるのか

豊田:

年初に香川編集長が「変わる変わるってトヨタの社長は言ってるけど、本当のところはどうなんだ!」と言いましたね。

香川:

失礼ながら言わせていただきました。

豊田:

それで、逆に本当のストーリーが語れるんじゃないかと。だから、編集長が疑問に思われることをズバズバと言ってくれればと思います。

香川:

以前は、このようなスポーツカーは、男の人の楽しみだったり、趣味だったり、一歩間違えば道楽だと言われているようなポジショニングでした。でも、今は決してそうではないとお考えだとか。

豊田:

そう思いますよ。100年前は、このアメリカには1500万頭の馬がいたんです。

香川:

馬力の元になっている、馬ですね。はい。

豊田:

その1500万頭の馬が、今は1500万台のクルマに変わっています。ところが、馬は競走馬として残っている。それから、趣味として乗る馬。

香川:

乗馬用の馬ですね。

豊田:

そういう、馬を楽しむ方々のための馬は残っているんですよ。そう考えますと、自動運転などでクルマがいわばコモディティ化していってしまった時代において、必ず残るクルマは、Fun to Driveですよ。


数ある工業製品の中で「愛」がつく工業製品というのがクルマですね(「愛車」)。自動運転というのはA地点からB地点に運ぶわけですが、それだけでは物足りない。やっぱりそこには移動の楽しみ、それからどんな方にも移動の自由が必要だと思います。

今後もアクセルを踏み続けていく

豊田:

パラリンピックの前は、車椅子などいろいろなモノが収納しやすいクルマがいい、と私は勝手に思っていました。ところが何人かのパラリンピアンの選手の方が「いやいや、我々が乗りたいクルマはスポーツカーなんです」と。「スポーツカーを、足が不自由だろうが、手が不自由だろうが、目が見えなかろうが、運転できるようにしてくださいよね」と言われたんです。これが、私が自動運転でこだわりたい一点でもありますね。だからスポーツカーは作っておきたいんです。

香川:

2020年、来年ついにオリンピックが再び東京に来るわけですけども、このような(スポーツカーを作り続けるという)スタンスは、トヨタはずっと続けていかれると思ってよろしいでしょうか。

豊田:

でもね、なかなか。私も会社ではマイノリティなんでね(笑)。

香川:

社長、それおっしゃって大丈夫なんですか。カメラが回ってますけども。

豊田:

大丈夫、大丈夫。誰も私のいうことなんて聞きませんよ。ですけど、私もこだわりがありますから。10年経ってこのスープラが舞い戻ってきてくれたということは、時間をかければ、やれないことはないだろう、と。


それと我々が、誰かができないからといって「できない」と言っちゃったら絶対できないわけですから。そういう意味で、少なくとも自分はアクセルを踏み続けていきます。

香川:

それだけの思いが詰まっているクルマだということが今回分かっただけでも、デトロイトまできてよかったと思います。ありがとうございました。